第13話
窓から指す光の眩しさに、目が覚める。え、うそ、もう朝? まずい、学校に行かなきゃ…と寝ぼけた頭で考えたところで気づいた。今日は土曜日で、休みだ。見ると、私は制服を着たままだった。そうだ、昨夜は布団を被ったまま眠ってしまったんだ。すっかりと皺だらけになった制服は、クリーニングに出さないといけない。確か、エントランスのコンシェルジュさんに頼めば、クリーニングに出してくれるとの事だった。本当に、いたれり尽くせりだ。
代えの下着と部屋着を持って、浴室に向かう。ノズルを捻ると、熱いシャワーが私の頭に降り注いだ。中途半端な寝方をしたせいで、おぼろげだった意識が一気に覚醒する。
昨日はお風呂に入り損ねたから、しっかりと頭も体も洗う。そろそろシャンプーが尽きそうだ。こういった日用品の買い足しも、私の仕事だ。おかげで、私のお気に入りのシャンプーやトリートメントを選ぶことが出来る。緋山さんはトリートメントを使わないから、減り方がシャンプーと比べて偏ってしまうのがちょっとした悩みだった。
お風呂を出て、ふかふかのバスタオルで体を拭く。清々しい気分だった。こんな気分で一日を始められるなら、朝風呂も悪くないなと思えた。良い気分でいると、不意に、脱衣所の扉が開く音がした。まさかと思い、頭を拭くバスタオルの隙間から、おそるおそる扉の方を覗く。そこには、緋山さんが立っていた。
「え!? なっ! ちょっ……と!!」
急いでバスタオルで体を隠す。どうしよう、完全に見られた。緋山さんはぼーっとした表情で、変わらず立っている。どうやら寝起きらしい。
「は、早く出ていってくださいよっ!」
私の声で、ようやく我に返ったみたいだ。思い出したように、緋山さんは「ごめん」とだけ呟いて、扉を閉めた。もしかしたら寝起きのおかげで、裸はよく見えてなかったかもしれない。そうだ、そうに違いない。そう言い聞かせないと、私はドアの外に出られそうになかった。せっかくシャワーで流したのに、驚きと羞恥で、また少し汗ばんでしまった。
そうだ、冷静に考えれば、ドアに鍵をかけ忘れてた私が悪い。よく、漫画なんかでこういうハプニングシーンがあるけど、大抵は、女の子が怒ったり叩いたり物を投げたりするのがお約束だった。ノックをしない男子も悪いけど、鍵をかけない女子側にも問題がある。でも、実際に自分がその体験をすることで、我を忘れて感情的になってしまう女の子たちの気持ちが、少しだけわかった気がした。
おそるおそるリビングに戻ると、緋山さんがテーブルでコーヒーを飲んでいた。当然のように、目の前にはノートPCがある。緋山さんが新聞を読んでいる所は見たことが無い。必要な情報は、全てPCで事足りる、ということらしい。気まずさを必死に抑えて、緋山さんに歩み寄る。
「あの…さっきはすみませんでした。鍵もかけず、お見苦しいものをお見せして…」
「いや、気にしないでいいよ。見苦しいものを見せられたとは思ってないから」
そういう返しをされるとは思わなかった。やっぱり見てたんじゃないか。再び体温が上がるのがわかる。もしかしたら、緋山さんは気を使って言ってくれたつもりなのかもしれないけれど、これは立派なセクハラだと思う。
朝食の準備をすると言って、私はその場からキッチンに逃げた。コーヒーは既に淹れてたみたいだから、後はトーストにサラダに目玉焼き。ミルクとハチミツも用意して、私のカフェオレも作る。いつものルーティンに没頭することで、なんとか気を紛らわした。
お皿を次々とテーブルの上に並べると、緋山さんはノートPCの画面を見つめたまま、ありがとうと言ってくれる。画面を見ると、どうやらニュースの記事を読んでいるみたいだった。海外の、技術系の記事らしい。
「いただきます」と言って、マーガリンを塗ったトーストを齧る。沈黙が気まずい。緋山さんは、食事中はPCを弄るような行儀の悪いことはしないけど、今日だけは弄っていて欲しかった。きっと、気まずさなんて感じてるのは、私だけなんだろうけど。
「あの…今日は、久々に良い天気ですね」
沈黙に耐えられず絞り出したのは、苦し紛れの話題だった。
「午後からは雨らしいよ」
「あ、そうなんですね」
そこで、また沈黙が始まる。このマンションに住んでからは、天気と洗濯物は全く関係が無くなった。なぜなら、干すためのベランダが無いからだ。代わりに、サンルームがある。ガラス張りの見晴らしの良い一室で、太陽光を取り込むには申し分ない。窓はある程度の開閉が可能で、風を取り込むことも出来る。更に、空調を乾燥モードに設定することも可能だった。天気に関係なく洗濯物を干せるのは、本当に便利だ。ベランダが無い理由は、高層マンションなだけに、何かを落としたら、最悪の場合人命に関わることと、干し物をするのはマンションの景観を損ねることが理由らしい。
「何か、仮説は思いついた?」
なんのことかと、少しだけ思案する。
「あ、恵美のアカウントの件ですか?」
「そう」
「いえ…お手上げです。もう、本当に亡霊の仕業なんじゃないかと思い始めてきました」
「いや、あれは人の仕業の範疇だよ」
「でも、緋山さんもわからないって言ってたじゃないですか」
「まだ、確証を得ていないからね。それは、わかったとは言えない。だけど、仮説ならある」
「え、本当ですか!?」
思わず、ちょっと身を乗り出したせいで、机の上のコーヒーカップが揺れる。
「ぜひ、教えてください」
だけど、緋山さんはトーストに目を落とすばかりで、なかなか口を開かない。なんだろう、迷っているように見える。何を躊躇う必要があるんだろう。カフェオレの表面が静まるころ、ようやくその口を開いてくれた。
「まぁ…参考程度に聞いてね」
そう言って、彼はコーヒーに口をつけた。
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