第7話
「いいなぁ~藍ちゃん。同棲なんて、羨ましいよ」
あらぬ妄想がどんどん構築されてしまいそうだから、焼け石に水かもしれないけれど、一応、注釈を挟んでおく。
「あのね、言っておくけど、彼氏とかじゃないから」
「いやいやいや、年頃の男女2人が一緒に住んでおいて何言ってるの。しかも、緋山さんからは名前呼び捨てだし」
「それが、色々あるんだよ。長くなるから、また今度ね」
「わかったよ。じゃあ今度、藍の家でお泊り会ね」
思わず結衣の方に目を向ける。
「あ、それいいね~」
続いて、由香里に。
「え、ちょっと待ってよ」
「緋山さん! いいですか?」
「いいよ」
どうして即答するかな。居候の身とは言え、一緒に住んでるんだから、せめて意見くらいは聞いて欲しい。
「緋山さんって、お仕事はどんなことをされてるんですか?」
由香里の質問に、緋山さんは抑揚の無い声で答える。
「職には就いてないよ。強いて言えばプログラマかな。時々、プログラムを遊びで書いて、飽きたら売ってる」
「フリーランスってやつですか? カッコイイです!」
由香里からそんな単語が出てくるのが意外だった。きっと、今までの彼氏の中に、フリーランスがいたのかもしれない。いや、それならこんな間違いはしないか。緋山さんのスタイルは明らかにフリーランスじゃないから。細かいことを突っ込むだけ無粋なので、黙っていることにした。
「僕からも、質問いいかな」
「もちろんですよ!」
「いいですよ~。ちなみに、私は彼氏募集中です」
由香里の笑えない冗談を聞き流して、緋山さんは続ける。
「例の、亡くなった子のアカウントだけど、2人はどう思ってる?」
最初に結衣が答える。
「あれ、よくご存じですね。あぁ、藍から聞いたんですね。私は幽霊とか全く信じてないんで、誰かのタチの悪い悪戯だと思ってますよ」
続いて、由香里。
「そう思えるなんて、結衣ちゃんはいいな~。私は結構、そういうの信じるタイプだから、もう怖くって怖くって」
緋山さんは2人に目線を落とし、質問を続ける。普段は猫背気味だからわかり辛いけど、こうして見ると、緋山さんは意外と背が高い。
「さっき、結衣さんは悪戯って言ってたけど、方法については何か当てがあったりするの?」
「いやぁ、言っておいてなんですけど、全然見当つかないです。アカウントの乗っ取りだけなら、パスワードが何かの拍子に漏れちゃったで説明つきますけど、恵美の部屋の画像投稿だけはお手上げです」
「でしょ~? だから、あんなの幽霊にしか出来ないよ」と由香里。
「幽霊までSNSを使うなんて、時代を感じるね」私はつい浮かんだ言葉を口にした。死人と繋がれるSNSなんて、革命どころの騒ぎじゃない。
「だけどさ、別に難攻不落の要塞ってわけじゃないんだから、恵美の部屋に入るのは不可能じゃないよね」結衣は少し考えてから続けた。「例えば、窓から侵入したとか」
「でも、恵美ちゃんの家ってアパートの4階だよ? 壁をよじ登っていくのは、ちょっと非現実的じゃないかなぁ。朝番組やってる時間帯なんて、明るいし人目もあるし」
恵美の家って、4階だったんだ。恵美の家に着く前に、目的は達成されてしまったのかもしれない。だけど、せっかくここまで来たんだし、行ってみればまた、違った発見があるかもしれないので、引き返すことも無い。
「ところでさ」と声をかけると、結衣と由香里が私の方に目を向ける。緋山さんは前を向いたままだ。「そもそもだけど、家族は誰も恵美の部屋にあげてないって、誰が確かめに行ったのかな? そのクラスメートが犯人だった場合、嘘の報告をクラスにしただけかもしれないよね」
「あれ、言ってなかったっけ? それ、私と由香里」
結衣がきょとんとした顔で答える。初耳だった。
「あぁ、そっか。確かその日、藍ちゃんは風邪で休みだったよね。それで、私と結衣ちゃんで確かめに行ったんだ。まぁ、だからって、私達が虚偽の報告をしてないことにはならないけどね~」
道理で、いつの間にかクラス中で周知の事実になっていると思った。由香里のフェアな意見に、一応、反論しておく。
「自分で言っておいてなんだけど、やっぱり、その線は薄いと思うな。だって、その方法だと、他の誰かが再度確かめに行ったり、ご家族の耳にこの噂が入ったら、すぐにバレちゃうもんね。そんな大穴の開いた悪戯、考え辛いよ」
もしかして、緋山さんが恵美の家を訪れる理由には、それも含まれているのかな。恵美の部屋に誰もあげていない話が、本当かどうかを確かめるために。だけど、娘を亡くして間もないご家族に、そう何度もコンタクトをとるのは気が引けた。由香里が突然、人差し指を立てる。
「あ、じゃあ、こういうのはどうかな? 家族とクラスメートがグルだった説。恵美ちゃんの部屋は家族が撮って、クラスの様子は共謀者のクラスメートが投稿する。つまり、恵美ちゃんのアカウントは、家族と共謀クラスメートの共有アカウントと化したんだよ。パスワードさえ教えれば、誰の端末からでも同じアカウントでログインできちゃうわけだしね」
由香里の説を咀嚼してみる。確かに、それなら現状を実現可能だけど、現実味があるかと言われたら、やや難がある。
「うーん…けどさぁ、どうしたらそんな協力体制が築けるのかな。こんな悪戯を考えてるんですが、協力してくれませんかって家族に申し出たり? そんな故人を弄ぶような真似、家族だったらふざけるなって怒るよね」
私が思っていたことを、結衣が指摘してくれた。
「じゃあ、家族の方から言い出したとしたら?」由香里が返す。
「由香里だったら、そんな申し出を遺族から受けたらどう思う?」
「正直、引いちゃう」
「だよね。普通、そうだよ。無い無い」
2人の言う通りだった。実現可能ではあっても、それが成り立つ道理が無い。
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