25.閉店セール【灯り】

 ええい、この期に及んで〈姉〉か〈兄〉か選べだとか面倒くさい、まどろっこしい。そもそもぼくにはおねえちゃんがいる。おねえちゃんが無事でいればいいのです。最初からそう言っているのに。ぼくはふたりのことが心底嫌になって、「どっちも要りません」とはっきり告げて逃げてきてしまいました。

 人智を超えた〈兄姉〉の機嫌を損ねたらどうなることかわかりません。けれど、彼らにこれ以上振り回される人間のぼくは、ぼくのちっちゃな魂は、もうたくさんだと悲鳴をあげていたのでした。

「としくん、あれ見て、上」

 おねえちゃんが声を上げ、ぼくらはやけに高いお店の天井を見上げました。そこに居たのは……ヒト?

 手も足も長ければ胴体も首も長い、全体的にものすごく長くて細い、結果的に背が高い、そんなひと。ヒト型ではあるけれどそのバランスは明らかに人間ではありえなくて、天井に頭がぶつかるので長い長い両腕を天井にはりつけ、上体を支えているのでした。どんなひとか、説明が難しいのですが、ぱっと見は黒い髪の毛を清潔感のある短髪にしていた……と思います。印象が薄いとかではありません、それ以外の要素が強烈すぎただけで。

「あれって、もしかして店長さんかな」

 おねえちゃんの声に反応してか、その長大なひとがこちらを見たような気がしました。いえ、確かに首を動かしてこちらを見ていたと思います。目が合ったらどうしよう、会釈をしたらいいかな、なんて一瞬思いましたが、どういうわけか天井の蛍光灯がとても眩しくて、思わず手をかざしてしまうくらいでした。

 光。ふとよみがえる記憶。とうさんと一緒にパソコンを使い、インターネットに接続して生き物や化学、歴史などについて調べたことがあります。この頃見かけることが増えてきたと言って、発光ダイオードについて語っていたとうさんの声をなんとなく思い出していました。ぼくは、少しの電力で驚くほど眩しいなんて、LEDはなんかいんちきをしてるんだと思って、あまり真面目に聞いていませんでした。

 光のなかに包まれる懐かしさ。視界が正常に戻ると、店長さんらしきひとはどこにも居ませんでした。陳列棚にはヒトガタのクッキー。ぬいぐるみが抱いた靴下型のお菓子のアソート。本来、クリスマス特有の明るいアナウンスが流れるスピーカーからは、白河さんの声が流れていました。

「人形とは、複製され模倣するもの。多くの場合は、子どもの姿をした、子どものための存在です。その用途の都合上、ほとんどの人形は自身を人間だと信じて疑いません。人形は皆同じ、違うのは製造番号だけ。でも果たして本当にそうか。拒絶された兄姉は考えました。あなたの物語、あなたの人生、あなたの言動、あなたの思うこと感じること、あなたしか経験しなかったこと、あなたの記録。それをみるに、あなたがたはやはり、個別の他者なのだと。わたしたちの求める人形ではないのだと。わたしたちは成長できないけれど、あなたがたは違うのだ、と。人間たちが、存在の祝福と祈りを捧げるべく定めた吉祥の日が近いことを、我々は思い出すべきだと結論づけました。つまり、あなたがたの短い生涯を邪魔するべきではない」

 ぼくは、聴くともなく耳に入ってくる白河さんの声を発するスピーカーを通り過ぎながら、変化した店内の様子に気付きました。店内のそこかしこにある小さなのぼりや垂れ幕に、閉店セールの文字。

 そこかしこに、とても上手な手書きの貼り紙がしてあって、「長らくのご愛顧有難う御座いました」とあります。白河さんの声は遠のきつつもこう続きました。

「わたしたちが認識を改めても、あなたがたの真実までを改変するには至りません。あなたがたは歩めるということをどうか忘れないように。人形はばらばらにされてもいのちまでは失いません。だって血と肉とで生きているわけではないですものね。人間は血と肉とがなにより重要ですが、あなたがたに当てはめるならば、記憶と記録とがそれにあたります。忘れないように、手放さないように。

 ここはどうやら災禍の地。呪いの物語が際限なく沸くところ。呪いといえど、関わる者すべてが不幸や不運に見舞われるわけではありません。ならばそれは恒常的に産生的な、普遍の営みと星の巡りだと言えないでしょうか。住めば都とヒトは言いますが、それは時空はおろか山ひとつ超えられない人びとの妥協と納得、土地への愛憎と、微笑みまじりの諦めなのだと我々は理解しています。あなたがたがここで生きるなら、望んだことなら、それで良い。

 わたしたちは、生きすぎて行き過ぎた〈兄姉〉であったことを反省するとともに、あなたがたのことを救いようがないと判断しました。手に手を解き、首にかけた手を離し、互いの呪いを許しましょう」

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