第65話 2学期2、文化祭前日


 文化祭の前日。今日は土曜日だが俺の高校は隔週の休み。


 俺は文化祭の準備のため普段着で学校に向かった。

 集合時間は午前9時。


 何時まで準備作業が続くのか分からなかったので、途中のコンビニで昼食用にのり弁を買った。

 おむすびにしなかったのは、なぜかおむすびの棚にツナマヨしか残っていなかったからだ。

 飲み物はいつもの緑茶のペットボトルだ。こっちはちゃんと売っていた。



 俺のクラスの文化祭の出し物はお化け屋敷。

 お化けの衣装などは有志の面々で既に製作済みで、残る仕事はベニヤ板と角材で衝立ついたてを作り、それで教室内に通路を作ること。


 俺の他に鶴田、坂口、浜田というクラスメート3人に割り当てられた仕事は、業者が駐車場脇の資材置き場に運んできた文化祭用資材から、うちのクラスが注文していたベニヤ板を校舎の裏庭に運ぶ。

 次に、裏庭でそのベニヤ板に墨を塗り、乾いたら2階にある俺たちの教室まで運ぶというものだった。

 


 残りの生徒は資材置き場から角材を教室に運んで、カナヅチと釘で通路用の衝立の枠組みになるように角材を組み立てていく。


 ベニヤ板の運搬作業は簡単だが、それなりに大きな物なので取り扱いは面倒だ。

 軍手を支給された俺たち4人は資材置き場から裏庭まで予定数のベニヤ板を運んだあと、教室に置いてあったペンキの刷毛と墨汁を持ってきて裏庭でベニヤ板に墨を塗っていった。

 4人での作業だったが、ベニヤ板は40枚もあったので結構大変だ。


 墨は塗ったはしから乾いていったので、ベニヤ板を裏返してまた塗っていく。

 両面塗り終わった順に教室に運んでいく。

 俺以外の3人も真面目に作業をしたおかげで、11時には俺たちモブ作業員よにんに割り当てられていた仕事は終わってしまった。


 あとは有志の連中がお化け屋敷の飾り付けをして、明日の本番前にお化け係キャストの連中がメイクして衣装を着れば準備完了なのだそうだ。



 鶴田たち3人も、昼からも仕事があると思って弁当を用意していた。

 期せずして3人とも俺と同じのり弁だった。

 仕事が終わった俺たち4人は、ほかのクラスや先輩たちが中庭で作業を続けているのを見ながら2つのベンチに腰掛けて早めの昼食をとった。


「お化け屋敷どう思う?」

 鶴田がのり弁の竹輪の磯部揚げを食べながら誰にというわけでもなく、そう口にした。


「いちおう、みんなが賛成したことだから成功してほしいけど、正直どうかな?」と、のり弁の玉子焼きを箸に挟んだ坂口が懸念を示した。


 隣りに座った浜田がのり弁のご飯を海苔と一緒に口に入れてそれを飲み込んだあと、

「女子を連れてお化け屋敷に入ってキャーってなればしめたものかもしれないが、そもそも女子を連れてくるというところがわが校の一般生徒からすると現実離れした妄想と思うのだが」


 これは少しひねくれた見方かもしれないが、納得するに足る懸念でもある。


有志の連中あいつら女子を連れてくるあて**があるから張り切ってるんだろうな」と鶴田が言うと、

「しかり」

「だな」

 と言って、坂口と浜田が箸を止めて首肯した。


「こういってはあれだが、あいつらはリア充。

 俺たちは彼らの補集合なのだ!」

「しかり」

「だな」


「ところで、孤高の長谷川。お前、実際のところどうなんだ?

 まさかリア充ではなかろうな?」と、鶴田が俺に話を振ってきた。

 俺は鶴田の中では孤高の長谷川なのか。別にいいけど。


「リアルが充実しているという意味だと冒険者として十分リアルが充実しているからリア充だが、お前たちの言う意味でのリア充なのかと言えば違うと思うぞ」

「それを聞いて安心したぞ」

「全くだ」

「仲間だ」

 そこでみんな話を中断して海苔弁を口に運んでもぐもぐする。

 ゴックン。


 そしてまた会話が始まる。

「1年生、2年生は分かるが、3年生がこの時期文化祭に駆り出されて受験勉強は大丈夫なのかな?」

「うちの学校っていい大学狙うなら浪人が当たり前っていうし、良いんじゃないか?

 これも青春の一幕ひとまくの思い出、人生というノートの1ページになるはずだ」

「俺たち、ベニヤ板に墨塗っただけだけど、それも1ページになるのか?」


「難しい質問だな。

 かの哲人ヘーゲルはこう言った。

『ミネルバのふくろうは夕暮になってはじめて飛翔する』と」

「なるほど」

「含蓄がある言葉だな」

「哲人だからな」

 この3人、教養がある上に息が見事に合ってるな。

 秋ヶ瀬ウォリアーズの3人とはまた違った味がある。


 ……。


 俺はもっぱら聞き役だが、そんな話をしていたらみんな弁当を食べ終わったようだ。


「弁当を食べ終わったから教室に戻って他に仕事がないなら帰っていいか聞いてくるか」

「そうだな」

「そうしよう」

「だな」


 4人揃って教室に戻った。

 教室内を見たところ、お化け屋敷の通路もほとんど完成しているようだ。


 うちのクラスの文化祭実行委員兼、有志代表がちょうど教室にいたので先に帰っていいかお伺いを立てたところ、すんなりオーケーが出た。


 後は有志リアじゅうたちで仕上げていくのだろう。

 栄光は彼らのものだ。


「じゃあな」

 校門で3人と別れた俺はうちに帰っていった。

 人目がなければ転移してもいいけれど、うちまで20分程度のことだし、特に用事があって急いでいるわけでもないのでいつも通りゆっくり歩いて帰った。


「ただいまー」

『お帰りなさい』

 母さんは居間の方にいるようだった。しかも母さんのそばにフィオナの気配がしていた。

 父さんはどこかに出かけているようで、気配はなかった。

 家の中で気配を調べてどうするんだというところもあるが。


 部屋に戻ったら、ひとりというのか、1匹というのか、タマちゃんだけ段ボール箱で四角くなっていた。


 俺はそれからタマちゃんの入っている段ボールの隣りに座って防具を磨いたりしていたところ、いいことを思いついた。


 タマちゃんが俺の手袋に付いた血とか核の汚れを舐めとってくれると、文字通りすっかり汚れが取れてきれいになる。

 ということは衣類に染み着いた汚れも落とせるはずだ。

 さっそく試してみようと思い、クローゼットの中から襟の後ろ首に当たる部分が少し黄ばんだワイシャツを取り出してタマちゃんに黄ばみを落としてくれと頼んでみた。


 段ボール箱の底でのっぺり四角くなっていたタマちゃんがスライムっぽく盛り上がって、偽足をシャツの襟に伸ばしてさっとその上を移動させた。

 それだけで襟の黄ばんだところがなくなり、周りも含めて真っ白になった。

 シャツの他の部分と比べても明らかに白いので、少しだけ違和感が出てしまった。


 試しにワイシャツごときれいにしてくれるよう頼んだら、ワイシャツが偽足に一度取り込まれ、すぐに偽足から湧き出すように外に出てきた。

 シャツの生地は新品同様真っ白になっていた。


 どうしてもアイロンが難しいもの以外なら、クリーニングじゃなくってタマちゃんで十分だ。


 そのことが分かったので、タマちゃんとほかのシャツを持って1階に下りてフィオナと遊んでいた母さんに今のことを実演してみせた。


「これからシャツの洗濯はタマちゃんに頼むからよろしくね」

 母さんがそう言ったら、タマちゃんがプルンと震えた。

「タマちゃんもこうして見るとかわいいのね」

 タマちゃんもフィオナばかりかわいがっていた母さんに認められたか。


 


 外出から帰ってきた父さんの後に風呂に入ってから家族3人で夕食を食べた。


 夕食の後2階の自室に戻ってベッドの上で横になっていたら、机の上に置いていたスマホが震えた。

 ベッドから起き出してスマホを見たら斉藤さんからのメールだった。

「明日いつもの3人でさいたま高校の文化祭に行こうと思ってるんだけど、もし無理でなかったら案内してくれないかな?」

 と、メールには書いてあった。


 俺は明日の本番では何も仕事を割り振られていなかったので、全然無理じゃない。

 文化祭は9時から始まるので、

「9時半に正門前で待っている」と、返信したらすぐにスマホが震えて斉藤さんからのメールが返ってきた。

「ありがとう。明日楽しみにしてる!」


 秋ヶ瀬ウォリアーズの3人を連れて校内を歩くのはいいけど今日の3人に遭ったら裏切者! と、ののしられそうだ。

 そうなったら、彼女たちはただの友だちなんだから。と、なだめるしかないな。




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