第4話 行きつけのお店
今日は休日。特に予定もないので彼の後をつけてみることにした。
知りたいならそばにいてと言いつつ、ふらっと現れていなくなる彼を知るために。
後をついて行くとオシャレなカフェや高そうな服が売っているお店が並ぶところを平然と歩いている一之瀬さんがいた。場違いなのを感じつつ彼の後をつける。
人が増えてきて一ノ瀬さんを追いかけることが困難になっていく。そして───あ、いなくなった…。あたりを見渡してもいない…。一之瀬さんを見失った。
けれどすぐに
「お姫さん。どうしたの?きょろきょろして」
見失ったはずの一之瀬さんが目の前に現れた。
「あ、えっと…」
先ほどまで後をつけていた人物を前に、戸惑いと後ろめたさがやってきた。
「お姫さん、一緒に出かけた方がよかった?」
「……! 気づいてたんですか…?」
「うん、気づいてたよ。あ!そうだ。ちょうどよかった。お姫さん、一緒に行こう」
「え……」
なんの説明もせず私の手を握りどこかへ歩いていく一之瀬さん。たどり着いたのはまだ営業開始前のお店。closeと書かれたプレートを無視して一之瀬さんはお店の扉を開けた。
「あの、一之瀬さん。お店まだやってないんじゃ」
「大丈夫だよ」
カランカランと音が鳴りると、お店の奥から大柄の男性が出て来た。
「おう!!ノセ!いらっしゃい!!──っと、隣の子は……」
「彼女は俺のお姫さんだよ」
私の姿を隠すように一之瀬さんは一歩前に出た。その様子に驚きつつもすぐに表情を変え大柄な男性は一之瀬さんと話しはじめる。
一之瀬さんはというと変わらずのにこやかな笑顔で、大柄な男性と親しげに会話をし、慣れた様子で窓際の席に移動した。手を握られたままの私は、会話を遮ることもせず流れに身を任せた。
席に着いたところでお店の奥からもう一人。
「一之瀬さん、また営業前に来たんすか──…………そこの人だれっすか」
チラッと私の方を見た男性は、私より少し年上くらいに見える。
「彼女は俺のお姫さんだよ」
定型文になりつつある言葉を笑顔で言い放ち私を置いてきぼりにする。
「あの、一之瀬さん。ちゃんと説明してください」
この一週間で分かったこと。それは一之瀬さんは聞かない限り教えてくれないということ。そばにいるだけじゃ多分だめ。
「ここは、俺の知り合いのお店なんだ。この大柄君がマスターで友達。隣にいる彼はバイト君だ」
「はっはっはっ!ノセは相変わらずだな! よう!お姫さんとやら!俺はこの店のマスター、片桐だ!んでこっちが──」
大柄な男性──もとい片桐さんは豪快に笑うと隣にいる人物の紹介までしようとして
「自己紹介くらいできますよ。バイトの染谷っす」
気だるそうに挨拶をした彼に遮られる。染谷と名乗った人と片桐さんの両方を見ると正反対に見える。
豪快に笑う人の隣でやれやれと言った感じの空気感は少しだけ面白くて戸惑っていた感覚が抜けていく。
やっと落ち着いてきた。そこでようやく自分だけ名乗っていないことを思い出す。
「えっと……私は──」
「お姫さんは俺が紹介したよ?」
名乗ろうとした矢先、一之瀬さんが割って入った。
「私の名前、お姫さんじゃないので。──ゆず、です。色々あって一之瀬さんといます」
未だに自分の名前を言い慣れてないのを思い出した。本当の名前じゃないから。
「お姫さん」
そう呼ばれて彼を見れば
「お姫さんはお姫さんだよ」
そう優しく微笑んで彼は私の手を強く握った。
まだ知らなことだらけの優しい人は、いつどんな時も優しくて。触れられるたびに暖かいものに包まれている気分になって、その感覚にはまだ慣れていないけど……不思議と──嫌じゃない。
大きな手は私の頭を優しく撫でており、この状況に気恥ずかしさを感じながらも、自分の頬が少しだけ緩んでいるのが分かって隠すように少しだけ俯いた。
それでも変わらず頭を撫でる手は優しいまま。
マスターさんが飲み物を持ってくるまでその時間は続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます