第4話

「藍(あい)ちゃんお待たせ~。席取りありがとうね」

 由香里(ゆかり)の間延びした声が聞こえる。向かいに座った彼女に、私は先に用意しておいたお茶の入ったグラスを差し出した。

「結衣(ゆい)ちゃんはもう少ししたら来るよ。今日もカツ丼の窓口が混んでるみたい」

 目をやると、男子だけで構成された列に、今日も一人混ざる結衣が見える。目を奪われる長くサラサラな髪と、女子にしては高めの身長のおかげで、見つけるのは容易だった。

 いつもカツ丼一筋の結衣に対し、今日の由香里のメニューはミートソースのパスタだった。そのピンク色のカーディガンに染みを作らないかなと心配になる。

「藍ちゃん…そんな素うどんで本当にいいの? 昨日は蕎麦だったよね。華の女子高生が栄養不足になっちゃうよ~。お肌や髪にも影響するんだから」

「いいの。これが一番安いんだから」

「ふ~ん……誰にどんなプレゼントするの?」

「そんなんじゃないよ。新しい携帯のために、お金貯めてるの」

「な~んだ。つまんない」

 危なかった。思わず、どうして知っているのかと聞き返す所だった。唐突なカマかけなんて止めて欲しい。予告をしてからのカマかけなんて、存在しないけれども。

「悪いね2人とも。お待たせ」

 結衣がカツ丼をトレーに乗せて、私の隣に座る。結衣にも用意していたお茶を渡した。サーバーの中のお茶っ葉が切れかけていたせいか、最後の一杯は薄かったので、それを私の分にした。

「あれ、藍ってば今日も質素な昼食だね。もしかしてダイエッター?」と、結衣。

「蕎麦やうどんは糖質が多いから、実はダイエットには不向きだよ」と、由香里。

 そうなんだ、知らなかった。満足感も味気も無い上に、太ってしまうのなら、明日からはメニューを再考する必要があるかもしれない。直前に聞いたプチ情報のおかげで、私は若干の抵抗を覚えつつも、両手を合わせてからうどんに手をつけた。

「結衣ちゃん、足の怪我はもういいの?」

 スプーンの上で、パスタをくるくるとフォークに巻きながら、由香里が話題を振る。

「ううん、まだ。歩くのは普通にできるけど、走るのは無理。地面を蹴れない」

 やっぱりそうだったんだ。昼練に行かずに、今日も私達と食堂に来てるくらいだから、まだ完治してないんだろうとは思ってた。

「体が鈍っちゃうから、走れない分、最近は上半身の筋トレとかに精を出してるんだ」

「あれ、結衣ちゃんって短距離じゃなかったっけ。上半身も鍛えるの?」

「もちろんだよ。走るからって下半身ばかり鍛えると思ったら大間違いだよ。陸上に限らず、体を動かすってのは全身運動なんだから。0.01秒でも良いタイム出すために、使える部位は全部使わないと」

「へぇ~。やっぱり、結衣ちゃんはストイックだねぇ」

 感心する由香里に、私は思わず突っ込みを入れた。

「結衣はもちろんだけど、そう言う由香里も、なかなかだよね。よく家でランニングしてるって言ってなかったっけ」

「私のはトレーニングでもなんでもなくて、単なる体形維持だよ~。甘い物を日々嗜むには、代償が必要なのです」

「やっぱりストイックだ」と、少し笑みがこぼれる。

 あたりを見回すと、今日はなんだか、空いてる席が多い。そう言えば、ダンス部が昼に公演をやるとか言ってたから、そっちに流れたのかもしれない。うちの学校のダンス部は全国大会の常連らしいから、それだけ人気なのも頷ける。そこでふと、思い出した。

「あれ、そう言えば由香里、ダンス部に彼氏がいなかったっけ。今日の公演、見に行かなくていいの?」

「慎吾君? 彼とはもう別れちゃった」

「え、マジで? あんなイケメン、もったいない」と、結衣。

「確かにイケメンだったけど、中身が全然子供だったんだよね~。最初はそれも可愛かったけど」

「じゃあ、今は由香里、フリーなんだ」

「ううん、今は社会人の人と付き合ってるよ。あと、W大の大学生とも」

「はぁ!? 二股!?」結衣が身を乗り出す。

「慎吾君と付き合ってた時からだから、当時は三股だね。でも、浮気じゃないよ~。3人とも公認だもん。一夫多妻ならぬ、一妻多夫みたいな?」

 結衣が露骨に驚いたおかげで、私は逆に冷静になったけど、俄かに信じられなかった。他の人と付き合うことを容認する恋人なんて。

 慎吾君もそれを許容していたなら、子供とは言い難いと思うけれど。いや、結局は許容できなかったからこそ、別れたのかもしれない。

「そもそもさ、どうして付き合うのって、一対一じゃないといけないのかな? 人生長いのに、一人に決めちゃうなんて勿体ないし、リスキーだよ。結婚した後なんて特にそう。夫が亡くなったら家族は路頭に迷うけど、夫が何人もいれば、そんなことも無いでしょ? 逆もまた然りだよ。リスク分散リスク分散」

 そう言われると、確かに、由香里の言い分は理にかなっているとも言える。

「へぇー、世の中には色んな考えの人もいるもんだね。私は、付き合うなら最初で最後の人がいいし、自分に対してもそうであって欲しいけどね」

 それはそれで、ちょっと古風な考え方だなと思ったけど、口には出さないでおいた。

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