24.せんたくをしよう【選択】

 ぼくは頭のなかで必死にB紙[註・模造紙]を広げ、白河さんがあれこれ説明することや、これまでの出来事を整理しようとしていました。

 つまり、鶴見さんや白河さんの言うことには、ふしぎなビジネススーツ族は、すべてのひとの〈兄〉や〈姉〉を自称する存在で、相手が一人っ子だろうが長子だろうが、かまわず兄姉として振る舞うのだそうです。そして、これと決めた対象と魂を同一にすることを望むのだとか。悪く言うつもりはありませんが、それって、厄介な悪霊と変わらないのでは?

 白河さんが嘆かわしそうに息をひとつつきました。

「喜捨奈さん、あなたに姉がいないことなんて分かっています。それになにも、わたしだって意地悪でこんなことをしているわけではないのですよ。ただ、事情がこじれるだけこじれて誰にも収拾がつけられないなんてもやもやするでしょう? わたしたちは呼ばれなくてはその場所に向かえない、意志を持てない生きものなんです。言ってみればわたしの上司にあたる者に、事態をはっきりさせてこいと命じられたんです。だからここに居ます。なぜか担当者がバッティングして現場を混乱させているようですが、これは弊社の落ち度ですね」

 チカチカと照明が明滅し、ちょうどぼくらの居る辺りだけが突然暗くなりました。

「ねえ、そうでしょう。この件はわたしの担当だったはずでは?」

 ぼくらは、白河さんがいったい誰に話しかけているのだろうと彼女の目線の先を探りました。

「あなたは無駄な言葉が本当に多いな」

 照明が気まぐれを起こしたかのように突然復活し、さっきまでキャベツを手にしていた白河さんの手のひらに、中折れ帽を被った鶴見さんの首が乗っかっていました。彼はいつになく冷たくそう言い放つと、自力で転がって空中に浮かびました。

「鶴見さん、いままでどこに」

「君たちから離れたつもりはないのだが、私も隠されていたらしい」

 首から下があれば俯いていたといわんばかりに傷心気味の鶴見さんは「ただ君たちを守りたい、私自身も理由がよくわからないのだけれど」とアンニュイな声色で言います。

 ぱんぱん、と白河さんが小さく手を叩き、話を戻しますよ、と微笑みました。ぼくはさっきからずっとお手洗いに行きたくて、背筋がぞわぞわしてしょうがありません。この白河皆未さんというひとからは、どうしようもない絶望の気配がするのです。

 緊迫した時間が続くと思われたその時、鶴見さんと白河さんが同時に「どうぞ行っておいでなさい」とお手洗いマークの矢印を示して発したので、ぼくはびっくりしながらも遠慮なくお手洗いを済ませました。戻ると、いかにも兄姉然とした顔のふたりが待っていて、白河さんが満足げに「では続けましょう」と切り出しました。

「我々の上司は、時空間あるいは時場の歪みによって生じる異常時象に対応するべく、わたしたちのような精神生命体を派遣します。その過程で、どうしてもあなたがた人間と関わらねばならない時があります。親愛なる同胞、信愛なるきょうだいであれ。最初の個体にそう命じられてからというもの、わたしたちの責務と信念とに連綿と繋がっている……ようですね、おそらく。これ以上はこちらの事情は細かく申し上げられませんけど、ふつうわたしたちは〈兄姉〉を名乗りはしてもそこまで過干渉にはならないものです。この方はどうだかわかりませんが」

 どうやら白河さんは鶴見さんのことがかなり嫌いみたいでした。ぼくは、ちょっとだけ身を縮めて、おねえちゃんにだけ聞こえるように囁きました。

「ねえおねえちゃん、ちょっと嫌な予感がするんやけど」

「……わたしも」

 果たして〈兄姉〉たる鶴見さんと白河さんは、「拾史郎くんと喜捨奈さんは兄と姉どちらがいい?」などと、出会って以来最もろくでもない質問を同時に投げかけてきたのでした。

 閑話休題。後から伝え聞いたところによると、スーパークラガリの店員さんたちの間で、こんな言葉を交わす場面があったそうです。

 白いシーツが何枚も何枚も、まっすぐに物干し竿から垂れ、風にたなびいています。青く晴れた秋空。スーパークラガリの屋上で、ふたりのパート店員さんが煙草を片手に休憩していました。

「同音異義語ってあるじゃないですか」

「んん、服を洗濯するとか、物事を選ぶ選択とかの……」

「そうそう、“せんたく”みたいな。同じようにさ、お金を出して買うと、ペットを飼うの“かう”ってあるじゃないですか」

「んん」

「星をかう、ってどっちだと思います?」

 白いスーツのひとは彼らにも同じ質問をしたのでしょうか。白い洗濯物の景色を見て彼らはその質問を思い出したのでしょうか。ともかくその場ではふたりとも、ただしい答えを出すことができなかったといいます。

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