第5話 学校で2


 2限目の数学の後、無難に3限目の英語、4限目の社会を終えた。

 英語は先生が教科書を読んで訳していくだけだったが、それだけで訳も単語も覚えてしまった。

 俺って目覚めたのだろうか?


 4限目が終われば給食時間だ。

 給食当番だったようなそうではなかったような。

 記憶があいまいだったので隣の席の女子に聞いてみた。

 その女子の名まえは10年の月日のかなたで思い出せなかった。ゴメン。

「俺って給食当番だっけ」

「給食当番やってくれるのならうれしいけれど、今週はわたしたちの列が当番よ。

 先週長谷川当番やってたでしょ?」

「すっかり忘れてた。サンキュウ」


 言葉通り完全に忘れてた。

 隣の席の女子は席を立って自前のエプロンを着け頭にスカーフを巻いて他の当番たちと一緒に教室から出ていった。


 そうか。給食当番はエプロンと頭に巻くものが要ったんだ。

 これも完全に忘れてた。

 授業についていけるか心配だったけど、これまでの4つの授業から考えて何も問題なさそうだ。

 そのかわり、こういったルール的なものが頭の中からすっぽり抜け落ちてしまっている。


 ……。



 給食時間、仲のいい連中が机をくっつけ合って食事する風景がよくアニメなんかで描かれてたと思うが、実際は給食が配られたあとに机を動かせばホコリも立つだろうし、何かあれば広げられた給食がひっくり返る。

 あれは弁当前提だったか?


 ということでうちの学校では机を動かすことはない。

 俺は給食を懐かしく思いながら食べ終えた。


 昼食から5限目までの休憩時間は長いのでクラスの男子はたいてい校庭に出て遊ぶ。

 俺も10年前は校庭に出て遊んでいたと思うが、どうもその気になれなかったのでそのまま机に座って窓の外を眺めていた。

 空が何だかもやってるなー。


 俺がそうやって窓から何となく空を眺めてたら結菜がやってきた。

「一郎。黄昏たそがれてるけど何かあったの?」

「いや何も。

 青空と言っても何となく曇ってるなーって見てただけだ」

「そうかな? 今日の空はいつもよりずっと青く見えるけど」


 ああ、そうか。ここって東京の隣りの埼玉だもんな。

 それも埼玉南部。

 東京人からすれば全否定するかもしれないが、ほとんど東京だ。

 少なくとも空は東京の空と大差ないはずだ。

 そんな中、少しだけでももやもやが薄れれば青く感じるんだろう。



 今日の5限目は体育。

 体育の着替えは基本的に男女とも教室の中で着替えるけど女子の場合はたいてい制服の下に着込んでいるので制服を脱ぐだけだ。

 結菜のようにクラブに入っている女子は部室で着替える。

 男子は気にせず教室で着替える。

 それがいいのか悪いのかは分からないが誰も文句は言っていない。

 なぜか思い出した。


 ということで俺も5限の始まる少し前にパンツ一丁になって体育着に着替えた。

 もちろん男のパンツ姿など誰も興味はないので見向きもされなかった。

 脱いだ俺はすごいんだけどな。

 と思ってたんだけど何だか視線を感じてそっちを見たら、給食当番のことを教えてくれた隣の女子が俺の方をじっと見てた。

 そして、顔をそむけた。


 見なかったことにしよう。

 

 着替え終わった俺は今日の体育はバスケットボールらしいのでほかの連中の後について体育館に移動した。

 歩いているうちに体育館の場所は思い出した。


 5時限目の始業ベルが鳴ったところで体育教師が笛を慣らし、みんなが整列したところで、

「今日は先週言っていた通り男子4チーム、女子4チームに分かれて試合だ。

 チームは今まで通り。まずは準備体操から」


 準備体操が終わったら体育の準備当番が体育館の奥に走って行き、ボールとゼッケンを運んできた。


 1試合20分で10分ハーフ。2つのコートで同時に男女2試合が行われる。

 俺は後半の第2試合だったので体育館の壁際でチームの連中と体育座りして試合見学だ。


 問題は俺のチームの5人の中で俺を除く4人のうち2人の名まえを思い出せなかったことだ。

 試合になればなんとかなるとは思うが、勇者になって脳みそ絶好調だと思っていたけど思わぬ落とし穴があった。


 さて。

 試合が始まって男子の試合を見学しているのだが、俺以外の4人は女子の方に目が行っているようだ。

 男子の試合が目を見張るようなものなら参考になるかもしれないが、女子の試合とどっこいどっこいだ。

 これなら女子の試合を見ていても体育の教育効果は変わらないかもしれない。

 先生も何も言わないしな。


 ちなみに第1試合での男子の審判は先生で、女子の試合の審判はたしかバスケ部の女子だ。

 名まえは例のごとく思い出せなかった。

 ドンマイ。


 後半の第2試合になるとその女子は試合に出て先生が女子の審判をして、男子の審判は今コートの中で活躍中のバスケ部員が受け持つことになると思う。


 やはり、本職のバスケットボール部員は強い。

 着実に相手チームのディフェンスを抜き去ってシュートを決める。

 さらに相手チームのパスをインターセプトし、ドリブルも簡単にスティールする。


 20分の試合で16対41。

 結局大差がついてしまった。


 さーてこれから俺の試合だ。

 俺たちはゼッケンをつけて軽く柔軟体操をしてコートに立った。

 いちおう授業なので真面目にいきたいがあまり目立ってしまうのも問題だ。

 いいところを見せた方がいいのか、適当に流した方がいいのか?


 先ほど活躍したバスケットボール部員がボールを持ってコートの真ん中に立った。

 うちのチームからは一番背の高い安倍くんがジャンパーになった。

 そのころには会話から名まえを思い出せなかった2人の名まえも思い出していた。

 相手チームも5人の中で一番高い選手がジャンパーになったようだ。


 ピーッ!


 笛の音と一緒にボールがトスされた。


 ふたりのジャンパーがそのボールを取ろうとしたが結局相手チームのジャンパーがボールをはたいて相手チームの選手がそれをキャッチした。


 味方チームは急いでゴールに戻っていったんだけど、ボールをキャッチした選手がドリブルがどうも下手そうだったので俺が駆け寄って横合いから手を出したら簡単にカットできた。

 転がったボールを拾った俺はそこからノーアクションで相手方のゴールリングにオーバースローでボールを投げたらそのままリングを通過してネットを揺らした。


「やったー!」

 試合=勝負という図式が頭の中にあるせいか、気付いたらボールを投げてたってわけだ。


 少し遅れて審判がピピーと笛を吹いた。


 みんな足を止めて無言で俺の方を見てる。

 自陣内から直接3ポイントシュートだもんな。

 ちょっとやり過ぎた。かな?

 せめてバスケットのロングシュートっぽく両手を使って打てばよかったか?


 チームメイトがやっとわれに返った。

「「長谷川スゴイ!」」

 コートの外で観戦中の第一試合の男女たちはざわついている。


 審判のバスケ部員も俺に向かって「何だ今のは!?」と驚いていた。

「苦し紛れに投げただけだ」

 適当に答えたけれど、どう見ても苦し紛れじゃなかったような。



 何となくこれ以上目立ってしまうとマズそうだったので、そこからは流してしまった。

 そういうことであのシュートは謎のシュートということで片付けられた。


 俺の身体的能力は大っぴらにしない方がいい。


 という教訓を今日の体育で学んだ。



[宣伝]

完結:ダークファンタジー『影の御子』

https://ncode.syosetu.com/n7742im/ よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る