第119話 だってしょうがないじゃない


『はやて』と思われる冒険者たちがアリの大群から逃げてこっちに向かって駆けてくる。

「フィギュア男だな。

 アリの大群が来る。逃げるんだ!」


 先頭を駆けていたいかついおじさんが親切にもフィギュア男おれに向かって警告してくれた。

 その後に続く連中も、突っ立ったままの俺に警告してくれる。


「みなさんがたおしたアリの核ももらっていいですか?」

「逃げないなら好きにしろ!」


 いちおう言質げんちはいただいた。

 言質げんちの次はおいしくアリをいただいて、核もいただきましょう。

 遠くからでも『はやて』の連中が見ているかもしれないので、今回はクロの出番だ。

 スポーツバッグをその場に置いた俺は近づいてくるアリに向かって突っ込んでいった。


一打ひとうち七匹』という童話があるが、そんな感じでクロを横薙ぎにすると3、4匹アリがまとめて死んでしまう。

 左右、左右とクロをワイパーみたいに振り回して、どんどんアリを退治していく。

 それでもなかなかアリの数は減らず、結果的に俺はアリで周りを囲まれてしまった。

 こうなってくるとクロを左右に振っていては効率が悪いので、俺は右手一本でクロを持ってぶんぶん振り回してやった!


 これぞ名づけてヘリコプター殺法、クロコプターだ!。

 このヘリの羽が一回りした時お前は既に死んでいる!


 気持ちよくクロを振り回していたらさすがにアリの数も減ってきた。

 チラッと後ろの方を見たら、坑道の曲がりの手前辺りにキャップランプの明かりが見えた。

 連中が俺の雄姿を眺めている。

 謎の16歳Sランカーの戦いだ。当然だな。


 アリの数が減ってきたところで、クロコプターを止めて両手でクロを持って2、3匹ずつアリを仕留めていった。

 アリの一群が途中でばらけてしまった関係で全滅させるのに5分もかかってしまった。

 連中が見ていなかったら、タマちゃんで30秒ほどで片付いただろうに。


 さらに悪いことに『はやて』の連中がこっちに向かっているではないか!

 これでは真面目にナイフで核を取り出さないとマズいぞ。

 面倒なんてもんじゃない。

 彼らの内数人はリュックを背負っていたようだったからある程度の食料と水は確保しているんだろうがクローラーキャリアに荷物の大半は置き去りにしていたはずだ。

 まあ、それがなくてもクローラーキャリアを回収するため戻ってくることは当然なんだろうけど。


 文句を言っても仕方ないので、俺は少し戻ってスポーツバッグを拾い上げ、腰に差した鞘から久しぶりにナイフを抜いて近くのアリの胸の辺りにナイフを突っ込んで核を取り出した。

 1匹処理するのに10秒とすると今回前回同様にアリが255匹いたとして、2550秒。

 何のかんので1時間はみっちりかかるぞ。


 俺が賽の河原の子どものような地味な作業をしていたら、やってきた冒険者のひとりに声を掛けられた。

 さっき最初に俺に逃げろと警告してくれた冒険者だ。


「16歳Sランカー。

 そして22階層、23階層のゲートキーパーのソロ撃破。

 正直何かの間違いだと思っていたが、あんたははっきり言ってバケモノだ」

 とうとうバケモノにされちゃったよ。


「それはそうと、俺たちも核の取り出しを手伝おう。

 みんないいな?」

「おう」

「当然だ」


 意外といい連中じゃないか。いや、意外と言っては失礼か。


 黙々と7人で作業をしていき10分ほどで作業は終わった。

 やはり、数は力だな。

 この連中がいなければタマちゃんの力でもっと簡単に終わっていたとは今は言うまい。

 単純に感謝だ。


 6人から手渡された核と、俺が抜き出した核を合わせたら255個あった。

 やっぱり前回と同じか。

 ちなみに6人から渡された核はちゃんと拭いてあったが俺の抜いた核だけは汚れたままだった。

 だってしょうがないじゃない(注1)。


「手伝ってくれてありがとうございます」

「こちらこそだ。

 しかし、核をスポーツバッグに入れるとは斬新だな」

『はやて』の連中は何に核を入れているんだろうか?

 ちょっと興味があったけど、聞かなかった。


「荷物の大半はクローラーキャリアに置いたままだったし、アリがいた方向に戻っていかないとこの先の坑道は未探査で上り階段へたどり着けなかった可能性もある。ホントに助かった。

 それじゃあ俺たちは出直すことにする。

 この階層は俺たちではまだ荷が重いようだ」



『はやて』の6人は2台のクローラーキャリアを従えてアリがやってきた方向に戻っていった。

 そしてその先の坑道の分岐に消えていった。

 クローラーキャリアって丈夫だなー。

 まあ、あんなペラペラのアリごときでどうこうなるはずないか。足は遅いようだけど。


 しかし、アリさんがやっと出てきたと思ったんだが、どういうタイミングなんだろうか?

 どこかに女王アリがいて255個卵を産んでそれが一斉にかえって移動を始めるのだろうか?

 なんかそんな気もしないでもない。

 その女王アリがこの階層のゲートキーパーである可能性は十分ある。

 となると、むやみに女王アリをたおさない方がお得なのか?


 いずれにせよこの階層のゲートキーパーをたおすときはダンジョン管理庁の河村さんと相談してからにしよう。



 ディテクター×2を発動し、はやての連中が去っていった方向ではない方向で手近なターゲットに向かって俺は駆けだした。


 そこから先は、いつも通りの展開で、心を空にして魔術を放ったり、クロを振り回していった。


 定刻の5時まで頑張ってアリの核とは別に452個の核を手に入れた。

 途中からスポーツバッグが一杯になったので、予備のレジ袋に200個ほど核を移している。


 それでは専用個室に戻るとしよう。

 転移!


 専用個室に戻った俺は、リュックを置いて中から核の入ったレジ袋をふたつカウンターの上に置き、武器類をロッカーにしまってから、買い取りの係りの人を呼ぶボタンを押した。

 今日の核の数はうちから持ってきた200個を加えて合計で1423個。


 2分ほどで係の人が部屋に入ってきたので「お願いします」と言ってレジ袋から先に核をトレイに移していった。


 ふたつのレジ袋が空になった後はスポーツバッグからどんどん核をトレイに移していった。

 後から後から核が出てくる。


 1423個の核の総買い取り額は7億296万円。

 累計買い取り額は61億2206万7000円+7億296万円=68億2502万7000円となった。


 買い取りが終わったところで係の人が部屋を出ていった。

 その後ろ姿は少し疲れていた。

 係の人の月給だか年収がいくらかは知らないが、16歳の若造が目の前で7億も稼いだとなると何かくるものがあったのかもしれない。

 だってしょうがないじゃない。




注1:だってしょうがないじゃない

和田アキ子『だってしょうがないじゃない』

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