第17話
こうして、私の非常識な訪問を終え、正午を過ぎるのを待たず、私は自宅に戻った。緋山さんの姿は無い。玄関に靴はあったから、きっと、自室で寝てるか作業中だ。ソファに腰を下ろして、なんとなくTVをつける。芸人が下町のB級グルメを食べてまわる番組を、何も考えずに眺めていた。
「どうだった?」
ふいに聞こえた緋山さんの声にびっくりして振り返る。
「もう、後ろからいきなり声かけないでくださいよ」
「今、後ろにいるよって、メールで事前に言うのも、なかなか怖いよね」
緋山さんが冗談を言うなんて珍しい。なんだか、気分が良いみたいだった。TV番組はいつの間にかCMに入っていた。クリスマスが近いせいか、ケーキやイルミネーションのCMをよくみかける。緋山さんは私の隣に腰を下ろして、一緒にCMを眺める。
「恵美のアカウントは、なくなりました。もう、更新されることはありません」
「もしかして、本当に結衣さんが犯人だったの?」
座高差のせいで、緋山さんが私を見下ろす。顔は無表情で、声のトーンも平坦だから、その胸中はいまいち読み取れない。
「はい。え、だって、緋山さんがそう言って…」
「仮説だって言ったはずだよ。そこそこ面白い考えかなと思ったから、披露してみただけ。確かめに行くなんて物好きだなと思ったよ。まぁ…僕も人の事は言えないけれど。いや、まさか、本当に当たってるとは思わなかった」
緋山さんの口角が、少し上がった気がした。笑ってるみたいだ。こっちとしては、そんな仮説を聞いて、心底感心していただけに、なんだか恥ずかしかった。
「だって、そうとしか考えられなかったじゃないですか」
「そんなことは無い。物理的にはいくらでも実現可能なんだから、仮説なんていくつも立てられる。結衣さんや由香里さんが口にした仮説だって、考えづらいと言うだけで、現状を実現するには十分だった」
空いた口が塞がらなかった。唖然とする私を後目に、緋山さんは独り言のように呟く。
「それにしても、世の中には色んな人がいるものだね」
ふと、思い立っただけだった。何の根拠も無いその言葉を、世間話や冗談の延長で、何気なく口にしてみた。
「もしかして、緋山さん自身にも、思い当たる節があったりしたんですか? だから、結衣の行動と心理を追うことが出来たりして…」
緋山さんが私の方を向く。その目は少し、いつもより見開いていた気がした。明らかに、驚いているようだった。
見つめ合ったまま、少しの沈黙が流れる。え、何かまずいこと言ったかな。TVから聞こえるコメンテーターのB級グルメへの感想だけが、リビングに流れた。
「………そうかもしれないね」
感情を垣間見れたのは一瞬で、緋山さんはいつもの無表情に戻っていた。私はなんとなく、それ以上の追求が出来なかった。沈黙が少し気まずいので、他の話題を頭の中から探し出す。
「そうだ。結衣と由香里で思い出したんですけど、今度、2人をここに泊めてもいいですか?」
「もちろん。この前も、いいって言ったはずだよ」
さっきまでの会話など無かったかのように、話が切り替わる。いいなんて言ってたっけ。あぁ、恵美の家に向かう途中の時だったかな。あんなさりげない会話でも覚えてたんだ。
なにはともあれ、これで気兼ねなく2人を呼べる。そう言えば、友達を家に招待すること自体、初めてだった。しかも、お泊り会だ。お菓子とか飲み物も用意しておかなくちゃ。不本意なきっかけだったけども、ちょっとだけ楽しみにしている自分がいた。
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