第6話
結衣と由香里の三人で下駄箱を抜けると、校門に見慣れた格好の人が、猫背で俯いて立っていた。ミリタリーコートに、黒のセーターとジーンズ。いつも同じコーディネートだから一目でわかる。緋山さんだ。どうしてこんなところに? 隣の由香里と結衣に、緋山さんとの関係を面白おかしく問い質されるのは目に見えていたので、彼とは2人の前で接触したくなかった。Uターンして、こっそり裏門から逃げてしまおうかと考えていたら、緋山さんが私を見つけた。こちらに向かって歩いて来る。流石に、明らかな部外者が校門をくぐっては、警備員も黙っていない。
「2人とも、ちょっとごめんね」
そう言い残して、私は小走りに緋山さんに向かう。鞄の中で教科書が跳ねる。今朝といい、今日はなんだかよく走らされる日だ。原因である同居人の前に辿り着くと、乱れた息を整えつつ、少し恨みがましさを込めて問いただした。
「もう、何の用ですか?」
「よかった、迎えに来てくれて助かったよ。危うく、警備員に捕まるところだった」
やっぱり、わかっててやってたんだ。
「私を待っていたんなら、携帯に一言、連絡くらいくれてもいいじゃないですか。入れ違いになってたかもしれないのに」
「電池、切れちゃってて」
緋山さんは画面が真っ暗になっているスマホをブラブラと宙に掲げる。やっぱりそうだったんだ。外に出ても携帯ばかり弄ってるからそうなるんだ。
「じゃあ、私の最後のメールも見てないかもしれないですね。恵美の家に行くなら、私もご一緒します。それが条件です」
「いいよ。ところで、後ろの2人はお友達?」
振り返ると、そこにはニヤけた顔が2つ並んでいた。
「いやぁ、校門まで迎えに来てもらうのって、ちょっと憧れるシチュエーションだよね」
「も~。藍ちゃんも水臭いなぁ、一言くらい教えてくれてもいいのに」
心の中でため息が漏れる。私は最後の悪あがきを試みた。
「何を考えているのかわかるけど、違います。この人は従兄だよ」
「いや、僕は従兄じゃないよ」
お願いだから空気を読んで欲しかった。いや違う、逆だ。空気を読めているからこそ、敢えて期待を裏切っているに違いない。この人は、そう言う人なんだ。
「おやぁ? どうして嘘ついたのかな?」結衣の顔が更にニヤける。
「そもそも、従兄だからって彼氏じゃないことにはならないしね~。私の前彼は従兄だったし」
由香里の口からさらりと漏れた発言は聞き流して、とりあえず、この場を解消することを考える。
「わかった、わかったから。今度ちゃんと話すから。私達、これから行くところがあるから」
「よければ、2人も途中まで一緒にどうかな? 道中、話したいこともあるんだ」
「「いいですね! 是非!」」
ハモる2人の声に、あからさまな溜息をつく。私にはもう、抵抗する気力も残っていなかった。
*
空は、今にも雪を降らせそうな寒々しい鉛色だ。今朝は急いで出てきたから手袋を忘れて来てしまった。逆効果と知りつつも、かじかむ手を白い吐息で気休め程度に暖めながら、私達4人は住宅街を歩んでいた。
「私、西園(にしぞの) 結衣って言います」
「私は一ノ瀬(いちのせ) 由香里って言います。よろしくお願いします~」
由香里が言うと、何をよろしくするつもりなんだろうと、つい邪推してしまう。吐く息は白く、私は顔をマフラーに埋めて、黙って2人の元気な自己紹介を聞いていた。そんな2人とは対照的に、緋山さんが不愛想な自己紹介を返す。
「緋山 創司(そうじ)です。よろしく」
「失礼ですが、緋山さんっておいくつ何ですか?」
初対面の相手にいきなり年齢を聞くなんて、確かに失礼だと思ったけど、こういう物怖じしないところが、結衣らしいと思った。
「27」
「あ、意外と年上なんですね。もっとお若く見えちゃいました」
この手の社交辞令を嫌う結衣だから、きっと本心だ。確かに、緋山さんは実年齢より若く見えると言えば、そうかもしれない。
「ところで、ずばり! 藍ちゃんとはどんなご関係なんですか?」
「居候と、居候先」
「え、同居されてるんですか!? どちらがどちらに?」
「藍が僕の家に」
「2人暮らしですか?」
「うん」
「おぉー! 藍の両親は、それ認めてるの?」
2人の盛り上がりとは反比例するように私のテンションは落ちていったけれど、話を振られれば無視するのも気が引けたので、溜息を抑え込みつつ答える。
「まぁ…認めてると言えば認めてる…のかな」
私の父からすれば、認める認めないどころの話じゃなかったわけだけど。
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