第85話 Dランク冒険者11、氷川涼子6
フィオナがレベルアップだか進化だかわからないが4枚羽になった。
濃すぎた1日だった関係か、いつもよりだいぶ早く寝たら珍しく向こうの世界の夢を見た。
夢を見たことだけは覚えていたが、どういった夢を見たかは起きた時には忘れてしまって思い出せなかった。
今日は氷川との約束の日だ。
時間と場所はいつも通り8時に渦の先。
時計を見たら6時前だった。
少し早いけれどうちにいても仕方がないし、朝食をサンドイッチと調理パンで済ませるのではなくファミレスで朝食セットを食べてもいいと思い、支度をして6時半にはうちを出た。
6時半だからファミレスはまだやってない可能性もあったけれど、外から見たら明かりがついてちゃんと客が入っていた。
いままで気にも留めなかったのだが入り口には年中無休、24時間営業と書いてあった。
店に入ってざっと見渡したところ客の入りは半分くらいだった。これくらい客が入っていれば24時間営業でもそれなりにペイするのだろう。
テーブル席かカウンター席か聞かれたので俺はテーブル席を選び、ふたり席に通された。
「生玉子で和風朝食セットお願いします」
「かしこまりました」
和風朝食セットはすぐにやってきた。
当たり前だが前回と同じお代わり自由のご飯に、塩じゃけ、ほうれん草のお浸し、生玉子、納豆、焼きのり、味噌汁、たくあん。お茶と水とコーヒー、紅茶は自由。
ご飯を一度お代わりして、完食した俺は最後にお茶をずずず、と飲み干して席を立った。
時計を見たら時刻はまだ7時前。
冒険者証で代金を払い、店を出てセンターの売店に向かった。
売店で昼食用のいつもの食料と飲み物を売店のカゴに入れたあと、思い出してウェットティッシュをカゴに入れた。
そこでふと思ったのだが、いつも誰かにウェットティッシュを貰っているから問題なかったけれども、ひとりだと汚れた手で容器からウェットティッシュを取り出さなければいけなくなる。
それが嫌ならわざわざ手袋を外して容器からウェットティッシュを取り出すことになる。
それじゃダメじゃん。
タマちゃんの方が100倍優れてる。
俺はウェットティッシュを置いてあった棚に戻した。
結局おむすびセット3つと緑茶のペットボトル2つだけ買って売店を出て武器の預かり所に向かった。
預かり所で武器を受け取り、装備を整えた俺は1階に下りていき、ロビーホールの脇に置いてある椅子に座ってセンターを出入りする冒険者を眺めて約束の8時まで時間を潰すことにした。
5分ほどそうやって暇をつぶしていたら、まだ約束の8時のだいぶ前なのに氷川が現れた。
「おーい」
「長谷川おはよう。
おっと、済まない、こんなところで名まえを呼んで。
今日は早いな」
「おはよう。
昨日早く寝すぎて。近くで朝食もとってきた」
「今日はパンを食べながら走らないのだな」
「まあな」
「それじゃあ、ここで待っててくれ。
急いで着替えてくるから」
氷川が駆けて行った。
「そこまで急がなくてもいいからなー」
個人情報保護法のある世界だ。
人前でお互いを呼ぶときに本名はマズいから何か考えておいた方がいいよな。
氷川は
でもあいつ俺より年上だからちゃん付けはまずいか?
そもそも氷川と呼び捨てにしてるんだから涼ちゃんならレベルアップだしいいだろう。
俺のことは
子どもの頃の呼び名だからちょっと恥ずかしいけど、芸名と考えればいいだろう。
10分ほどでフル装備の氷川が戻ってきたので俺は立ち上がり、氷川と話しながら渦に向かった。
「お待たせ」
「ちょっと早いけど入ろうか」
「うん。
そう言えばダンジョン庁のHPに前月末のデータとして16歳のDランクの冒険者の数が1になって16歳のCランク冒険者の数が0になっていたけど、やっぱり長谷川のことだろ?」
「ほら」
俺はネックストラップを引っ張ってジャケットの中からカードケースを取り出して氷川に見せてやった。
「確かに。
どんどん差がついていくな。
しかし、Dランクのお前がわたしなんかとCランクの階層に潜ってていいのか?」
「構わないし、気にするなよ」
「すまない。
わたしも頑張って1日も早くDランクになるからな」
「頑張ってくれ」
そうだ、あきもとはるこのことを聞いてみよう。
「Dランクで思い出したんだが、あきもとはることかいうDランクで20歳くらいの冒険者知らないか?」
「おそらく秋本先輩のことじゃないかな。名まえだけは知っている。
東京ダンジョン高校の3期上の先輩だ」
「濃い人だな」
「それなりの人だったようだ」
「そうだろうな。
昨日10階層でモンスターと戦っている冒険者チームが居たんで見物してたら、そのあきもとさんだった。
それで、俺の戦いも見せてくれって言われたもんだから断れず、見せてやった。
イノシシ8匹、3秒ほどでたおしてやった」
「それもすごいな。
10階層のモンスターって、同じモンスターでも上のものより手強いんだろ?」
「俺にとっては誤差だけど、確かに素早いし、打たれ強い。
俺のメイスはあまり上等じゃないから大剣をもっぱら使っている」
「そうか。それで秋本先輩は長谷川の戦いを見て何て言ってた?」
「『ほんとに人間なのか?』とか言われてしまった」
「アハハ、それはなんとなく分かるぞ」
「まあいいけどな」
少しくらい時間がかかってもいいから、氷川の儲けがある程度多くなるように今日は氷川マシマシでいくとするか。
「氷川、モンスターが3体出てきたら今日は氷川が相手してくれ。
時間がかかっても構わないから、確実にな。
俺は2体以下の時相手する」
「分かった」
渦を過ぎてからはいつもと同じで、30分ほどで5階層に着いた。
「ディテクター」
最初から反応があった。
ふたりで駆けていったら、大蜘蛛3匹だった。
「氷川任せた」
「了解」
氷川は鋼棒を両手で構えて前に出ていき、最初の大蜘蛛に対して突きを入れた。
鋼棒は見事に大蜘蛛の頭部を捉え突き刺さった。
氷川が素早く鋼棒を引き抜いたときには、大蜘蛛はその場で地面に腹を付け足を震わせた。
撃破確実だ。
2匹目と3匹目の大蜘蛛が氷川に迫ったが、鋼棒を構え直した氷川に対して何もできず2匹はいったん引いた。
氷川は近い方の大蜘蛛に向かって横合いから鋼棒を軽めに一振りし、大蜘蛛が避けたところでさらに踏み込んで上から鋼棒を叩きつけた。
鋼棒は大蜘蛛の頭部を捉えられなかったものの、胸部に命中してめり込んだ。
致命傷にはならなかったようだが、その大蜘蛛は戦意を失ったようで後ろに下がった。
残るは前面の一匹。
ここは残りの大蜘蛛を気にせず全力で鋼棒を叩きつければいいだけだ。
俺の思った通り、氷川は気合のこもった掛け声とともに鋼棒を大蜘蛛に叩きつけ、大蜘蛛は頭部を割られて即死した。
氷川は間髪を容れず、逃げ腰になっていた大蜘蛛にも同じように鋼棒を叩きつけたあと、最初の大蜘蛛に止めを差した。
時間にして15秒。
「氷川。見違えるほどいい動きだった」
「フー。
そうか。よかった」
氷川のたおした大蜘蛛をタマちゃんに処理させて、3個の核を氷川に渡した。
「次行くぞ」
次のターゲットもすぐに見つかった。
今度はムカデが2匹天井に張り付いていたので、俺がファイヤーアローで頭の付け根辺りを打ち抜き仕留めてやった。
頭と胴体と泣き分かれた2匹分のムカデが天井から坑道の路面に落ちてきた。
胴体部分はまだ動いていたが、タマちゃんがすぐに処理して核を2つ受け取った。
「今のは何だったんだ?」
「今のはファイヤーアロー。
文字通り火の矢だな」
「火には見えなかったぞ。
ファイヤーアローという名まえぐらいは聞いたことがあるが、思っていたのとは違って白い光線に見えた」
「俺も驚いてるんだけど、ここのところ俺の魔術の威力がどんどん上がってるんだ。
ダンジョン効果なんだろうなー」
「身体能力は上がるというし、確かにわたしも身体能力は上がっているが魔法の威力も上がるのか。
ダンジョンに入っていると魔法の威力も上がるというのが一般的な現象だとして、長谷川以外には関係ない話ではあるな」
「そうなんだけど、いずれ魔法書みたいなものが下の階層でバンバン見つかって、誰もが魔法を使えるようになるかもしれないぞ」
「確かに可能性はあるが、今現在、火器の使用でさえ禁止されてるから、普及はそう簡単じゃないと思うぞ」
「そう言われればそうか。
俺のファイヤーアローでさえライフル銃みたいなもんだしな」
「魔法書が見つかったとして、全部政府が買い取って、もしモグリで魔術を使うものが出たら逮捕されるかもしれないぞ」
「よしてくれよ」
「可能性はある以上何か手立てを考えていた方がいいぞ」
「確かに。とはいえ、隠す以外に手立てはないけどな。
そろそろ次行くぞ」
「了解」
それからも順調で、氷川も安定して3匹のモンスターを危なげなくたおしていった。
これなら、Dランクに成って6階層に下りてもソロでやっていけるだろう。
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