第14話

「まず、事実の整理からだ。

・恵美さんは一か月前に死んでいる。

・恵美さんの死後、三日が経ってから、恵美さんの投稿は再開した。

・投稿には、教室や授業の様子まで寄せられている。

・投稿には、恵美さんの部屋の様子も写っている。

・部屋の写真は、過去の使い回しではない。

・家族曰く、恵美さんの死後、彼女の部屋に上がった人はいない。

・恵美さんの投稿は、生前も死後も、同じ携帯から発信されている。

・恵美さんの携帯は、壊れて使える状態に無い」

 緋山さんが、指折り数えていく。こうして見ると、意外と情報量が多い。

「そして、恵美さんは、ごく一般的なアパートに住んでいた」

「それって、わざわざ挙げることですか?」

「うん、凄く重要。以上の事実から生まれる謎は、3点。

 1つ目、どうやって恵美さんのアカウントから投稿しているのか?

 2つ目、どうやって恵美さんのスマホから投稿しているのか?

 3つ目、どうやって恵美さんの部屋の写真を投稿したのか?」

 改めて聞いても、情報量は、私の持っているものと同じだった。私には、まだ今回の件を説明できる仮説を立てられていない。緋山さんの言葉を聞く事に徹している頭は、すっかりと止まっているなと自覚した。

「先に、簡単な方から行こうか。僕は、使われている携帯が生前と死後で同じだとわかった時、1つ目と2つ目の謎については、目星がついた。素直に考えればいい。恵美さんのスマホは壊れて使い物にならない。しかし、壊れた後も、投稿を繰り返しているスマホは同じ。と言うことは、壊れたスマホと投稿しているスマホは、最初から別物だったと考えられる」

 最初から別物? 緋山さんの仮説を頭の中で咀嚼する。それは、つまり、恵美がスマホの2台持ちだったということなのかな。

「この場合、恵美さんは携帯を2台持っていた可能性もあるけど、どうやって犯人はそれを入手したのか、という疑問が残る。仮に入手しても、携帯にはロックがかかっているだろうから、解除は素人には難しい。だから、この線は考え辛い」

 私の頭の中を先読みするように、緋山さんが言葉を続ける。やはり、すっかりと後手にまわってしまっている感が否めない。

「そこで、視点を根本に向けてみる。そもそも、恵美さんのアカウント自体が、最初から他人が作成したものだったとしたら? アカウントの作成も、以後の投稿も、ずっとその他人が行っていたとしたらどうだろう。アカウントを乗っ取る必要なんて無い。最初から、自分で作成したものだったんだから。恵美さんの携帯が壊れようと関係ない。引き続き、自分のスマホで投稿を行えるんだから」

 頭が追い付かなくなる。それは完全な想定外だった。

「ちょ、ちょっと待ってください。確かにそれなら説明がつくかもしれませんが、有り得ません。だって、恵美本人が、そんな成りすましに気づかないはずないじゃないですか」

「恵美さん公認のアカウントだったと考えればいい。別に珍しいことじゃない。芸能人だって、投稿をゴーストライターに任せたアカウントやブログが、当たり前に存在するじゃないか」

「ですが、恵美は一般人です。どうしてそんなことをする必要があったんですか?」

「恵美さんは、転校生だと言っていたね。これは、仮説ですらない想像だけど、そのアカウントを作った人なりのプロデュースだったんじゃないのかな。転校してきたばかりで居場所の無いその子のために、まずは仮想現実の方から、居場所を作ってあげた」

 そんな回りくどいことを、わざわざ? だけど、確かに、内気な恵美がクラスに溶け込み始めたのは、SNSがきっかけだった。恵美のアカウントが美味しそうなスイーツやお洒落なお店を投稿するうちに、それがきっかけでクラスメートとの交流が増えて行って、実際のクラスの中でも会話が増えたんだ。

「恵美のアカウントの謎は…まぁ、わかりました。ですが、もう一つの謎があります。その他人は、どうやって恵美の死後、家族に気付かれず、恵美の部屋の画像を撮って投稿したのでしょうか?」

「与えられた情報から答えを見つけられない場合は、前提を疑ってみるといい。そこには、思い込みが混ざっていないかな?」

「思い込み…ですか。でも、与えられた事実を、事実のまま受け入れているだけです。一体どこに、前提を間違える余地があるんですか?」

「本当にそうかな。例えば、恵美さんの部屋の画像が投稿されたと言っていたけど、あれが恵美さんの部屋だと、どうして言い切れる?」

 ここで言葉に詰まる。確かに、私はこの目で恵美の部屋を見たことが無いから、確かなことは言えない。

「と言うことは、あれが恵美の部屋だと言っているクラスメート達の、狂言だということでしょうか?」

「いや、その線も面白いけど、リスクが大き過ぎる。お焼香を上げに来たとかで、誰にでも、気軽に確かめることが出来てしまうからね。それに、こんな不謹慎なイタズラに、何人も協力するとは考え辛い。協力を頼んで、断られてもアウトだ。それだけで足がつく」

「じゃあ、あの部屋はなんなんですか」

「模倣したんだよ。家具やヌイグルミやカーテンなんて、揃えようと思えば出来ないことはない。恵美さんをプロデュースするためのアカウントを作るほどの仲なら、部屋にも頻繁に上がったことがあるだろう。揃えるべきものは把握済みだ。カメラワーク次第で、映す対象も選べるしね。だけど、どうしても模倣できないものがある」

 そこで、やっと緋山さんの見えているものに追いついた気がした。背筋に寒気が走る。

「部屋の間取り……。だけど、それすらも模倣が可能な人がいる」

 緋山さんの目を見つめると、彼はゆっくりと頷いてくれた。

「そう、同じアパートの住人だ。普通、ああいう建物は、どの部屋も間取りが同じだからね。部屋番号が偶数か奇数かで、間取りが左右対称だったりする場合もあるけど」

 だから緋山さんは、恵美の家を、その目で確認しに行ったんだ。あの時、『偶数か』と呟いたのは、部屋の偶奇を確認していたんだ。私は実際に言葉にすることで、自分の思考を確かめる。

「つまり、恵美と同じアパートに住んでいるクラスメートが、今回の件を実現可能…」

 緋山さんが、クラスメートの名前を知りたいと言ったのは、アパートのポストから、クラスメートを探すためだったんだ。確かに、それなら苗字だけで十分だ。

「もし条件を満たす住人が複数居たら、それはその時考えようと思ったけど、その必要は無かったね。一緒にポストを眺めていた藍なら、もう、誰なのかわかったんじゃないのかな」

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