第12話 力が欲しい
本来青薔薇の回復薬は、花びらの成分を抽出して作られる。しかし、加工しなくても効果は変わらない。セシリアは、息も絶え絶えなマリアの口に、ダミアンから受け取った花びらを直接入れた。
(乱暴なやり方だけどどうか効いて……お願い神様!)
手を組んで祈りながら待つこと数分、だんだんと流血は治まり、徐々に傷が塞がって行く様を目の当たりにした。青薔薇の奇跡だ。実際にどのように人体に作用するのかを知らなかったセシリアは、目を見張って癒合する傷口をただ見つめていた。
「大分出血してますが、これで一命はとりとめたでしょう。まだ青薔薇が残っているとは思いませんでした、本当に運が良かった」
一緒に介護していた臣下がセシリアに声をかける。姉代わりだったマリアが命を失わずに済むと分かり、セシリアは全身の力が抜けその場に崩れ落ちた。
「マリアの容態は? 青薔薇は効いたか?」
そこへダミアンが駆け寄って来た。先ほどよりも更に血糊を浴びており、戦闘の激しさが伺われる。これなら悪魔将軍という二つ名も納得だ。しかし、ここに戻って来たということは、既に事態が収拾したのだろう。
「ええ、死なずに済んだわ。青薔薇のお陰よ。あなたには何とお礼を言っていいか……」
セシリアは感情がこみ上げて、それ以上言葉が続かなかった。
「それは後ででいい。ところで、クリストファーを生け捕りにした。話したいことがあるんじゃないか?」
セシリアがマリアに気を取られているうちに戦闘は終わったらしい。ダミアンに言われるまま着いて行くと、後ろ手に縛られ座るリストファーがそこにいた。セシリアを目にすると醜悪な顔つきになったが、それすらもうどうでもよくなっていた。
「傭兵風情が騎士気取りとは笑えるな。こんな奴を当てにするとはお前も落ちぶれたものだ」
「敗北者は黙ってろ。お前の居場所と動向は随分前から割れていた。部下をわざと釈放して、尾行して隠れ家を突き止め、スパイを送り込んだ。今日の襲撃も全てお見通しだった」
ダミアンが口を挟んだが、クリストファーは無視してセシリアに話しかけた。
「一時的に俺を捕らえたところで、お前が傭兵団の団長と姦通して主人を追い出したという事実は変わらない。どんな言い訳を並べても世の中は俺に味方する。正義はどちらにあるか明らかだ」
「世間がそう言うなら戦うまでのことだわ。私はもうひるまない。自分の正義に従って行動した結果を恥じることはしない」
毅然とした様子で話すセシリアを、クリストファーはハッと鼻で笑った。せいぜい今のうちに強がっておくがいい、とでも言いたげに。
「セシリアは無実だ。俺が経営権をちらつかせて彼女を脅しただけだ。もし彼女が姦通の誹りを受けることがあればそう証言する」
「ダミアン、あなた!」
「俺はどこまで行っても所詮傭兵団の団長だ。お上が貴族と平民のどちらに肩入れするかなんて最初から分かっている。元からそのつもりだった」
ダミアンがさっぱりした表情でそう言うのを呆然と眺めたまま、セシリアは一人唇をかんだ。その後、王都から正規軍がやって来てクリストファーの身柄は王室預かりとなり、この場は一旦終結した。後に王都で正式な裁判が行われ、クリストファーとセシリアのどちらの言い分が正当か沙汰が降りることになった。
**********
あれから数日経ち、城は元の平穏を取り戻したが、セシリアの気分は晴れなかった。マリアの体調は回復傾向にあり、クリストファーに少しでも関係した使用人は一人残らず解雇して懸念材料はないはずだ。しかし、ダミアンの今後の処遇について王都がどう判断するのかそれが一番気になっていた。クリストファーの主張は無理筋だが、権力者は彼の味方をするかもしれない。結局、主張の正しさより、発言者の社会的地位がものを言う世界なのだ。世間知らずのセシリアでも、そんな世の中の仕組みは理解していた。
(せめて……私にもっと力があれば!)
セシリアは、かつて青薔薇が咲き誇っていた城の中庭に一人佇んでいた。誰もいない所で一人になりたかったのだ。相変わらず枯れた木はそのままになっており、くすんだ色の侘しい光景が広がる。しかし、この時ほど、青薔薇を咲かせたいと強く願ったことはなかった。
(私に青薔薇を咲かせられる力があると誇示できれば、こちらの主張が通りやすくなる! クリストファーの思い通りにはならないのに!)
世界を変えるより自分自身が変わる方がまだ可能性がある。そう言えば、青薔薇の加護を失った時、どうすれば力が復活するか尋ねたところ、「自ら強く願えば叶う」と答えた者がいた。その時は何の意味もないアドバイスだと思ったが、もしかしたら今がその時なのではないか。
そんなことを考えていると、こちらにやって来る人影を認めた。ダミアンだ。何となく前にも同じような状況になったことがある気がする。一瞬だがそう思った。
「どうしたんだ? こんなところに一人でいて?」
「一人になりたかったの。今後のことを色々考えたくて」
「マリアは無事だし、城は守れた。何を心配することがある?」
「あなたのことよ! あなたはこれからどうなるの? 最初からそのつもりだったってどういうこと? もう心配で心配で……」
そう言うセシリアに、ダミアンは優しく微笑んだ。彼のこんな微笑を見るのは初めてだ。穏やかでリラックスした表情。こんな顔もできるのかと思わず凝視してしまう。
「俺のことを心配してくれる日が来るなんて思いもしなかったな。最悪の出会いだったのに」
「最初がどうであれ、あなたは私を大事に扱ってくれた。勇気を与え、生きる気持ちを呼び起こしてくれた。城を守り、マリアの命も救ってくれた。感謝こそすれ、憎む理由なんてない」
「そうか、それならよかった」
「よくない! クリストファーの思惑通りになんて絶対させない! あなたの正しさを証明してみせる! でもどうすれば実現するのか分からない……せめて青薔薇の聖女として発言力があったなら……」
セシリアはそう言うと頭を抱えた。
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