第9話 甘すぎる罰
日中、ダミアンにひどいことを言われたにも関わらず、セシリアはいつものように寝所に姿を現わした。自分でも自分の気持ちが分からない。日中の彼は、平気で皮肉やひどいことを言ったりするのに、夜はものすごく優しく彼女を扱ってくれる。どれが本当の姿なのか混乱するばかりだ。
「あんたも相当物好きだな。昼間あんなことを言われたのに」
意地悪い笑みを浮かべながら、今夜もダミアンはやって来た。憎らしいくらい余裕綽々といった態度だ。
「別にそういう意味じゃ……! でも昼間言った約束は必ず守ってくれるんでしょうね?」
「これまでも嘘はつかなかっただろう? 俺は約束は必ず守る男なんだ。ただし、あんたが勝てるとは思わないけどな」
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃない! つまり……欲望に勝てればいいんでしょ?」
それを聞いたダミアンの笑みは更に深くなった。まるで、そんなの無理に決まってるじゃないかと言わんばかりに。
「端から無理って決めつけてるでしょ! 私が無策だと思っていたの?」
「ほう? ということは何か考えてきたというのか?」
セシリアは真っ赤になりながら首をこくこくと振る。そして、黙って彼の寝間着を脱がせて、素肌を露わにした。
何度見ても、無数に刻まれた傷跡は見慣れない。醜く癒合した傷や、みみず腫れになった傷など、どれだけの痛みに耐えたのだろうと思うとぶるっと震えてしまう。でも、セシリアは、意を決すると、ダミアンの体に両腕を回し、その傷一つ一つに唇を落としていった。
「おい、何をするんだ?」
それには答えず、黙って傷口に沿って接吻を繰り返す。そして、囁くような声で彼に話しかけた。
「あなたはいつから戦っているの?」
「もう5年になるかな」
「5年の間にこれだけの傷を? 怖くなかったの?」
「別に怖くはなかった。どうしても叶えたい夢があったから」
「夢?」
「ああ。そのためなら恐れることなんて何もなかった」
「夢は叶ったの?」
上目遣いで尋ねるセシリアに、ダミアンはとうとうしびれを切らした。
「なあ、作戦って、もしかしてこれなのか?」
「え? ええ。私から攻めてあなたを気持ちよくさせれば大丈夫かと……」
きょとんとして答えるセシリアを見て、ダミアンはぷっと吹き出した。
「これが攻め!? こんな弱いキスで気持ちよくなると思ったの? 俺、あんたをよがらせる時どうしてた?」
「えっと……私そっち方面の知識ないし、激しいのはできないから……でもあなただってキスしたじゃない!」
訳が分からなくて本気で怒りだすセシリアがダミアンは面白くて仕方ないようだ。
「ダメダメ、もう終わり。もう、こんなことされたら逆効果だって分からないの? いつもは優しく手加減してたけど、今夜は行く所まで行かないと気が済まなくなった。あんたが悪いんだよ。こんなかわいいことするから」
「まさか、今までのは手加減してたの?」
「当たり前だろ。本当はもっと滅茶苦茶にしたくてたまらなかった。もう抑えが効かない。元はそっちが先に仕掛けたことなんだから、恨みっこなしだよ」
そう言うと、ダミアンは、ふるふると震えるセシリアを組み敷いて、真っ先に唇を塞いだ。こうして、終わらぬ夜が始まった。
**********
(ひどい……! これじゃ賭けは負けどころか一向に勝てる気配がないわ!)
全てがやっと終わった後、セシリアはぐったりと体を横たえてぼんやりした頭で考えた。「達せずに我慢できれば願いを聞いてやる」という、ダミアンの馬鹿げた提案に最初から乗らなければよかったのだ。自分の愚かさがほとほと嫌になる。
(そう言えば、彼の夢って何だったのだろう。つい聞きそびれてしまった。もしかしたら前にも会ったことがあるのかしら……前にそんなことを言ってたような言わないような……)
セシリアは考えがまとまらないまま、襲って来る睡魔に勝てず、そのまま目を閉じて深い眠りについた。
**********
「おはよう。いい朝だね」
セシリアは、太陽が既に高く登った頃に、疲れが残る体を引きずってやっと起きたというのに、ダミアンの方は昨夜の影響など一つも感じさせない様子で朝から動いているものだから、ついむかっとした表情を表に出してしまった。
「いい朝、じゃないわよ。朝と言うには遅い時間だと知ってるくせに」
セシリアがぷいと横を向いて口をとがらせながら文句を言うと、ダミアンは、アハハハハと声を出して笑った。
「あんたの頑張りは認めてやるよ。かわいいという点では限界突破していたからな!」
「かわいいだなんてやめてよ! もうそんな年じゃないのにあなた馬鹿にしてるでしょ!」
「いや、まんざら嘘でもないよ? あんなことするのは、あんたが初めてだったから正直驚いたけど。でも嫌じゃなかった。本当だよ?」
恐ろしい見た目をしているのに、その目を見ると愉快そうに輝いているのが分かる。セシリアは、初めて会った頃より彼に対して恐れを抱かなくなっていることに気付いた。悪ふざけはするが、彼女の嫌がる言動はしたことがない。
「そういや、地下牢に行ってこらん。忌々しい連中がいなくなっているから」
セシリアは驚いて、言われた通り地下牢に足を運んだ。ダミアンの言った通り、トビアスを始めとするクリストファーの部下たちは全員釈放されていた。
「ありがとう! 願いを聞いてくれたのね! 賭けには負けたのに……」
満面の笑みでお礼を言うセシリアは、ダミアンの笑顔の裏の意味に気付くことができなかった。全てが明らかになるのは、もっと後になってからのことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます