第5話

 トレーを片づけて教室に戻ると、仲の良いグループで雑談をしたり、携帯を弄っていたり、漫画を読んでいたり、各々の昼休みを満喫していた。お弁当や購買組も、もう昼食を終えたらしい。そんな日常の風景の中に、恵美の姿だけが無い現実が、未だに私の中でしっくり来ていなかった。

 それはきっと、恵美の机の上に花瓶が無いからだ。正確には、『無くなった』だ。ある日、登校すると、机の上にあったはずの花瓶が地面で割れていた。単に誰かが机にぶつかって、落としてしまっただけの可能性もあったけど、2日連続で花瓶が床で粉々になっていたら、偶然だとは誰も思わない。きっと、あの花瓶を叩き割った犯人は耐えられなかったんだ。亡くなった現実を周りの人間に突きつける、あの花瓶に。だとしたら、犯人は恵美と親しい人かもしれない。そんな出来事のせいで、花瓶を添える人はいなくなった。チャイムが鳴って、みんなが席につくと、持ち主を亡くした机だけがポツンと際立っていた。

 もしも、幽霊が本当にいるのなら、恵美はそこに座って一緒に授業を受けているのかもしれない。そんな妄想を抱いてしまうのも、Twitterのアカウントのせいだ。

 不意に、携帯がポケットの中で振動する。もしかして、恵美の投稿通知かもしれない。そう思うと、気になって仕方がなかった。とっくに授業は始まっているけれど、先生に見つからないように、こっそりと携帯を取り出して机の下で内容を確認する。それは緋山さんからのメッセージだった。

『クラスメート全員の名前が知りたい。苗字だけでいい』

 これが漫画やアニメだったら、私の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいたかもしれない。

『どうしてですか?』

 十数秒で返信が来た。まだ大してやり取りをしたことは無いけれど、あの人の返信が1分以上かかった事はほとんど無い。

『その中に犯人がいる可能性が高い。名前くらいは把握しておきたい』

 なんだ、ちゃんと考えてくれてたんだ。今朝はなんだか、からかわれて終わったから不安だったけど、どうやら興味を持ってくれたみたいだ。

『わかりました。いま授業中なので、後でいいですか?』

『いいよ』

 緋山さんのことだから、コンピュータ関連の技術を駆使して、恵美のアカウントを解析したりするのかな。それは、私には出来ないアプローチなので、期待通りの動きとも言える。でも、それにしたって、苗字だけ知りたいのはちょっと引っかかる。せめて、フルネームじゃなくていいのかな。クラスメート全員の名前を打つのは面倒なので、最近席替えした時の座席表があったから、それを撮って送ろう。そんなことを考えていると、再び携帯が振動した。

『あと、恵美さんの家の住所を教えて欲しい』

 クラスメートの住所なんて、普通、把握してないけど、先生に聞けばわかるかもしれない。最悪、知ってる人を探しだして聞けばいい。お焼香をあげたいと言えば、十分な理由にもなる。だけど、名前はともかく、クラスメートの住所を気軽に教えるのは、流石にちょっと気後れした。

『住所を知って、どうするんですか?』

『彼女がどんな家に住んでいたのかを、直接確認したい。あと、住人も』

 そんなものを確認して、どうするんだろう。窓から恵美の部屋への侵入が可能かどうかを見たいのかな。そのあたりの検証は私も興味があるし、何より、緋山さんを一人で行かせるのは若干の抵抗があった。

『わかりました。ただし、私も一緒に行きます。白武駅の東口改札で、16時に待ち合わせでどうでしょうか?』

 送信してから1分、10分。授業が終わった今も返事は無い。携帯の電池が切れたのかな。どんなに簡単な内容でも、必ず了承の返事はくれる人だから、最後のメールを見てくれていない可能性もある。そうなると、一人で駅に向かうわけにもいかない。また日を改めて、ということになる。とりあえず、座席表だけは撮っておこう。あと、職員室に恵美の家の住所も聞きにいかないと。

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