19.ゴミ捨て場【置き去り】

 こんばんは。ぼくは宇宙飛行士で、深い海のような、けれどどこか温かくほんのり明るい空間を漂っています。すべてが隙間なく満たされていて、唐突に、ここに探しているものがあると気付きました。夢のなかのぼくはすでに気付いていました。意識のぼくと夢のなかのぼくとではわずかにタイムラグがあって、夢のなかのぼくのほうが、いつでも少し早いのです。情報を得て判断することが必要な「このぼく」に対して、夢そのものの一部であるぼくは、何もかも直感的に分かるのかもしれません。

 意思を持たない、あるいは意思が微かな〈物語〉に不要なものを捨てさせる強制力をもつ、この世界がまるごと秤に乗るくらい大きな天秤。なにか深遠なものが重たく片方の天秤を押し下げて、軽くなったほうが破棄されます。ぼくは、スーパークラガリのゴミ捨て場に立っていました。煌々としたネオン看板、荒れ果てた大地、宇宙船は丘の上で待機中。大粒の雨が降っています。ぼくは両腕に首のおねえちゃんを抱えていて、さらに視線を落とすと、ぼくの足元には、この世で最も重たいはずのものが捨てられているのでした。

「おかしいやんね、なんでこんなとこにおかあさんが」

 首と胴体が離れた、かあさんの形をしたロボット。

 いいえ、おかしいのはおねえちゃんのその発言です。この状況は、夢のなかでならばおかしくなどないのです。夢とは常に唐突な真実であり、夢そのものの一部であるぼくは、一瞬にして、この夢の異物がおねえちゃんであることを見抜きました。

 いつでも夢はぼくを置き去りにして、いいえ、ぼくは夢を置き去りにして、別世界へと目覚める。その瞬間の排水口に吸い込まれるような急速な感覚と、なにかが後ろ髪を引っ張って囁いてくるような、湿った感情。それは、聞き取れなかったけれど恨み言かもしれません。

 かけ布団が妙に重たくて、部屋は暗く、雨音が無音のふりをして空間を支配していました。ふすまを開けると、夜みたいに真っ暗で、思ったよりも激しく雨がコンクリートや瓦や庭の土を叩いていました。

 おばあちゃんは土間でなにか仕事をしていました。丸いちゃぶ台にテレビのリモコンと新聞、おばあちゃんの手編みの籠にみかんとあられが入っていました。牛乳を温め(おばあちゃんは牛乳を温めるのにぴったりな片手持ちの小さなアルミの鍋を「ミルク沸かし」と呼びます)、パンにジャムを塗って食べました。これ全部スーパークラガリで売ってるやつだな。最近は小麦が高いんだっけ。ぼくの好きなロールパンはいつでも安いから不思議だな。毒にも薬にもならないような考えごとをしながら、リュックを背負い、上から雨合羽を着て出かけます。

 ゴミ捨て場には、もちろん誰も捨てられてなんかいません。ふと視線を感じて探すと、スーパークラガリの自転車置き場のあたりに彼女はいました。ぼくが気付くとすぐに立ち去ろうとします。

 待って、と声をかけると彼女は二、三歩進んでから面倒くさそうにこちらを振り返りました。彼女がなにを知っているというのでしょう。純白の毛に蜂蜜色の瞳をしたエリーゼが、じっとこちらを見ているのでした。

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