第25話

「以来、この緋山さんの家に居候させてもらってます」

 語りに夢中になっていたせいか、口の中が渇いていることに、ようやく気付いた。手元のコップに残っている緑茶を一口飲む。

 目の前の結衣と由香里は、唖然とした顔で固まっていた。2人はすっかりと聞き入っていたらしく、床に広げたポテチやポッキーは、全然減っていない。

「いや~…どこから感想を述べていいかのか…」

「藍ちゃん、思った以上に、非日常的な体験してたんだね~」

 結衣と由香里は顔を向け合って、第一声を漏らした。2人は思い出したように、お皿の上に広げられたお菓子に手を出し始める。

「藍の私物とかはどうしたの? 実家に置きっぱなし?」

「その辺は、後日、父のいない時にこっそり家に戻って回収したんだ。大き目のキャリーバッグに詰めて、入らなかった分は、段ボール詰めにして、ここの住所に送ったの。緋山さんも手伝ってくれたんだ。1Fロビーのコンシェルジュの人達って、荷物の受け取りも代行してくれるんだね、便利だったよ」

「そうそう、この家に来た時、びっくりしたもん。噂には聞いたことあったけど、コンシェルジュが待機してる高級マンションって本当にあるんだね。1フロアが丸まる緋山さんの家ってのにもびっくり。私なんかが足を踏み入れていいのか、最初、躊躇したよ」

 ケラケラと笑いながら、結衣はポッキーを齧る。結衣が着ている寝間着は上下スウェットだけど、さっきまでは、『こんな凄い所なら、もっとしっかりした格好を持って来ればよかったよ』とボヤいていた。

 このマンションに似合う部屋着って、一体どんなものだろうと思う。私のだって、上はスウェット生地のパーカーだし、下はジャージだった。やっぱり部屋着は、見栄えよりも着心地が優先される。一方で、由香里のファンシーな花柄パジャマは、部屋着までも男ウケを狙ってるようで、流石だと思う。もしかしたら、ここには緋山さんも住んでいるからと気合を入れてきたのかもしれない。生憎、今夜は緋山さんは留守だけれども。

「居候ってことは、食費とか色々、緋山さんに出してもらってるの?」と由香里。

「そうだよ。だけど、一方的に面倒見てもらうわけにはいかないから、家事とか料理とか、家の雑事を全部私が担当することにしてるの。お給料も貰ってるから、それがバイト代わりって感じかな」

「ふ~ん…でも緋山さん、これだけお金持ってるなら、女子高生の1人や2人の面倒見るなんて、余裕じゃないのかな」と、由香里。

「うん…まぁ…そうなんだけどね。緋山さんも最初は、何もしなくていいって言ってくれたけど、嫌だよ。そんなヒモみたいな生活」

「確かにね、藍の言う通り」

 結衣が頷いてくれる。

「え~。私だったら、理想の生活だけどなぁ。家事も料理も、ついでに仕事も勉強もしないで自由に生活出来るとしたら、それが最高だよぉ、やっぱ」

「それが、人のお世話になってても?」

 と、由香里に突っ込んでみる。

「うん、なってても。本人がお世話してくれるって言うなら、断る理由が無いよね。私、貰えるものは病気と借金以外は貰うタイプだもん」

「でもさぁ、自由な生活って、グダグダのダラダラになりそうだよね」と結衣が突っ込む。

「それが嫌なら、ビシっとした生活に勝手に切り替えればいいじゃん。習い事でも趣味でも、仕事でも始めてさ。大は小を兼ねるってやつだよ。自由はいつでも不自由にも変換可能なのです!」

 まぁ、それもその通りだった。自由と言うことは、常に選択権があるということだ。忙しくしないのも、忙しくするのも選べる。結衣には何か言いたいことがありそうだったけど、言葉が出ないのか、眉を八の字にしているだけだった。

「それにしても、藍ちゃんはもう、すっかりお嫁さん枠なんだね」

「違います。せいぜい、家政婦枠です」

「でもさぁ、実際、どうなの? 男女2人で過ごすんだから、ちょっとやそっとは、浮いた話でも出てこないの?」

 ニヤニヤした表情で、結衣が詰め寄ってくる。

「ご期待に沿えなくて申し訳ないけど、ありません」

「え~? うっそだぁ、何かあるでしょ。2人とも、普段はどんな生活してるの?」

 今度は由香里の不満顔。

「別に…普通だよ。朝起きて、朝ご飯を作って登校。緋山さんが起きてたら、一緒に食べるけど。あの人、すごく不規則な生活だから、いつ起きてて寝てるのかわからないの。帰ったら、晩ご飯の用意をして、起きてたら一緒に食べる」

「食事中って、どんな話するの?」と、結衣。

「うーん…あんまり話さないかな。気まずくて、よく、TVをつけてるよ。後は、学校の出来事とか話してみるけど、あんまり興味ないみたい」

 恵美のアカウントの件は、今までにない食いつきだった。ああいった、不可解な出来事にこそ、興味を引かれるみたいだ。不謹慎かもしれないけれど、緋山さんが食いつきそうな話題が出来たことは、当時の私にとっては喜ばしかった。

「緋山さんって、普段、なにしてるの?」と、由香里。

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