第16話 修学旅行と失恋旅行
「修学旅行?」
学校から帰ってきたお姫さんが懐かしい言葉を口にする。
「うん。これしおり」
お姫さんに渡されたしおりは学生たちの手作りのようで。
そっか、そういう時期か。修学旅行…修学旅行、か………………。
つい、気になって───ついてきちゃった。
お姫さん、同級生とあんな風に笑うんだ。いつも見せてくれる笑顔とは少し違う、心を完全に開く前のお姫さんと同じ笑顔。でも、楽しそうでよかった。学校でのお姫さんもそれなりに知っているけど、最近は様子を見に行けてなかったから…楽しそうで安心したよお姫さん。
あぁ……お姫さん
「かわいいなぁ……」
ずっと見ていられる。……早く帰ってきてほしいな…お姫さん。
もう少し、もう少しだけ…見ていても、いいよね?
夢中になってお姫さんを見ていると
「あれ、一之瀬さん?」
後ろから名前を呼ばれた。振り向くとそこには
「君は……バイト君!」
お店で見るよりもラフな格好をした彼がいた。
偶然見かけた一之瀬さんは相変わらず俺の名前を呼ばない。
「染谷ですけど……まぁいいや。一之瀬さん、何して──」
一之瀬さんが見ている方に目をやれば見覚えのある人物がいた。今一番見たくないんだけど……なんであの子ここに……。
よく見れば彼女は制服姿で周りも同じ制服だ。
「もしかして、心配でついてきちゃったんですか?修学旅行」
「うん。なんか気になっちゃって」
やっぱ修学旅行か。てか、この人まじか……。
「だからって普通ついてきます?」
「だって心配だから。でも、その必要はなかったみたい。お姫さん、楽しそうで安心した」
あの子を見つめる一之瀬さんは愛とか恋とか、一目見てわかるくらいのやつで。愛おしい存在を見つめるそれは、俺には眩しくて。
──あぁ、来るんじゃなかった。
「君は?一人で旅行?」
「……友達に連れてこられて、そいつが体調崩したんで一人観光でもしようかと思って」
「そうなんだ。……それなら、君も一緒に見る?お姫さん」
「は?」
何食わぬ顔でニコニコ笑う一之瀬さんはいつもと変わらない。この人、この前のこと忘れてんのかな。俺泣かせたんだけどあの子のこと。
「君も見ていたくない?お姫さんの笑顔」
彼女の方を見れば同級生と楽しそうに笑っている。一之瀬さん以外と居て笑ってるの初めて見たけど、そんな風に笑うんだ。その笑顔が見たくて…俺は手を伸ばしたはずなのに─────。
俺の脳裏に焼き付いているのは今にも泣きそうなあの子の顔。笑顔とは程遠く真逆。そんなことをしたくせに、一之瀬さんと同じ気持ちなのはこの世界のバグだろ。
あの笑顔を…忘れようと来たのに、忘れたくても忘れられない。目を逸らしてもまた見ている。俺はあの笑顔に殺された。俺じゃない奴と笑っているその笑顔に。なぁ、痛くて苦しいのは永遠なのか?
見たくないはずのその笑顔を、俺はこれからも見続けるのか───?
重症……だな。
「少しくらいなら付き合いますよ。一之瀬さん」
「ふふっ、君ならそう言うと思ったよ」
そのまま一之瀬さんと彼女を見ていた。遠くから見ているだけのはずなのに、笑っているのを見ると苦しくなった。俺はそんな顔、ちゃんと見たことない。
いつも一之瀬さんといて、そこで笑っているあの子の世界に俺は必要ない。最初から分かりきっていたことを改めて言われているようで。
………………俺は、なんのためにここに来たんだか。
『なあ、失恋旅行しね?』
そんな言葉に耳を貸すんじゃなかった。
『うげぇ……腹痛い。今日無理だ』
一人観光なんてするんじゃなかった。一之瀬さんに話しかけるんじゃなかった。なにもかも全部、今すぐに無くなればいい。
「彼女のこと、ちゃんと幸せにしてくださいよ。一之瀬さん」
八つ当たりみたいに出てきた言葉は
「君に言われなくても、幸せにするよ。そのために生きてきたんだ」
強烈なカウンターを食らい、憂さ晴らしは失敗に終わる。
ほんとに頼みますわ。俺の心をちゃんと折ってくださいよ。
俺は一生……誰のためにも生きられそうにないんで。
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