14.キッチンカー【月】

 変装完了。マフラーを巻いたとて、マスクをしたとて、別人に見えるほど変わり映えがするものではないですが。鶴見さんは栗田さんの勧めで購入したというパーカーを羽織り、靴も足先の出ていないふつうのスニーカーで、この前のワイシャツ一枚と素足に下駄よりかはだいぶましになっていました。

 その栗田さんは、鶴見さんが「銀杏の目隠し」と呼ぶ魔法をとくと、驚くことも戸惑うこともなく、さっきから一緒に世間話をしていた様子でぼくらのそばに立っていました。

「じゃあ、栗田さん。そういうわけで、散歩の時間には私はスーパークラガリに行きますから」

「分かりました。もちろん自由に買い物して頂いて大丈夫ですが、施設のきまりなので、いちおう私も一緒に行かせてもらって良いですか」

 チラシ配りの犯人をおさえることも重要ですが、ぼくらとしては、スーパークラガリにひそむさまざまな謎についても気になっているのでした。スタッフ専用出入り口の怪異。異様に高い商品棚。風変わりな店員さんたち。「でも、一気に解決は無理やに?」とおねえちゃんの言うとおり、まずは身近なところを協力してくれるひとで固めていきます。

 ほんとにおねえちゃんが首だけになってしまったことと、スーパークラガリとは関係がないのか。関係ないわけがないと、ぼくは最初から決めつけていましたが、何にしても分からないことはひとつひとつ確認していく必要があります。

 とりあえずその日は、百々ヶ峰さんにクラガリに居る他の店員さんたちのことを教えてもらいました。ぼくらの知りたいことに関係ありそうなのは、生鮮食品コーナー担当の大野さん、陳列担当の松井さん、清掃担当の柘植さん。このひとたちについては、百々ヶ峰さんに間に入ってもらって、それとなく観察することにしました。

 今日のスーパークラガリでの調査を終えて、おばあちゃんの家でかあさんの迎えを待ちます。

 かあさんはぼくとおねえちゃんの無事を確かめ、「今日は遅いからまっすぐ家に帰ろうね」と言います。車に乗って家に帰る途中、スーパークラガリのほんのり明かりの灯った薄暗い駐車場の前を通りました。出入り口の近くには、よくたこ焼き屋さんやメロンパン屋さん、焼き芋屋さんといった露店が出張しています。ああいう屋台の食べものを買ったことがないけれど、じつは美味しそうだなといつも思っています。今も、誰かが買いものをしてパックを受け取っていました。

 すぐに通り過ぎてしまったけれど、買いものをしていたのは、よく見たら百々ヶ峰さんだった、気がしました。

「百々ヶ峰さんって、ひとり暮らしなんかな?」

「うぅん、どうやろう。訊いたことない……」

 後部座席でぼくの腕のなかにいたおねえちゃんも、精一杯首を伸ばして車窓を眺めながら言いました。

 ラジオからはユーミンの「十四番目の月」が流れていました。かあさんの好きな歌で、ときどきサビの部分を口ずさんでいることがあります。歌詞の意味はよくわからないけれど、十五夜の満月は欠けていくだけでさみしいから、満ちていく途中の月のほうが好きだとかあさんが言っていて、それはぼくも分かる気がしました。

「……そうそう、トシくん。近いうちにアレしようと思っとるの。毎年恒例のアレ。楽しみにしとってね」

 バックミラー越しにこちらの様子を見ていたらしいかあさんの明るい声色。「お、アレ良いね」「うん、良いね」おねえちゃんもぼくも楽しみで、思わずぼふぼふと座席のクッションを揺らします。ぼくらは、いつも助けてくれる百々ヶ峰さんにちょっとしたサプライズを計画することにしました。

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