第64話 2学期


 途中一度飲み物を注文して、カラオケは3時間でお開きになった。

 俺は何とか歌わずに済んだ。

 なにせ俺がちゃんと歌える歌は『君が代』くらいなんだから仕方がない。

『君が代』でいいなら歌ったけど、カラオケで『君が代』歌う人って全国的に見ても少ないと思うよ。

 全国でただひとりの高校生Cランク冒険者が言ってもあまり意味ないかもしれないけれど。



 出入り口前のカウンターで4人で割り勘で代金を払い、カラオケ屋の入っているビルの前で解散して彼女たちと別れたんだけど、みんな帰る方向がしばらく同じだったので一緒に歩いて順々にさよならを言って別れた。


 次に一緒に潜る日の約束はしなかったので、そのうち斉藤さんからでもメールが届くだろう。



 カラオケの翌日から夏休みの最終日までの3日間、5階層で稼がせてもらった。

 1日平均200万円前後。

 サーチアンドデストロイ最高!

 累計買い取り額は6805万1500円になった。



 そして俺にとって実りある夏休みが終わり新学期が始まった。

 俺が学校に行ってる間はもちろんフィオナもタマちゃんもお留守番だ。

 母さんも機嫌がいい。


 1学期のときと同じように教室に一番乗りして自席に着いていたら、クラスメートたちが教室の扉を開けて、

「おはよう」

「おーす」

「うぃーす」

 などと言いながら入ってくる。

 そんなクラスメートの中には真っ黒に日焼けしたものもいたし何人か明らかに一皮むけた感じのヤツもいた。

 青春だねー。


 青春時代を殺伐とした向こうの世界で一度過ごしたオレにはキラキラの思い出はないし、今さらどうとも思わない。

 枯れてるねー。


 校長の一言だけの始業式の後、時間を全体的に10分遅らせて2学期最初の1日が始まった。

 ホームルームで吉田先生が来週の日曜に開かれる文化祭について話していた。

 要約すると、しっかり文化祭をやり遂げ学業にも励めという話だった。


 文化祭については部外者である俺は詳しくは知らないが、有志が集まって夏休み中に文化祭の準備を進めていた。ことになっている。

 実は成績優秀者である俺にも夏休み前に声がかかっていた。

 いわく、女子高生たちもたくさん文化祭にやってくるから活躍すれば目立つぞ、と。

 俺はすっかり枯れているのでそんなことに興味はない。

 なので、夏休みには冒険者資格を取って冒険者になると言って断っている。

 とはいっても、俺もクラスの一員なので文化祭前日の土曜日は朝から文化祭の本番準備を始めるそうなので手伝わなければならない。



 その週は淡々と過ぎていき、週末の土曜日。

 この日は隔週の午前中だけの4時間授業だった。


 授業の合間にクラスメートが俺のところにやってきて、冒険者試験と冒険者のことを聞いてきた。

「試験はうわさ通り簡単だった。

 病気でもなければ誰でも受かると思う」

「ということはAランク冒険者になったということだな」

 休み中にCランクになったとはさすがに言えなかった。

 父さん母さんにもまだ言っていないけど、秘密ばかりが増えていくな。


「俺が聞いた話だと、1日朝から晩まで頑張って良くて2万円、通常は1万円くらいらしいが、1日どれくらい稼げた?」

「そこそこだな」

 さらに秘密が増えていく。

「やっぱりそうか。

 それでも高校生で1万近く稼げれば十分だけどな。

 俺の場合は塾に行かないとマズいから冒険者になれないけれど、長谷川くらいだと塾に行かなくても済むからいいよな」

 クラスのコンセンサスとして俺は成績優秀者だしな。


「高校では無理でも、大学に入って色々自由にになったら冒険者になれよ。

 学費くらい稼げるぞ」

「そうだな。そのつもりで俺も頑張ろう」

「その意気だ」

 などと励ましていたら次の授業のベルが鳴った。



 4限目の授業が終わり、掃除当番でもなかった俺は急いでうちに帰った。

 荷物を置いて普段着に着替え終わったあと、例のブツを持って食堂に下りていった。

 父さん母さんは先に昼食を食べていたので、母さんが用意してくれたスパゲッティミートソースをひとりで食べた。

 母さんのスパゲッティミートソースはミートソースの下にたっぷり入ったチーズが溶けてておいしいんだよねー。

 


 食べ終わった食器を流しに返した後、居間の方でテレビを見ていた父さんと母さんに、

「結婚記念日もうすぐだろ?

 これ」

 そう言ってかねてから封筒に入れて用意していた旅行券を渡した。

「なに?」

「旅行券。

 ふたりで好きなところに行ってくればいいよ」

「一郎。ありがとう」


 封筒を受け取った母さんが中身を見て驚いたようだ。

「まあ! こんなに」

「それなりに稼いでるから、大したことじゃないから」

「本当にありがとう」


 父さん母さん、ふたりとも涙を流して喜んでくれた。

 やってよかった。

 もし俺があの世界に行っていなければこんなことしていなかったと思う。

 冒険者になっていたとも思えないし。

 こうやって俺が人様以上に稼げてもいるのもあの世界での10年間のおかげなのは間違いないし。


 父さんは10月の3連休にでも母さんと旅行すると言っていた。



 そしてあくる日曜日。

 いつものように朝食抜きでサイタマダンジョンに向かった。

 もちろんタマちゃんとフィオナを連れている。


 ダンジョンセンター内の売店で朝食用のサンドイッチと調理パン、昼食用のおむすびセット、それに飲み物を買った。

 支払いはもちろん冒険者証だ。

 冒険者証にチャージされている金額は俺からすればもはや無尽蔵レベルなので残高を気にする必要はない。

 そもそも朝メシ、昼メシの代金くらいしか使っていないので減りようもない。

 売店を出た俺は武器預かり所に行った。

 リュックの中には念のため大剣用ホルダーは入れていたけどメイス2本とナイフだけ払い出してもらった。


 その場で武器とヘルメットを装備して1階に下りて改札を抜け渦に入った。


 渦を抜けたところで階段小屋に向かって駆けていこうかと思ったら、「長谷川一郎」と、横の方から声がかかった。

 それも女の声だ。


 こんなところで俺の名を呼ぶ女?

 振り向くと、見たことのある赤いヘルメットを被ったあの女冒険者がいた。

 たしか名まえは「ひかわりょうこ」


 面倒な。

 振り向かなければよかった。


 後続の邪魔にならないように横に移動し、こっちを向いてるひかわに向かって、

「何の用?」と、不機嫌そうに聞いた。

「よかったら、わたしと一緒に潜らないか?」

「いやだ。

 俺にとって何の意味もない。

 それどころか足手まといになるだけだろ」


 そういってやったら、ひかわはそれ以上何も言わなかった。

 ちょっとかわいそうになったので、

「3点から5点になったらまた声をかけてみろ、その時は考えてやるよ」

 と、言っておいた。

 やる気と根性があれば少しは良くなるだろ。


「5点というのはどういう基準なのだ?」

「自分で考えろと言いたいところだが、そうだなー。

 1日100万稼げるようになったらでいい。

 俺でさえ1日200万程度だから100万は厳しいか?」

「いや、何とか頑張ってみる」

「好きにしてくれ」


 俺はそれだけ言って階段小屋に向かった。


 階段小屋からはいつも通り、朝食のサンドイッチと調理パンを食べながら転移と移動を組み合わせて5階層の奥の方まで転移した。

 そこからはサーチアンドデストロイだ。


 5階層で活動しているだろうひかわに遭うこともなくその日は1日を終えた。

 

 累計買い取り額は6805万1500円+212万3千円=7017万4500円となった。

 5000万円を超えて2000万円貯めるのは意外と早かった。

 Cランク効果だな。

 Dランクまであと3000万円。

 

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