第15話 忘れられない、傷となる
あれから一週間。しばらく二人とも店に来なくなって、このままもう二度と会えないのかと思っていたある日。
彼女は一之瀬さんと二人で店にやって来た。
今日は運の悪いことに
「おう、ノセ、お嬢ちゃん!いらっしゃいっ!!」
「二人とも久しぶりね」
高瀬さんもいる。
片桐さんと高瀬さん、一之瀬さんとあの子。俺だけ明らかに場違いだ。なんで俺こんなところにいるんだろ。
「片桐さんは座っててください。あとは俺がやるんで」
「いいのか?助かるぜ」
この二組の空気に呑まれたくなくて、離れる口実を作った。
四人分のドリンクを用意して持っていけば、仲良く座って談笑していた。
「一之瀬さん」
「あれ、お姫さん名前で呼んでくれないの?」
「………人前で呼ぶのは、恥ずかしい…」
「ふふっ照れてるお姫さんもかわいい」
「あら、ずいぶん仲良しになったのね二人とも」
「お姫さんと俺はずっと仲良しだよ。ね?お姫さん」
「そういうの恥ずかしいってば………」
「あらあら私たちも負けてられないわね?」
「はっはっはっ!俺たちも昔から仲いいだろ?」
「…! そうね…。私達も…」
「はいはい。二組ともお熱いことで」
場違いなのを理解しつつも割って入るようにそれぞれの前にドリンクを置いた。
「あら、あなたにだってきっと見つかるわよ」
「……恋とか愛とか俺はもう勘弁すわ」
それに───一生忘れられそうにないんでね。
あの子に背を向けてカウンターに戻るけれど、結局また彼女を見ていた。
ホントに忘れられないなこれは。
それからしばらくして、高瀬さんが仕事でいなくなり、片桐さんはその見送りに。一之瀬さんは電話で席を外し、店には彼女と俺、二人だけになった。
気まずい。ありえないくらい気まずい。なにか話すわけでもないこの時間が一番しんどい。
「あの」
一人でもやもやしていると、彼女の方から話しかけてきた。
「……なに」
「この前は、ありがとうございました。話聞いてくれて」
まさかお礼を言われるとは思わなくて、言葉に詰まった。なんで俺、感謝されてんだろ。
「……感謝されることは何もしてないけど」
むしろその逆で、キレられるようなことしかした記憶ないけど。
「染谷さんのおかげで一之瀬さんと、もっと仲良くなれたから。だから、ありがとうございます」
この子にとってあの日の出来事が、いいことだったと認識されているようで、喜ぶべきなのか嫌われてないことに安堵すべきなのか全く分からない。ただ一つ言えるのは、俺はこの二人の背中を押したということ。俺にとってマイナスなことしか起きてないということ。俺は一生────この子の一番にはなれないということ。
「そう。よかったね」
本心とは真逆でも取り繕って喋ることくらいならできる。もう手に入らないその子を前にどんな顔をすればいいのか、どんな顔をしているのか全く分からない。
初めて俺は『ありがとう』を嫌いになった。
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