第43話

「藍ちゃん、まだ悩んでたの?」

 紙袋を持って戻ってきた由香里が、呆れたように呟く。

「気持ちはわかるけど、カップ一つに悩みすぎじゃない? そんなに種類があるわけでもないのに」

 結衣も同感だったらしく、重ねてくる。

「うん、わかってる。わかってるんだけど…」

 どうしても、決め手に欠けると言うか、なかなか決め切れずにカップのコーナーの前で、1時間は右往左往していた。

「きっとさ、男の人にプレゼントとかしたことないから、どんなのを渡せばいいのか自信が持てないんだよ。だからそんなに悩むんだよ。しかも、年上だから尚更だよね」

 異性へのプレゼントだとも緋山さんにあげるとも、一言も言ってないけれど、すっかりと由香里には悟られているようだった。この時期に百貨店をまわるなんてプレゼントしか無いから、隠すつもりも無かったけど、誰にも上げたことが無いと決めつけられるのは多少心外だった。だけど、これも当たっているので何も言い返せない。

「由香里はもう、プレゼントは買ったの?」

 随分と高そうなお皿を手に取って眺めながら、結衣が質問を投げかけた。

「うん、これは私向け。彼氏には、手編みのマフラーをプレゼントするんだ」

 そう言えば由香里って、公認二股中なんだっけ。気になった私は「2人とも?」と聞いてみる。

「そうだよ~」

 まだ続いていたらしい。2人分のマフラーを編むなんて、相当な労力だと思うけれど、だからこそ由香里の真摯さが伝わるのかもしれない。2人に対して本気だから、浮気ではないとの由香里の言い分も、伊達では無いみたいだった。そこでふと疑問が沸いた。

「クリスマスは2人の内のどっちと過ごすの?」

「2人と一緒に過ごすよ。レストランも既に予約してくれてるって」

「ちょっと待って。それって、3人で会食するってこと?」

 手に持っていたお皿を落としそうな勢いで、結衣が割って入る。

「うん、そう」

「え、嘘でしょ? それ本気で言ってるの?」

 結衣と一字一句同じ感想を、私も抱いた。

「もちのロンだよ! 私は2人とも大好きなんだから、1人とだけ過ごすなんて無いよ。彼氏2人も、お互い公認だしね」

「うわぁ…それって彼氏同士で険悪になったりしないの?」

 結衣が私の代弁を続けてくれる。

「今までそうなった人達は、自然と離れていったよ。そうじゃない人が今も残ってるんだよ。『自分の恋人が愛する者を、私も愛します』が、私達の共通項だからね」

「マジなの……凄いね、それ……」

「それなら由香里も、彼氏に他の相手がいても許すってこと?」

「勿論だよ! ただし、その相手にも、つつみ隠さず話すことが条件ね。隠し事はダメだよ。そんなのトラブルの元だし、浮気だし、裏切りだよ」

 相変わらず、由香里達の恋愛模様は、常軌を逸していた。もしかしたら、この自由度と合理性は、時代を先取りしているのかもしれない。いつの日か、由香里達みたいな付き合い方が当たり前になる日が来るのかな。現に、一夫多妻を認めた時代や、認めている国が世界にはあるんだから、在り得ないとは決して言えない。

「で、藍はプレゼント決めた?」

 この場で掘り下げるには、由香里の話題は重すぎると思ったのか、結衣が話題を変えてくれる。

「考え中。結衣は買ったの?」

「うん、買った。形があるものや生ものだと微妙だから、花をね。ガーベラ。あの子、これが好きだったから」

 結衣はきっと、恵美のことを言ってるんだ。恵美の墓前にプレゼントするものを選んだらしい。隣で聞いていた由香里は、何も言わない。何も言わないということは、既に結衣から真相は聞いているんだろうと、この時わかった。

 恵美のアカウントの謎は、結衣本人の手でアカウントが消されて以降、すっかりとクラスでは話題に上がらなくなっていた。アカウントを乗っ取った誰かの、性質の悪い冗談だったのだろうと、クラスでは結論付けられていたからだ。

 謎と言えば、最初に緋山さんに恵美のアカウントの謎を持ち掛けた時のことを思い出す。あの時、緋山さんは謎に食いついてくれた。私が盗撮を苦にしていた時も、解決に乗り出してくれた。どうして、菫さんの件については、私に捜査を一任しているんだろう。猫の手も借りたい、というやつなのかな。それにしては妙だ。緋山さん本人が解明に積極的とは思えない。どちらかと言うと、私が解けるか試している、という表現の方がしっくりくる。だとしたら、何を試されているんだろう。ここで、王生さんの言葉を思い出す。

『この問題は、君が解かなければ意味が無い』

 王生さんは、これを謎ではなく、問題だと言った。犯人を既に知っているとも。やっぱり、これは既に解かれた事件であって、解答の用意された問題なんだ。解いたのは、緋山さんかな。だけど、犯人はまだ捕まっていないと言う。誰が犯人かわかっているけれど、消息を掴めないのかな。でもそれは、私が解かなければいけない理由にはならない。

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