第108話 河村久美3、同行2


 河村さんを後ろに従え、俺は一番近いターゲットに向かって駆けて行った。

 駆ける速さは普段より落としていたので7分ほどかかってモンスターの見える位置まで移動した。

 これくらいの駆け足なら河村さんは平気のようだ。


 見えてきたモンスターは大蜘蛛だった。

 数は10匹くらい。

「あいつは毒を吐くんですが、射程が短いから遠くから攻撃してしまえば楽にたおせます。

 毒を吐かれる前に叩き潰すことも簡単ですがせっかくだから魔法で片付けてしまいます」

 声を出す必要はないが、観客もいるので、

「ウィンドカッター」

 と声に出し、ウィンドカッターを6発ほど連射して大蜘蛛を切り刻んでやった。

 6連のウィンドカッターがほぼ時間差なしで命中したものだから、音もなく大蜘蛛の一群がその場で坑道の路面に崩れ落ちてしまった。

 すごく奇妙だし、ファイヤーボールの爆発なんかよりよほど恐怖を誘う光景だ。


「すごい。

 一瞬で23階層のモンスターが粉々に……」

「これから核を回収しますが、さっきも言ったようにこれから見ることは公表しないでください」


 河村さんはそこでわれに返ったのかコクコクとうなずいた。


「タマちゃん」

 リュックの中から5,6本の金色の偽足が伸びてあっという間に坑道の路面に散らばった大蜘蛛の残骸が処理されて、俺の手に核が置かれた。

 俺は受け取った核を路面に置いたスポーツバックの中に入れていく。

 核の数は全部で12個。


「今の金色の帯は? タマちゃん?」

「タマちゃん、出てきて河村さんにあいさつしてくれるか?」


 リュックの中からタマちゃんが這い出てきて路面の上にボトリと落っこちた。

 そして河村さんの方に向かっているのかどうかわからないがボヨヨンと震えた。


「これはスライムですか?」

「金色スライムのタマちゃん。

 俺の言うこと全部分かるようです。

 それでさっきの蜘蛛の残骸の核だけ残して吸収して、核は俺に届けてくれた。と、いうことです」

 俺たちが話しているあいだにタマちゃんは俺の足を伝わってリュックに戻っていった。


「長谷川さんの秘密は魔法なんだって思ってたんですが、いろいろな意味で長谷川さんはわたしの想像のはるか上でした。

 これくらいスゴければ23階層のゲートキーパーも撃破できるんじゃないですか?」

「簡単にできると思いますが、やっちゃっていいんですか?」

「もちろんですが、逆に何か問題でも?」

「ちょっと前に22階層のゲートキーパーをたおした時、アレだけでそれなりに騒ぎがあったじゃないですか。

 そういった中で次のゲートキーパーまでたおしちゃったら、マズいかなーって」


「あー。そう言われてみればそうですね。

 ちなみにゲートキーパーの位置と言いますか階段の位置は分かってるんですか?」

「まだ分らないんですが、いちおう目途は立っているので、見つけられると思います。

 これまで上の階段から下の階段まで移動して俺の足で走って1時間以内だったので、それほど時間はかからないはずです」

「ということは、長谷川さんは階段を見つける手段を持っているということですか?」


 ヤバい。

 つい口を滑らせてしまった。

 俺って女性と話していると口が軽くなるんだよなー。


 仕方ない。

「はい。持ってます」

「やはりそうでしたか。

 11階層から下の階層の地図は公開されていませんものね。

 わたしが詳しく聞いても仕方ありませんからもういいです」


 あれ? 聞かれなかった。

 なら、フィオナのことは話さないでいいか。


「それじゃあ、次に行きましょう」

「はい」


 そこからまた7分ほど駆けていき、モンスターの見える位置にたどり着いた。

 今度のモンスターはオオカミだった。

 数は10匹ほど。

 魔法使いではないところを見せておいた方がいいと思ったので、スポーツバックを路面に置いてクロを背中の鞘から引き抜いた。


 俺はクロを片手で持って、俺たちに気づいて駆けだしたオオカミに向かって突撃していった。

 後方に逃がしてはマズいので、確実に前の方から首を切り落としていき、そして最後の1匹の首を刈り取った。


 オオカミの残骸の真ん中に立った俺のリュックの中から金色の偽足が伸びて、残骸はあっという間に片付いた。

 ついでにタマちゃんがクロの剣身をきれいに拭いてくれるのでクロを背中の鞘にすぐに納めることができる。


 路面に置いていた俺のスポーツバッグは、河村さんが持ってきてくれた。

「河村さん、ありがとうございます」

「いえいえ」

 1つずつタマちゃんが渡してくれる核を俺はスポーツバッグの中に入れていく。


「長谷川さん、剣もすごいんですね。

 わたしの目では剣の動きはもちろん長谷川さんの動きもはっきり見えませんでした」

「魔法より剣の方が得意なもので」

 とはいうものの、魔術の威力が増した今、総合的には魔術の方が得意かも?

 試す機会がなかったから父さんと母さんのマッサージしか治癒魔術は使っていなかったけれど、フィオナのおかげでレベルアップした今なら、かなりすごい効果がありそうだ。

 さすがにこればかりは河村さんに見せられない。


 ……。


 そんな感じで俺たちは走り回った。

 河村さんがだいぶ疲れたようなので、いつもより早く11時半に昼休憩に入った。

 午前中手に入れた核は273個。


 その間ウィンドカッターの他に見せた攻撃魔法はファイヤアローとウォーターカッター。

 ウォーターカッターは初めて使ってみたんだけれど、甲虫類に対しても有効だった。

 ただ、刃物で切ったようにスッパリ切れるわけではなく潰しながら切れていく感じだ。

 その分モンスターの内容物が水と一緒に散らばるところが難点と言えば難点。


 坑道の壁に沿って荷物を下ろしてから腰を下ろし昼食のおむすびセットを食べ始めた。

 河村さんは、氷川と違って俺の横に腰を下ろして、おそらくセンターの売店で買ったであろう弁当を食べ始めた。


「河村さん、疲れましたか?」

「はい。かなり疲れましたが、まだまだいけます」

「それは良かった。

 12時半まで休憩して、3時半に上がりましょう」

「済みません。いつもはもっと遅くまで潜っているんですよね?」

「気にしないでください。

 今後は1階層から好きなところに飛んで行けるようになるわけですから」

「はい」



  ジョギングに毛の生えたような速さだったとはいえ3時間半河村さんは俺の後をついて走っていたわけだから相当疲れたと思う。

 だいぶ呼吸が速くなってたし。


 ごちそうさまでした。

 おむすびを完食した俺は緑茶を飲んですっかり元気になった。

 隣の河村さんは弁当を食べ終え、片付けたあと、目を瞑っている。

 眠っちゃったかな?

 寝息は聞こえてきていないので、起きていることは起きているのだろう。


 今までフィギュア化して右肩に止まっていたフィオナの頭を軽く撫でてやったら、うれしそうに俺の顔を見てニッコリした。

 かわいいなー。

 俺までニッコリしてしまう。


 ……。


 12時半になったので、武器などを装備し直し始めたら、河村さんもすぐに装備し始めた。

 リュックを背負って最後にヘルメットを被り準備完了。

 河村さんも準備ができたようだ。


「そろそろ行きます」

「はい」

 既に見つけていた次のターゲットに向けて駆けだした。


 モンスターをたおしながら駆けまわって1時間くらい経った。

 次のターゲットに向かって駆けだしたところ、あまり走らないうちにターゲットの気配が伝わってきた。

 まだ距離があるのに、気配が伝わってきたということは大物の可能性が高い。

 大物と言えばゲートキーパー。

 意図せずして下り階段の近くまで来てしまったのかもしれない。


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