第3話 月明かり ほんの少しの彼
突然現れた一之瀬さんとの生活が始まって一週間が過ぎた。
ただ帰る場所が変わっただけ………。のはずだけど
『お姫さん、おはよう。朝ごはんできてるよ』
『お姫さん、髪梳かすよ?』
『お姫さん、今日もかわいいね』
『お姫さん───』
あそこに帰るとわけもわからず甘やかされる。嬉しさは多少あるけれど、気恥ずかしさの方が勝っている。
あれから一週間が過ぎたというのに、あの日の質問以降何も聞けていない。
忙しいのか知らないけど、気が付いたらいなくなってて、ふらっと現れる。
行ってらっしゃいもおかえりも言ってくれるけど、肝心なことは何も言ってくれないまま。
今日も、何も聞けなかった。
外の空気が吸いたくてベランダに一人で出る。
ここから見る夜空は、とってもきれいに星も月も見える。
ぼんやりと夜空を眺めていると
「風邪をひいてしまったら大変だよ?お姫さん」
後ろからの声と同時に両肩に何かが乗せられる。
羽織れるものをくれたらしい。
「ありがとう…ございます」
「お姫さん、どうしたの?何か悩み事?それとも困ったことがあるとか?」
私の様子を見て心配そうな顔をする一之瀬さん。
今しかないと思って、聞きたいことを聞いてみる。
「その…あなたのこと、何もわからないから。優しくされるのは嫌じゃないけど…どうしてなのかなって、考えちゃって」
私の言葉に少し間を置いたあと一之瀬さんはふっと笑って
「知りたいなら、俺のそばにいてよ。君の知りたいこと、少しづつ、ゆっくり教えるよ」
いつものにこやかな笑顔でそう言った。けれど、別の何かが混ざっている気がして、思わず彼の頬に手を伸ばしてしまう。
「………! お姫さん、どうしたの?」
暗がりでちゃんとは見えないけれど彼の顔が少しだけ赤くなった気がした。
「ちゃんと教えてくれるの?あなたのそばにいたら」
「……うん。少しづつ、ゆっくりだけど。それでもいいなら俺のそばにいて?お姫さん」
月が私たちを照らす。少しだけ近づいた私たちを。
今日は……ほんの少しだけ、彼を知れた気がする。
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