第10話

 不安は的中した。結衣と由香里に納得してもらえたことで、少し自惚れていたんだと、この時自覚した。得意気になっていた心の内を見透かされたようで恥ずかしい。

「言っておくけど、藍の推理は悪くなかった。現状を実現可能であり、現実味のあるストーリーだった。ただ、君の知り得ない情報が隠れていただけだ」

 緋山さんが珍しくフォローを入れてくれる。だけど、その嬉しさ以上に、私の知らない情報とやらが気になった。そんな私の思いを汲み取ったのか、緋山さんは続けた。

「それは、恵美さんの投稿は、生前も死後も、同じスマホから発信されているということだ。藍は、この件はアカウントの引き継ぎだと言ったね。と言うことは、死後の投稿は、引き継いだ者のスマホから行われことになるけど、その痕跡が無かったんだ」

 投稿している携帯が、生前と死後で同じ? どうしてそんなことがわかるのかなんて疑問より先に、否定の言葉が浮かび上がった。

「そんなの…有り得ません。だって、恵美が交通事故で亡くなった時、恵美のスマホもぐしゃぐしゃに壊れているんです。一体、どうやって同じスマホから投稿してるなんてわかったんですか?」

「言うまでもなく、ネット上には秒単位で、莫大な情報が常に飛び交っている。じゃあ、機械と機械は、どうやってこの電子の海の中で正確に情報を届け合っているのか? IPアドレスがその中核ではあるけれど、それ一つあれば通信は成り立つ…という訳でもない。通信経路の確立は、実際にはもっと遥かに複雑だ。ネットワークを飛び交うパケットを解析すれば、もっと細かなメタ情報を拾える。そのためのトラフィック解析ツールもあるし、技術もある。経由されたサーバにはログが残るし、キャッシュまで漁れば更にその期待値は高まる。

 僕は、そうやって、恵美さんの投稿を生前から死後に至るまで解析してみたんだ。おかげで、メタ情報の中から、パケットの送信元と送信先の端末を示すIDを取得出来た。取得したIDは、端末のハードウェアに割り振られたMACアドレスに依存して採番されるから、端末毎に与えられるこの世に一つのIDだ。例え同じスマホ機種でも、端末が異なればIDも異なる。それによると、恵美さんの投稿で発生したトラフィックからは、生前と死後で同じIDが検出されたんだ」

 相変わらず、専門的な用語を平気で混ぜるから、いまいち頭に入り辛いけど、必死に咀嚼した。つまり、こういうことだった。

 死んだはずの人間が、壊れたはずの携帯で、今もなお、投稿を続けていると。

 なんとか現実的に説明できる糸口を探した。この鳥肌を抑えるために。

「………壊れた恵美の携帯が、使えるように修理された可能性は無いでしょうか?」

「恵美さんの死後、投稿が再開されたのは、三日後って言ってたね。壊れ具合にもよるけど、通常、たったの三日で修理されて戻ってくるとは考え辛い。しかも、それを家族以外が譲り受けるとなると、更にハードルは上がる。そもそも、犯人はIDの存在まで気が回ったとは思えないから、そうまでして壊れた恵美さんの携帯から投稿する理由が無い」

 あぁ、そうか。自分の頭が十分に働いていないのがわかる。他にも、なんとか現状を説明できる道筋は無いか、必死に考えているうちに、私達はもう、恵美の家の前まで着いていた。

 築何年だろう。随分と年季の入った、コンクリート造りのアパート。所々に、ひび割れのようなものも見える。今の私の心境と相まってか、この家が、不気味なものに見えて仕方が無かった。

 確か由香里は、恵美の家は4階だと言っていた。確かに、凹凸の無いこのアパートを、4階まで登って窓から侵入するのは現実的ではなさそうだった。

 私が家の外観から侵入経路を模索していると、緋山さんはスタスタと中に入っていった。ここに取り残されるのは嫌なので、私も急いでその後を追いかける。上に続く階段の手前には、住人のポストが並んでいる。緋山さんは、それをじっと眺めていた。

「頼んでいたやつ、教えてくれないかな」

 一瞬、なんのことだかわからなかった。少しの間の後、私は携帯を鞄から取り出して、座席表の写真を緋山さんに見せる。緋山さんは暫く、無言でそれを見つめていた。

「恵美さんの苗字は、なんて言うの?」

「笹垣(ささがき)です。笹垣 恵美です」

「偶数だね」

 今度は本当になんのことかわからなかった。もしかして、画数? いや、流石に今はそんなことどうでもいいはず。

「部屋の番号」

 壁に並んだポストの名前に目をやる。新城、遠藤、島原、池野、田口、佐々木、西園、飯塚、矢口、山田、大木、寺山……あった、笹垣。確かに偶数だった。402号室。だけど、それがなんだと言うんだろう。

 考えていると、緋山さんはスタスタとアパートの外に出ていたので、慌てて追いかける。

「ちょっと、どこに行くんですか?」

「帰る。用事は済んだから」

「用事って、一体なんだったんですか?」

「言っただろう。どんな家に住んでいるのかを、直接見たかったんだ。後、住人も」

 家はまだしも、住人に至っては、家族にすら会ってないのに、一体なにを確かめたかったんだろう。きっと、緋山さんなりの当てがあったからここまで来たはずなんだ。

「それで、何かわかりましたか?」

 緋山さんは立ち止まり、振り向いてこう答えた。

「わからないよ」

 なんだ、少し期待したのに。鞄の中が振動したので、携帯を取り出して通知を見る。恵美のアカウントからの、投稿通知だった。よせばいいのに、怖い物見たさなのか、私はその投稿を開く。

『綺麗な夕日♪』

 投稿に添付された画像は、鉛色の空を、不気味に赤黒く染める夕焼けだった。

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