第26話

「よくわからない。ほとんど自室に籠って、ひたすらPCの前でキーボード叩いてるよ。時々、リビングに出てきて、珈琲をお代わりしたり、ソファに座ってTVを眺めてるくらいかなぁ。あ、でも、今日みたいに時々ふらっと外出して、2,3日帰って来ないこともあるよ。旧い友人に会ったりしてるんだって」

 友人に会うのに、どうして2,3日もかかるのか、謎な部分もあるけれど。もしかして、遠方に居るのかもしれない。

「うーん…つまらん」「つまらないよねぇ…」

 そんなことを言われても困る。

「でもさぁ、そろそろクリスマスじゃん! さすがに、何かプレゼント用意するんでしょ?」

 と、再びニヤニヤしながら、結衣。

「うん…そりゃ、まぁ…普段からお世話になってるし……」

「なになに? なにプレゼントするの?」

 と、由香里も詰め寄ってくる。

「か、考え中です」

「だったら、この由香里ちゃんがアドバイスしてあげよっか?」

「ありがたいけど、遠慮しておく。こういうのは、自分で全部選びたいし」

 そっか、と由香里はあっさり引き下がる。そうは言ってみたけど、確かに、何を渡せばいいのか、考えあぐねてるところだった。緋山さんって、何を貰ったら嬉しいんだろう。PCをよく使ってるから、それ関係かな。でも、私は全然詳しくないし、緋山さんなりの拘りとかありそう。

「それにしても、ハッカー集団って、映画の中ばかりかと思ってたけど、現実にいるんだね~。なんか、眼鏡かけたガリガリの根暗オタクみたいのばかり想像してたよ。特に燻木さんって人は、イメージと違うよね」と、紅茶を飲みつつ、由香里が話す。

「それは、会った時に私も思った。いかにもエリートって感じのスーツ姿で、営業スマイルで名刺差し出してくるんだもん」

「その、水無瀬君…だっけ? 本当に中学生だったの? そんな若さでハッカーなんて、漫画の世界だけじゃないんだ」と、結衣。

「後で緋山さんに聞いたんだけど、本当に中学生だったよ。結構、ハッカーには若い人も多いんだって。アメリカでは、FBIを散々翻弄したハッカーが、捕まえてみれば10代の少年だったなんてケースもあったらしいよ」

 燻木さんの言葉を思い出す。悪さをするハッカーは、クラッカーと言うらしいけど、使い分けても目の前の2人にはしっくりこないだろうから、敢えてハッカーで統一する。

「でもさぁ、やっぱり謎だよね~。緋山さん、最初は好奇心だって言ってらしいけど、だからって普通、ここまでするかな。あ、藍ちゃんを助けた件のことね。手間とリスクが割に合わないと思うんだけど。しかも、家に住まわせるアフターフォローっぷり」

「あ、それ、私も思った。こんな犯罪まがいの真似、しかも政治家相手にねぇ」

 2人の言い分には、私も同感だったけど、少し思う所がある。

「でも、なんだか、緋山さんも燻木さんも水無瀬君も、楽しそうだったよ。イタズラを画策する子供って感じで。きっと、損得とかじゃなくて、そういうのが好きな人種なんだよ」だけど、と続ける。「緋山さんについては、それだけじゃない…と思う」

「おぉ、その心は?」

 と結衣が食いつく。由香里も興味津々といった目で、こちらを見る。

「多分、私が、亡くなった緋山さんの妹に似てたからだと思う」

 私は立ち上がって、机の引き出し、つまり妹さんの机から、一枚の写真を取り出す。そこには、緋山さんと、その傍らに、車椅子に座る妹さんの姿が写っていた。

「え、これが緋山さんの妹さん? 藍とそっくりじゃん!」

「髪は妹さんの方が少し長いけど、藍ちゃんと瓜二つだね~」

 2人に写真を手渡して、私はベッドに腰かける。

「でも、どうして妹さんは車椅子なの? 何かの病気?」と、結衣。

「うん、特別な病気だったんだって。どんどん体の自由がきかなくなって、最後は機材無しじゃ呼吸もままならなくなるって。現代の医学じゃ、進行を遅らせるしか出来なかったらしいの」

「そっか…」「………」

 2人とも、可哀想だなんて軽はずみに口にしないところが、流石だと思う。頼まれてもいない同情なんて、失礼だ。

 私と緋山さんが出会い、一緒に住むことになった経緯を話す、という今夜の主題を終えた私達は、お茶とお菓子をつまみつつ、他愛無い話を交わして、夜を過ごした。

「ねぇねぇ、もう一回、あの窓? って言うか壁? から景色が見たい!」

 今日ここに来た時、窓からの眺めにあれだけ夢中になったのに、結衣はまだ足りていないみたいだった。

「あ、私も私も! 来た時は夕日が綺麗だったけど、今はきっと、夜景が綺麗だよね」

 2人を連れて、窓の前に立つ。壁一面のガラス張りから見えるこの景色は、ここに越してきて、一番のお気に入りスポットだった。

「「うわぁ~、綺麗!」」2人の声が重なる。

「お風呂場も見たい! 見ていい?」と、結衣。

 よっぽどこのマンションが気に入ったみたいだけど、その気持ちはよくわかるので、快く案内する。なんだか、居候の身なのに、我が家のように案内するのは気が引けるけれども。

「うわぁ~! 広い! しかも、こっからも夜景が見える! え、でもこれって、外からも見えるってこと?」

「ほとんどの建物がこの階より低いから、覗くのは無理だよ。どうしても気になるなら、シャッターは締められるけど」

「凄い、浴槽が丸くて大きい! 床が石で出来たバスルームなんて、自宅にあるの初めて見たよ」と、由香里のはしゃいだ声。

「ねぇ、せっかくだからあとで3人で入ろうよ!」と続く。

 一瞬だけ、私は結衣の方を見た。結衣も、私の方を見ている。心なしか、弱った表情だ。そんな結衣に、私は笑顔で返す。

「うん、いいよ。入ろっか」

 結衣は少し驚いた顔を見せた後、笑顔を返してくれた。この夜は、とても楽しかった。こうして、人を家に呼んで語り明かすなんて、初めての経験だったから。あんまり、人と騒いだり、人の多いところに行くのが好きじゃなかったけれど、たまにならこういうのも悪くないと思える、そんな夜だった。

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