第66話 2学期3、文化祭


 文化祭当日。


 いちおう文化祭は学校行事なので8時25分までに制服を着て登校しないといけない。

 とはいえ、ズボンは制服の黒ズボンだけど上は白い半そでワイシャツなのでそれほど窮屈ということはない。

 そしてこの日だけは土足から上履きに履き替えなくても校舎内に入ることができる。


 持ち物は金曜の昼に文化祭委員が配った今日のパンフレットくらいなので、それをポケットに入れてあとは手ぶらだ。


 教室内はお化け屋敷に改造されて、椅子や机は教室の後ろに積み重ねられているので朝早く登校してもいつものように座る場所などないはずだ。

 俺は普段7時40分に教室に着けるように家を出ているけど、今日は8時15分ごろ教室に着けるように家を出た。


 教室前に到着したところ、廊下では今日のお化けのキャストたちが衣装を着て、化粧というか変装をしていた。

 ちなみにキャストは午前と午後の2交代なので、文化祭の他の出し物を見られないということはない。


 8時25分に担任の吉田先生が出席簿を持ってやってきて廊下で出席を取った。

 当然他のクラスでもそういった光景が見られた。

 先生の文化祭に向けての一言の後、仕事のある者、つまり午前のキャストたちは変装作業を再開した。


 何も仕事のない俺はただ立っていることしかできなかったのだが、昨日の3人も同じなので結局4人で世間話を始めて暇をつぶした。


「長谷川、お前どこか見たい物でもあるのか?」と、鶴田が俺に聞いてきた。

「特にないな」

「俺も何もないから、早めに退散したいところだ。

 とはいえ、後片付けはしないといけないし、後夜祭にも出ないとな」

「後夜祭は何するんだ?」

「さあ」

「今日の出し物に使った道具を全部集めて燃やすんじゃなかったか?」と鶴田の代わりに坂口が答えてくれた。


「そうそう、それだ」

「それだけ?」

「いや、のど自慢大会とかあると聞いたぞ」

「のど自慢じゃなくってカラオケじゃないか?」

「どっちも似たようなもんだろ」


「暇だからパンフレットの順に見て回ればいいんじゃないか?

 屋台や喫茶店もあるようだから食べ歩いてもいいし」

「そうだな。

 しかし、どこも値段は安いと言ってもタダじゃないんだから食べ歩きはきついぞ。

 俺は今月の小遣いはあまり残ってないんだ」


「長谷川はいいよな。

 夏休み中冒険者やってたんなら、それなりに金持ってるんだろ?」

「まあな」

「いいなー。俺も夏休み中に冒険者になればよかった。

 ところで冒険者になるにはいくらかかるんだ?」と、浜田。


「体力テストと講習費用で2万だ。

 講習が終わって冒険者免許を取ったら今度は防具と武器だ。

 防具はいつでもいいんだが、武器は免許を取ってからになる。

 俺の場合、防具と武器で8万だった」

「10万もするのか。

 俺だと無理だな」

「俺も5万は親父に出してもらった。

 残りの5万は貯金があった」

「5万も貯金があったとはうらやましい」


「だけど、夏休みだったおかげで、10万はすぐに稼げたぞ」

「なるほど。

 ということは、親に借金しても冒険者になるメリットはあるってことだな」

「いやいや、世の中そんなに甘くないぞ。

 考えても見ろ。

 親が勉強そっちのけになるかもしれない冒険者稼業に理解を示すと思うか?」

「確かに」


「そう言えば、以前どこかで読んだか聞いたかしたんだが、高校生でBランク冒険者が全国にただひとりいるそうだぞ」

「いてもいいだろ」

「Bランク冒険者というのはAランクから始めて1000万ダンジョンで稼いで初めて成れるらしいぞ。

 しかもその高校生って俺たちと同じ高1らしい」

 浜田、冒険者でもないのによく知ってるな。


「たしか今年の4月から冒険者免許は18歳から16歳に引き下がったんだよな」

「ということはその高校生冒険者は4月に冒険者になったとしても4、5カ月で1千万稼いだってことか?」

「そういうことなんだろうな」

「夢があるなー」

「そうだなー」

「補集合の俺たちには夢はないがな」

「そうだなー」


「かの心理学者フロイトはこう述べた。

『夢は、最も狂っているようにみえるとき、最も深い意味を持つことがある』と」

 今度は心理学者だった。


「なるほど。

 狂った夢か」

「夢のない俺たちのような人間には無縁の言葉だな」

「いや、夢のないわれわれこそふさわしい言葉ではないか」

「然り。

 夢を失ったわれわれにとって、全ての表象は深い意味を持つのだ!」

「ほう。それもまた含蓄のある言葉だな」

「ただの言葉の遊びでしかないがな」

 鶴田はそこで前髪をさっとかき上げた。


「謙遜はよせ。

 かの哲人ショーペンハウアーはこう言っている。

『人生の情景は、粗いモザイク画に似ている。

 この絵を美しく見るためには、それから遠く離れている必要がある。

間近にいては、それは何の印象も与えない』と。

 表象の意味、すなわち物事の本質を見極めるには、一歩離れていなければならないのだ」

「フフフ。

 夢のないわれわれにこそふさわしい言葉だな」



「おっ、そろそろ9時だな。

 せっかくの学園祭だ。

 見て回るとするか」

「そうだな」

「だな」


「一言責任者にことわらなくていいかな?」

「後片付け以外、何もアサインされていないからいいんじゃないか?」

「だな」

「そういうこと」


 3人がパンフレットを片手に歩いていった。

 事情のある俺は3人とは反対の方向に向かって歩いていった。



 廊下の窓から校庭を見たら、時間通り校門が開いたようで、一般の人たちが校内に入ってきて、それぞれ目当ての出し物や身内のいる教室などに向かっているようだ。

 女子高生などのグループも何組もいた。


 女子高生グループにはどうも目当ての生徒がいるらしく、制服を着た生徒が数人現れて案内していった。


 彼らは鶴田たちのいうリア充ってわけだ。

 そういう意味でも俺も鶴田たちと逆方向に歩いていったわけだし。

 しかし、冷静に考えて何をするわけでもなく女子と一緒にいて楽しいのだろうか?

 楽しいのだろうな。

 彼らは彼らの人生の中の一コマを共有する。

 そのことに意味があるのだろう。

 第3者から見れば無意味なことでも、本人たちから見れば……。

 そういうことだ。


 秋ヶ瀬ウォリアーズの3人はダンジョンセンターではいつも待ち合わせ時間に早めに着いていたので、約束の9時半にはまだ15分あったが、俺は彼女たちを男子校の門の前で待たせてはかわいそうと思って迎えに校門に向かった。


 急いで正門に回ったのだが、もう3人が来ていた。

「おはよう。

 というか早かったね」

「「おはよう」」

「中川が早く行こうってうるさかったから」

「こら、斉藤、何言ってるのよ」


 3人とも、ダンジョンセンターから帰る時の普段着よりも少しかわいらしい格好をしているような気がする。

 こういう時に気づかないふりをしたり、ホントに気づかなかったらマズいそうだが、俺はできる男なので、ちゃんと口に出して3人の服装に気づいたことをアピールしておこう。


「3人とも今日はいつもと雰囲気違うな」

「わかる?」

「何となくだけど」

「やっぱし、男子校に来るとなるとそれなりに頑張らないといけないかなって」


 校門にはテーブルの上にパンフレットを置いて来客に配っている文化祭委員のほかうちの生徒はいなかった。

 にこやかな文化祭委員から3人がパンフレットを受け取った。

 その時その文化祭委員がチラ見だったが確かに俺をジットリと睨んだ。

 気持ちはわからないでもないが、冤罪だよ。

 俺は精神年齢26歳なんだよ。


「パンフレットの順に見てまわろうか?」

「「はーい」」

 アイドルユニットのような返事が返ってきた。

 その時またあのジットリ視線を感じてしまった。


 校門でこれだと先が思いやられる。



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