第118話 遅ればせながら。はやて
秋ヶ瀬ウォリアーズの3人との待ち合わせ時間にはまだ間があったので、専用個室で何とか10分時間を潰して約束の5分前にバーガーショップの近くに転移した。
そしたら目の前に斉藤さんたちが歩いていた。
今さらではあるけれど真後ろじゃなくって良かった。
「やっと追いついた」
後ろからそれらしく斉藤さんたちに声をかけた。
「長谷川くん、声かければよかったじゃない」
「そうなんだけどね」
などと言いながらハンバーガーショップに入りいつも通り4人ともバーガーセットを頼んで2階に上がった。
みんなポテトの大だ。
タマちゃんが入っている俺のリュックを4人席の真下に置いて4人でハンバーガーセットを食べる。
各自が手に持ったポテトを俺のリュックに近づけるとリュックから金色のなにかがさっと現れてポテトと一緒にさっと消える。
「長谷川くん、専用個室ってどんな感じなの?」
「作りは核の買い取り所の個室と同じで、専用のロッカーが1つ置いてあって荷物を置いておけるようになってる。
ボタンを押すと係の人がやってきて核の買い取りをしてくれるんだ」
「いいなー」
「わたしもSランクになりたーい」
「わたしたちがSランクに成るのは100年後の話だよ」
「たしかに。
でも高校生のうちにBランクに成れないかなー」
「まず無理じゃないかな。
だって、1カ月10万円いくことないじゃない。
1年100万円としても3年で300万円。
25歳までにBランクに成れればいいほうなんじゃない」
「世の中厳しいよね」
「でも高校生のわたしらで月10万円近く稼げるって相当だよ」
「まあね。
でもそれって長谷川くんのおかげもだいぶあるからね」
「そうだ、そうだ」
「じゃあ、そろそろ渡そうか?」
「そうだね」
その後3人は足元に置いた自分たちのスポーツバックを開けて、中からリボン付の小箱を取り出した。
これは?
「「長谷川くん、いつもありがとう」」
「一週間遅れだけどバレンタインチョコ」
そう言って3人が俺に小箱を手渡してくれた。
「ありがとう。みんな」
「どれもおいしいと思うけど、きっとわたしのチョコが一番だと思う」
「何言ってるのよ。わたしのチョコよ」
「ふたりともデパートで買ってきたって言ってたじゃない。
その点わたしのは手作りよ」
「斉藤。プロの作ったチョコに素人の作ったチョコが勝てるわけないじゃない」
「斉藤。プロを甘く見すぎ」
「こういうものは気持ちの問題なの」
そう言えば気持ちって、気の持ちようって意味もあるよな。
気の持ちようで世界は変わる。
確かに至言だ。
などと、妙に感心していても仕方ないので「どれも最高においしいと思うよ」と、当たり障りのないことを言ってみた。
「長谷川くんらしい」
「長谷川くん優しいから」
「長谷川くん優しい言葉が時に残酷なナイフになることもあるんだよ」
中川さんも哲人だったのか?
「チョコ論争でそれはないけどね」
この俺の周りに哲人の数は異常に多くないか?
これを逆説的に考えてみると、俺自身に哲学はなくても、俺が触媒に成って各人の中に眠っていた哲学を揺り起こしたって事ではないか?
どうでもいいけどな。
次回の集合は春休み前に斉藤さんが連絡をくれるということで話が決まった。
バスで帰る彼女たちを見送り俺は適当なところでうちの玄関前に転移した。
斉藤さんたちも俺がバスに乗らないことを不思議に思っているのだろうが、特に何も聞いてくるようなことはなかった。
次の週は真面目に6日間学校に通い、次の日曜日になった。
16歳Sランクとかゲートキーパー撃破とか、そろそろほとぼりも冷めてきたような気がする。
結局、1日嫌な思いをしただけで専用個室を手に入れられたのだから、今から考えると超ラッキーだったのかもしれない。
食料も飲料も十分。
俺のクローゼットの中にはまだ核の入ったダンボール箱がそのままにあるのだが、そろそろ中身を処分しようと思い、今日は200個ほど核をレジ袋に詰めてリュックに入れておいた。
俺は7時にはダンジョンセンターの専用個室の中に立っていた。
武器を装備して、冒険者証を順にタッチして出撃準備完了。
24階層に転移!
さっそくディテクター×2を発動して様子を見る。
いるいる。
片手にスポーツバックを下げて朝食用のパンをかじりながら手近なところに駆けていく。
最初のターゲットをサクッと魔術で斃し、タマちゃんに処理してもらって核を確保。
スポーツバックに核を詰めて次のターゲットに向けて駆けていく。
探知して駆けて、たおして、処理して核をスポーツバッグに入れていく。
ルーチンワーク化しているのでほとんど何も考えることなくスポーツバッグの中の核が増えていく。
先ほどモンスターを片付けたところ全部で532個の核を手に入れていた。
そこで時計を見たらちょうど正午だった。
モンスターを処理した近くはモンスターの血や体液で汚れていたので少し移動して坑道の壁に寄りかかるように座り込んで昼休憩にはいった。
ディテクター×2で周囲のモンスターの状況を調べてから食事を始めるのだが、基本的にモンスターが襲ってくるなら襲ってきてくれた方が有難いので休憩の途中でディテクター×2を発動させることはあまりない。
そうなのだが、おむすびを食べていたら何やら気配を感じた。
どこかで戦いが起きている?
24階層は俺の貸し切りと思っていたが。
よそのダンジョンをホームベースとしているテームがわざわざ出稼ぎに来るとは考えられないのでこの階層に他の冒険者がいるとすれば『はやて』しかいないはず。
22階層のゲートキーパーで苦戦していた『はやて』の連中ではこの階層は荷が重いのではないか?
この階層に下りて来た最初の時、アリの大群が押し寄せ、それっきりになってしまったが、もしあの蟻の大群に出くわしてしまえば、彼らでは逃げるしかないだろう。
ディテクター×2!
あっ! この帯の感じはアリの大群だ。
ディテクターでは冒険者とモンスターの区別は難しいので戦っているかどうかはわからないが、伝わってくる気配は明らかに戦闘中。
耳をすませばかすかに人が怒鳴っているような
逃げきれなければ、チームごと全滅の可能性もある。
まさか最初から戦う選択をしたとは思えないから、現在戦っているということは戦わなければならない状況に陥ったということだろう。
よそ様のことに関わりを持っても仕方がないと言えばそうなのだが、現に俺は余裕があるわけだし。
前回はタマちゃんに片付けてもらったけれど、今回は部外者がいるので、魔術なしで戦うことになる。
まあいいけど。
俺はおむすびの最後のひと口を飲み込んでペットボトルの緑茶で流し込み、装備を整え始めた。
装備し終わった俺は片手にスポーツバッグを下げて気配のする方に駆けて行った。
坑道の曲がりを2回ほど過ぎた先にかなり明るいライトの光が見えた。
2台のクローラーキャリアが横向きに並べられて、その上に冒険者が3人ずつ乗っかって近づいてくるアリと戦っている。
いつでも逃げられると思って、今後のことを考えてアリと戦ったのか?
クローラーキャリアを連れていたから放棄できずに戦っていたのか。こっちが正解だろうな。
しかし、あのアリを全滅できると思ったのだろうか?
クローラーキャリアの向こう側はアリの死骸が重なり合っているようでクローラーキャリアの横板が盾の代わりをなしていないように見える。
リーダーらしき冒険者から指示が飛び、6人はクローラーキャリアを放棄して俺の方に向かって逃げてきた。
アリはクローラーキャリアを乗り越えてこっちに向かってくるが、冒険者たちの逃げ足の方が速いので追いつかれることはないだろう。
俺のキャップランプの明かりは逃げてくる彼らから見えているはずなので俺の位置は分かっているはず。
ケガをしているようでもないし、無事に逃げているようなので放っておいて良さそうだ。
逃げてくる連中の邪魔になっては悪いので俺は坑道の壁際に突っ立って、キャップランプの明かりを絞ってキャップランプの明かりを揺らせながらこっちに向かって逃げてくる彼らを眺めていた。
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