第48話

「緋山さんこそ、いいんですか? 私が残って」

「どうして?」

「だって、私が菫さんに似てたから、ここに居候させてくれてたんですよね。重ねるのをやめたら、ただのお荷物じゃないですか」

「あぁ、そういうことか。それもあるけれど、君を居候させていたのは、責任を感じたからだよ。お義父さんの元から追い出すきっかけを作ったことに」

「でも、どちらにせよ、盗撮なんかされてもうあの家には居られなかったんですから、緋山さんが責任を感じることはありません」

「まぁ、そうなんだけどね」

「意外と、そういう常識的な所があるんですね」

 くすくすと、笑みが込み上げてきた。

「それは心外だな。僕は常識をわかってる人間だよ」

「常識をわかってる人間は、飛び降り自殺をしようとしてる女子高生を食事に誘ったりしません」

「わかってる事と、守ることは別だから」

「そう言えばあの時、なんであんな団地の最上階に緋山さんがいたんですか?」

「妹にあんまり似てる人を見かけて、つい追いかけちゃってたんだよ」

「えぇ……怖っ……」

 真顔で、本人を前にストーカー暴露するのは、なかなかサイコパス的だなと思った。

「補足しておくと、君が、普通の様子じゃなかったから…っていうのもある。嫌な予感がしたんだ。そうしたら、案の定だったね」

「……そう言われちゃうと、何も言えませんね」

 本当は、本気で死ぬ気なんて無かったのかもしれないけれど、そう言い切る自信はちょっと無かった。

「飲む?」

 そう言って、緋山さんはワインボトルを差し出してきた。

「私、未成年ですけど」

「知ってる。法律で禁じられていることも知っている。禁じられると、破りたくなる性質なんだ」

 どこかで聞いたようなセリフだった。やっぱり、緋山さんもそういう人種なんだ。私も、案外そのタイプだったのかもしれない。人間、自分ですら自分のことを、よくわからないものだなと思った。私はテーブルの脇にあるワイングラスを差し出すと、深紅の液体が半分まで注がれた。

 ワインは香りも楽しむものだと聞いたことがあるので、香りを嗅いでみるけど、私にはその良し悪しがわからなかった。ただ、アルコールの匂いばかりが目立つ。意を決して、その赤い液体を口に含むと、アルコールの苦みと酸味が私の喉を刺激して、咽た。なんだか口の奥が熱い。

「うっ、げほっ…! すみません、やっぱり私には早かったみたいです」

 私は手元にあったジンジャエールで口直しをする。炭酸がキツかったけれど、半ば無理矢理口の中に注ぎ込んだ。

「だろうね」

 今度は、くすくすと緋山さんが笑う。こんな風にも笑うんだ。事件を解いてもらって、機嫌がいいのか。それとも、アルコールのせいなのか、どちらだろう。きっと、両方かもしれない。

「じゃあ、口直しに、これはどうかな」

 緋山さんは机の上の、Kahluaと書かれたボトルを手に取ると、卓上のロックグラスにほんの少し注ぐ。コーヒー色の液体が底に溜まり、次いで、ミルクが注がれる。最後に球体の氷を一つ入れて、細長い棒でかき混ぜると、私に手渡してくれた。

「カルーア・ミルクだよ。コーヒーのリキュールをミルクで割ったカクテルだけど、度数も低くて甘口で、女の子にも飲みやすいと思うよ」

 確かに、嗅ぎ慣れたコーヒーの匂いが、まずは安心感を与えてくれた。私はそれを舐めるように口にすると、強い甘みとコーヒーの仄かな苦み、アルコールの鼻に突き抜ける独特の風味と熱さがあった。

「うわぁ…なんだろう、変な感じ。でも、美味しいです」

「それは良かった。ところで、僕からも質問していいかな。前々から、聞いてみたいことがあったんだ」

 なんだろう、改まって。だけど、なんだか嬉しかった。緋山さんが、私に興味を持ってくれているようで。少しニヤけているのがわかる。きっと、お酒のせいだ。

「お義父さんのお世話になったのは、訳あって両親を亡くしたからって言ってたね。両親は、君が刺し殺したんだろう? 奈々原 藍さん」

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