第84話 フィオナ2。夢2


 寿司屋で女性冒険者と相席して有難い***話をうかがってしまった。

 満腹になって店を出たら、外はすっかり暗くなっていて人通りも少なかった。

 俺はこれ幸いと、すぐにうちまで転移して戻った。


 玄関に入って電気を点け、2階に上がり服を着替えた。

 お腹いっぱいだったこともあり風呂に入るのは面倒だったのでパジャマ代わりの部屋着を着て一休みだ。

 タマちゃんはいつものように俺の装備のクリーニングをした後、段ボールの家に入って四角く広がった。


 フィオナは疲れているのか、すぐに自分のふかふかベッドの上で横になった。

 そう言えば母さんがいないからフィオナは昨日今日とハチミツを食べていない。


 それを思い出した俺は台所に下りて行って、今では食器棚に入っているフィオナ用のハチミツの小瓶と小皿、それに小さなティースプーンを持って部屋に戻った。



「フィオナ、ハチミツ持ってきた」

 そう言ったら、フィオナはすぐに飛び上がって俺の周りを飛び回った。

 お腹が空いていたのか?


 スプーンで瓶からハチミツをすくってスプーンごと小皿に置いてやったら、フィオナが両手を突っ込んでハチミツを口に運んで口の周りはいつものようにハチミツだらけになった。


 あれ? フィオナの羽が。

「フィオナ、おまえって羽が2枚だったよな?」

 フィオナの羽根の数がいつの間にか4枚になっていた。

 妖精女王のフェアの羽は6枚だったことを考えると、レベルアップないしは進化したと考えて間違いないだろう。


 羽が4枚になることでフィオナがどうなったのかは不明だが、いいことには違いない。

 フィオナはいかにも弱っちいのでなにか防御系の特殊能力が芽生えてくれればそれに越したことはないが、今のままでもかわいいから別にそういった能力があってもなくても構わない。

 俺がSランクに成ってダンジョンの最前線に立つまでは問題ないだろう。


 フィオナがハチミツを食べてる間に、俺はまた1階に下りてウェットティッシュを1枚持って部屋に戻った。


 フィオナにハチミツはもういいかと聞いたら頭をこっくりしたので、手と口の周りをウェットティッシュで拭いてやった。

 フィオナは満足したようで、自分のうちに飛んで戻っていき、羽を畳んでふかふかベッドの上に横になって目をつむった。


 机の上の小皿とスプーンを片付けようとしたところ、小皿の周りに銀色の粉が少量付いていた。

 これってフィオナの鱗粉りんぷん

 いままでこんなことはなかったから、鱗粉は羽が増えたことに関係するのだろう。


 時間は相当早かったけれど、俺も何だか眠くなってきたので、ベッドに入って眠ってしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺は久しぶりに向こうの世界の夢を見ていた。

 見ていたというのは俺の意識のどこかで夢の中の俺を第3者的に眺めていたからだ。


 夢の中の俺は召喚された当時、15歳になったばかりの俺だった。

 場所は王宮の玉座の間。

 国王が正面の玉座に座っている。

 俺は王さまの顔なんて一度も見たこともなかったし、玉座の間に入ったことなどなかったはずだ。

 そのせいか、王さまの顔がのっぺらぼうに見えたけど、夢だからそんなことは気にならなかった。


 俺は背中のホルダーに2本の大剣、聖剣エノラグラートと魔剣ネグザルを差していた。

 聖剣エノラグラートを手に入れたのはそれほど遅くはなかったが、魔剣ネグザルを手に入れたのはずっと後だったのに。

 夢だから気にならなかった。


 俺のそばには、賢者オズワルド、聖女マリアーナ、盾戦士バレル、そして弓術士イザベラ・ハイマンが立っていた。

 彼らは俺がこれから厳しい訓練を受け、旅立ったあと順に仲間になったのに。

 夢だから4人が俺と一緒に立っているのが当然と思えた。


 玉座の隣りには法衣のような凝った衣装に大きな帽子をかぶった男が立っていて何事か玉座に座る国王にささやいていた。

 法衣の男の顔ものっぺらぼうだった。

 のっぺらぼうのくせにそのふたりが俺たちを見て笑っているのが分かった。

 なんで笑っているのだろう?

 その笑いが妙に気になった。

 


 そこで場面が急に変わった。

 夢だものな。


 そこはとある町。

 賢者オズワルドの家族が住んでいた**町だ。

 そのころのオズワルドは賢者などと呼ばれてはおらず、魔術師オズワルドと呼ばれていた。

 そう言えばマリアーナも最初のころは聖女とは呼ばれてはおらず、神官マリアーナと呼ばれていたはずだ。

 こんどは夢じゃなくて俺の記憶だ。

 いや夢なのか?

 どうも、はっきりしない。


 俺たち5人は旅の途中、オズワルドの故郷の町に立ち寄ることになった。

 その町にはオズワルドの両親、兄弟姉妹などが住んでいるという。

 もちろん町の名まえはオズワルドから聞いていたが思い出せなかった。


「いいところだぞー」

 彼の町に到着する何日も前からオズワルドは故郷の自慢をしていた。



 オズワルドの故郷の町は山に囲まれた盆地に位置していて、峠を越えた先の盆地の真ん中に畑に囲まれた町が見えた。

 しかし、町のいたるところから黒い煙が立ち上っていた。


 それを見たオズワルドの顔色が変わり、峠から町に続く坂道を転がるように駆け下りていった。

 俺たち4人もオズワルドの後を追った。


 オズワルドの故郷は文字通り焼け落ちていた。

 道端には死体がいくつも転がっていた。

 老若男女問わずだ。

 多くの死体は背中をざっくりと切られていた。

 首のない死体もそれなりにあった。

 犬の死骸も道に転がっていた。

 焼け落ちた家屋の中には死体らしき黒焦げの塊りがいくつも目に入った。

 数十の黒焦げの塊りが折り重なっていた大きな建物があった。

 そこは神殿だったそうだ。

 明らかに逃げ出せないよう閉じ込められたうえで焼き殺されたものだ。


「ここが俺の、俺の家族の家だ」

 そこは焼け落ちた一軒家だった。

 建物の中には黒焦げの死体が8体転がっていた。

 ここに8人住んでたとオズワルド表情を変えることなく一言言った。

 そして、どの死体が誰の死体かは分からないとも言った。


 オズワルドは魔術で庭に穴を掘り、残りの俺たち4人でオズワルドの実家の中から8体分の死体を運んで穴に並べた。

 オズワルドが魔術でその穴に土を戻し、俺と盾戦士のバレルで庭石をひとつ運びその上に置いて墓標とした。



 そこで場面が変わり、俺たち5人誰ひとり口を開くこともなく黙々と前を向いて歩いていた。

 生きている者は俺たちしかいない死の町だ。

 助けることもできなければ戦うこともできない。


 俺たちは町の中を一通り見て回ったあと、町から5日ほどの距離にあった領都にある領主の館を訪れた。

 領主は、あの町が壊滅したのは魔族の一部隊が侵入したためだと俺たちに説明した。

 領軍はその魔族を追っているが、魔族の行方は今のところ分からないという話だった。


 その時の領主の顔を実際にははっきりと目にしていたはずなのに、夢の中の領主の顔はなぜかのっぺらぼうだった。


 俺たちは翌日には領主の館を出て次の目的地に向かった。


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