第12話 軽い気持ちは
高瀬さんが来てから数日後、彼女が一人で店にやってきた。
「おう!いらっしゃい!どうしたんだ?一人で」
「………」
いつもと様子が違うのを感じて
「片桐さん、用事あるんですよね」
「お、あぁ…このあとちょっとな」
「俺が聞くんで、片桐さんは用事済ませてきてください」
「……わかった。じゃあな、嬢ちゃん」
店を出る前に軽く肩をたたかれ『頼んだぞ。染谷』そう小さく言われた。片桐さんも様子が変なことに気が付いたのだろう。託された俺は彼女をいつもの席に座るよう促し、いつものジュースを持って席に着いた。
「どうかした?片桐さんの方がよかった?」
「……えっと…その…自分でもよく分からなくて、でも多分染谷さんの方がいい、気がする……」
「ゆっくりでいいよ。開店まではまだ時間あるし」
その言葉を聞いて落ち着いたのかジュースを飲んだ後一息はいて少しづつ話し始めた。
「一之瀬さんにはたくさんいて…私以外にも、たくさん。私じゃない誰かといるほうが、きっと幸せで。でも……私には」
あ────これは、俺が一番聞いたらだめなやつだ。
戸惑いながらも少しづつ話す様子に妙にイラついて。
【誰にだってあるでしょ。選ぶ権利】
あいつの言葉が頭をよぎる。 そう、だよな。この子にもあって、だから───『俺がいる』って。
「別に……無理してあの人といなくてもいいと思うけど。…誰にだって、一緒にいたいって思う人を選ぶ権利があるんだし、あんたにもあるし、当然あの人にも。だから…あの人じゃなくても──」
そこまで言ったのに、その先は言えなかった。言えるわけがなかった。
『俺がいる』そんな言葉じゃ選ばれない。
目の前にいる彼女の表情が曇って、影が差す。黙り込んだまま彼女は俯いてしまって。
なに言ってんだろ……俺。
「───今のは、わすれ」
そう言いかけた俺の前に彼女が口を開いた。
「そうだね……誰にでも……。───……今日はもう……帰る」
瞳を泳がせながらそれだけ言い残して店を出て行ってしまった。
去っていく彼女は初めて見た時と同じ横顔だった。一人じゃないはずなのに何もないみたいな。
ぼんやりと影が差していて、手を伸ばして寄り添いたかった。あの頃の彼女だった。
いつからか、寂しさを忘れた彼女に、俺はまた──寂しさを与えてしまった。
数時間後、雨が降ってきて今日は早めに店を閉めることになった。閉店作業をしていると店のドアが開いた。
「すいません。今日はもう───」
「お姫さん、来てない?」
そこには傘を持っているのにずぶ濡れの一之瀬さんがいた。
「すぐタオル」
「お姫さん……いないの?」
俺の言葉を遮るように一之瀬さんは続けた。
「いないんだ。どこにも。電話出ないしメッセージも見てないみたいで……あちこち探し回ってもどこにもいなくて。朝ここに来たって片桐から聞いて、君と話してたって。ねぇ…お姫さんどこにいるか知らない?」
最後に聞いた彼女の言葉を思い出す。【帰る】彼女はそう言っていた。不安と焦りが一気に押し寄せてくる。もし、いなくなったのなら俺のせいだ。
「何か知ってるの?」
俺の様子から何か気づいたようで、一之瀬さんが俺に近づく。この人が近づくたび責められてるように感じて耐えきれず、彼女が来た時の出来事を話した。彼女に言ったこともすべて。
「そっか。君も、お姫さんが好きなんだね」
怒られると思っていた俺に返ってきた言葉は思いもよらないものだった。指摘されるように言われた言葉は刃物のように突き刺さり、ただ俯くことしかできなかった。言い訳も反論も──全部無意味だ。
「俺は探しに行くよ。お姫さんのそばにいたいから」
先ほどまでの暗い声色がどこか締まったものに変わった。
俺に彼女を追いかける資格はなかった。
誰もいなくなった店に取り残された俺は心底自分を嫌った。こんな奴が彼女に寄り添ってなんて……できるわけがない。資格もない。悔しくて苦しくて、座り込んだまま頬に涙が伝う。
何もかもぐしゃぐしゃになり、ただひたすら後悔の念が押し寄せる。
それでも、まだ……なんて────諦めの悪い俺は醜い。
あぁ…………この賭けは──────淡いままできっとよかった。
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