第86話 Dランク冒険者12、氷川涼子7


 午前中の収穫は氷川が42個、俺が14個。


 坑道の壁に背中を預けるように向かい合って座りおむすびを食べながら午前中の氷川の戦いについてイッチョ前に批評してやった。


「氷川、今日の午前中かなり調子よかったな」

「長谷川がモンスターを見つけてくれたからだ」

「そういう話ではなく、氷川の動きの話だ。

 危なげは全くなかったし、わずかかもしれないが着実に撃破時間が短くなっている。

 正確さと1撃の重さが上がったと思って間違いない」

「ありがとう。

 長谷川にそう言ってもらえるとやる気が出るよ」


「話は変わるけど、今日の朝センターのロビーホールで俺の名まえを大きな声で呼んだじゃないか?」

「済まなかった」

「あれってちょっとマズいから、これからは周囲に人がいる時は特に他の名まえで呼び合わないか?」

「確かに。

 わたしなんかは無名だから別に構わないが、長谷川は有名人だものな」

「氷川。氷川も名まえが売れてるみたいだぞ」

「そんなわけないだろ」

「いや。氷川のことは『赤い稲妻』だって。

 かっこよくていいよなー。

 それに引き換え俺なんかフィギュア男だぞ」

「フィオナかわいいからいいじゃないか」


 氷川がフィオナをほめたせいか、フィオナが俺の肩から飛び立って氷川の頭の周りを回り始めた。

「かわいー。

 あれ?

 長谷川、この子、羽の数が多くなっていないか?

 前は確か2枚だったぞ」

「良く気づいたな。

 きのう俺も初めて気づいたんだが、2枚から4枚に増えていた。

 レベルアップしたのか進化したのかさだかじゃないけどな」

「魔法といい、妖精といい。長谷川はいろいろだな」


「それはそれとして、俺たちの名まえなんだが、氷川には何か案があるか?」

「うーん。急に言われてもすぐには出てこないなー。

 そう言う長谷川には何かいい案でもあるのか?」

「俺は一郎だから『いっちゃん』でいいと思ってる。

 俺の子どもの頃の呼び名だ」

「悪くはないが、呼びにくいな。

 普通に一郎でいいんじゃないか?」

「まっ、それでもいいか。

 じゃあ、氷川は赤い稲妻のまんまでいくか?」

「いやー、赤い稲妻はうれしいが、さすがに、そんなので呼ばれたくはないぞ」

「じゃあ、涼子か?」

「わたしはそれでもかまわないが」

「お互い下の名前で呼び合ったら、アレっぽくないか?」

「アレとはなんだ?」

「だから恋人だよ」


「わたしと長谷川が恋人同士なわけないんだから気にすることなんかないだろう。

 長谷川は見た目と違ってちょっとナイーブだな」

 俺がナイーブというか氷川がぞんざいなだけじゃないか?


「じゃあ、人前の時だけな」

「分かった」


 いちおう人前でのお互いの名前の呼び方は決まった。

 本当は俺の芸名を考えたかったのだが、一歩前進した。か?

 まあ、いいや。

 そのうち何か思いつくだろ。


 昼食を食べ終わってしばらくフィオナは氷川とじゃれ合っていた。

「そろそろ行くか」


 支度を終えたところでフィオナが俺の肩に戻ってフィギュアになり、午後からのモンスター狩を開始した。


 午後からも快調にモンスターを見つけることができ、氷川の調子もさらに上がっていった。


 途中何度かほかの冒険者に遭遇したので、試しに名まえ呼びしてみた。

 氷川は何ともなかったようだが、俺は何だか気恥ずかしかった。

 もしかして、俺は氷川を意識しているのだろうか?

 それはないな。


 しかし、よく考えたら、俺はどこから見てもフィギュア男だし、氷川は赤い稲妻だ。

 名まえ呼びすることで本名の名字は伏せられるが、俺と氷川がチームを組んだうえお互い下の名前で呼び合うほどの仲であると宣伝していることにならないか?

 うーん。



 そんなことを考えていたら終了予定の3時半になっていた。


「氷川、そろそろ上がろうか」

「もうそんな時間か。

 今日はあっという間に時間が経ったな」


 1日を通して氷川の手に入れた核は78個、俺が26個。

 まずまずというところか。


 俺たちは30分ほどかけて買い取り所に到着した。

 氷川の買い取り総額は見なかったが、150万円前後だろう。

 俺の買い取り総額は50万7千円だった。

 これで、俺の累計買い取り額は1億9946万8700円+50万7千円=1億9997万5700円になった。


 10階層での大儲けからすれば微々たるものかもしれないが、50万も稼げたわけだからまさにダンジョンさまさまだ。


 武器買い取り所で別れ際につぎ一緒に潜る予定を決めておいた。

 次は11月24日の祝日、渦の前の改札前9時ということにした。


「それじゃあな」

「今日はありがとう」



 氷川と別れた俺は、そのままセンターから出ていき適当なところからうちの玄関前に転移した。


 玄関のカギは予想通り開いていた。

「ただいまー」

『お帰りなさい』

『お帰り』


 居間の方から声がした。

「着替えてくる」

 俺は急いで2階の部屋に戻って普段着に着替え、ダンジョンセンターでもらった表彰状の入った筒と記念品を持って居間に下りていった。


 タマちゃんは俺の防具類のクリーニングをしてくれていて、フィオナは俺についてきた。


「一郎、京都よかったぞ。

 ありがとう」

「一郎、ありがとう」

 母さんが帰ってきたのがうれしいようでフィオナが母さんの周りも飛び回り始めた。

「フィオナちゃんは相変わらずかわいいわね」


「お土産は何しようかと父さんと迷ったんだけど、結局いいの思いつかなくて、お茶菓子に阿闍梨餅あじゃりもちを買ってきただけなの」

「気にしなくてよかったのに。

 それと、ちょっと前にダンジョンで人助けしてダンジョンセンターから表彰されたんだ。

 これがその時の表彰状と記念品。

 記念品は銀のスプーンとか言ってた」

 俺は表彰状と記念品のノシの付いた小箱を母さんに渡した。

「あらすごい」

「一郎はダンジョンでも活躍してるんだな」

「そこそこだけどね」

「開けてみてもいい?」

「もちろん」

 母さんがまず表彰状の入った筒を開けて中から表彰状を取り出した。

 その表彰状を父さんが覗き込んで、

「これは額を買って居間に飾らないとな」

「そうね。明日にでも買ってきましょう」

「そこまではいいよ」

「一郎、何言ってる。こういったものは一生の宝なんだから大事にしないと」

「そうよ一郎」

 とにかくふたりとも喜んでくれてるようなので、それでいいや。


 その後母さんが小箱の箱を空けたところ、中から銀色に輝く2本のティースプーンが出てきた。

「あっ! これはいいものだわね。

 フィオナちゃんのハチミツ用に使っちゃうね」

 確かに普通のティースプーンより小さいので丁度良さそうだ。

 それを聞いたフィオナは母さんの頭の周りをエラいスピードで、回り始めた。

 タマちゃんもそうだがよく言葉が分かるものだ。


 その後、父さんは風呂に入り、続いて俺が風呂に入ってそれから夕食になった。

 夕食は京都駅で買ったという駅弁だった。

 こういったものも久しぶりだったのでおいしかった。

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