第46話

「リスクを承知でそうした可能性もありますけど、緋山さんはそんなことをしそうにありません。もしかして緋山さんは、このマンションの他のフロアにも部屋を持ってるんじゃないでしょうか? 王生さん曰く、エレベーターに防犯カメラは無いそうですし、マンション内のフロア移動に終始すれば、ロビーの防犯カメラには映りません」

 今思えば、王生さんの情報提供は、全てヒントだったんだ。防犯映像を見せたのも、突然、エレベーターに防犯カメラは無いなんて言ったのも。もしかしたら、ヒントを出すように依頼したのも、緋山さん本人だったのかもしれない。

「殺害は、マンションの中の、別のフロアで行われました。つまり、事件の流れはこうです。6月27日の夜、緋山さんは、寝たきりの菫さんを車椅子に乗せ、自宅を出ました。この後、緋山さんの服をあらかじめ渡されていた王生さんがロビーから出て、防犯カメラに映ります。緋山さんは菫さんを連れて、他のフロアに入室します。そこで、深夜2時頃、菫さんに薬物を注射して殺害。翌朝、王生さんが帰って来て、再びロビーの監視カメラに映ります。一方で、緋山さんは亡くなった菫さんを連れて自宅に戻りロック解錠の記録を残します。そして、菫さんの遺体をベッドに寝かせ、第一発見者の体で警察に連絡を入れる。以上です」

 言葉にしてみれば、意外とシンプルな事件だ。これで、私の持っているカードは、全て出し尽くした。後は、結果を待つだけだった。緋山さんは全てを認めるのか。それとも、私の推理は全くの的外れなのか。

 緋山さんは、以前、プログラムを書くのは楽しいと言っていた。自分の思い描いたプログラムが、想定通りに動くのかどうかを確かめる瞬間は、まるでテストの答案を返される時のようにドキドキすると。その時は共感出来なかったけれど、今はわかる気がする。私の鼓動は、今までにないくらいに高鳴っていた。緋山さんが人殺しかどうかがわかる、その瀬戸際に。ただし、今の私は、決して楽しんでなんかいなかった。

 緋山さんの、息を吸う音が聞こえる。彼は微笑んでいた。

「正解だよ。よく、そこまで辿り着いたね」

 全身に再び鳥肌が立った。沈黙が流れる。窓の外の夜景に照らされて、影が二つ、リビングの床には伸び並んでいた。いま思い返せば、緋山さんは自分が犯人であるにも関わらず、嘘を一つも言っていなかった。

 

『当時、指紋認証に登録していたのは、僕と菫以外に3人いた。この部屋に出入り可能だったのは、この面子だけ。必然的に、犯人はこの中に絞られる』

 

 緋山さんが言う『この中』とは、『3人』を指しているのではなく、この家に出入り可能だったメンバーを指していたんだ。当然、その中には緋山さん自身も含まれる。私は、その可能性を無意識に、最後まで考えまいとしていた。緋山さんが犯人のはずがない、犯人であって欲しくないという願望のために。

「なんで……どうして?」

 どうして、実の妹を殺害したのか。いくら繰り返してもわかるわけが無い自問自答を、ずっと繰り返してきた。それを、ようやくぶつけることが出来た。

「…………………」

 緋山さんは答えない。代わりに背を向けて、まるでこれからコンビニにでも行くかのような足取りで、暗闇の奥に消えていく。すると、パチリと音がして、影が消えた。電気のついたリビングには、いつもの光景が広がっていた。

「お腹空いてない?」

 私の質問を完全に無視した予想外のセリフに、一瞬、呆気にとられる。なんだか、こういうのも随分と久しぶりに感じた。

「いえ……まぁ…はい」

「じゃあ、食事にしよう。立ち話もなんだしね。良い機会だから、さっきの質問の回答も含めて、ゆっくりと話そうよ。思えば、今までそんなこと、しなかったからね」

 殺人犯と食事をする。客観的に見れば、随分と悠長で、奇妙な話だった。警戒心が無かったと言えば、嘘になる。だけど私は、その申し出を喜んで受けた。彼のことを何も知らない。誕生日も生まれも育ちも、好きなものも、嫌いなものも、何も知らない。もっと、彼の事を知りたい。脱いだコートをかけて、席に着いた。

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