5.怪しいひと【旅】
スーパークラガリは店員さんも変わっているけど、お客さんも変わり者が多いのでした。
かあさんは、あの日の夕方、つまりおねえちゃんが首だけになって帰ってきたあの日、何が起こったのかを、いまだに話してはくれません。というより、やっぱりどれだけ時間が経っても説明がつかないという感じを受けました。
ただ、ぼくらはうっすらと、このスーパークラガリが関係しているという確信を得つつありました。単なる雰囲気と言ってしまっては身も蓋もないかもしれません。でも、じゃあぼくが見た大きな目の妖怪みたいなやつは一体? かあさんも、ここは何か不気味だと言って近付きたがりません。
だからいっそ、ここに来るひと全員を怪しんで、なにも見逃さないぞと気を張っていれば、手掛かりを見つけられるかもと思ったのです。おねえちゃんの身体のゆくえについての手掛かりを。
そう、学校の図書館で読んだ『エルマーのぼうけん』も、リュックにいろんな道具を詰め込んで、望遠鏡を覗き込んで、りゅうの子を助けにいくのですから。ぼくのリュックはボリスとおなじ青と黄色だから、とても心強く感じます。口には出さないでも、エルマーと同じぼうけんの主人公なのだと高鳴る胸をおさえられないぼくが、心のなかに同時に存在するのでした。
とにかく、この目で見たものだけを信じるにせよ、このスーパーが変なのは間違いないのです。
で、心が駆け足になるままに、声をかけられた勢いで喋くってしまったことを、ぼくは今猛烈に後悔していました。
そのひとは、この前の店員さんとはまったくタイプが別でした。おじさんってほどではないかもしれないけれど、若いお兄さんというわけでもない男の人で、この凍えそうに寒い店内で、なんと裸足に下駄を履いています。
「ここ、古い蔵を借りてるからクラガリって名前らしいぜ」とか「EDLP(エブリデイロープライス)ってやつだよな」とか、こちらが聞いてもいないような、どこかで聞いたようなことをべらべらと話します。
うまく言えないけれど嫌な臭いがするし、親戚みたいな顔でぼくの後ろをゆらゆらとついてくるのが、とても気味が悪いです。さっきからずっと背筋も寒い。
「きみら、どこから?」
「えっと……G市です」
相手をしないほうがいいのかもしれない。でもこちらが下手に大声を出したりしたら、変な気を起こすんじゃ? うまい切り返しなど思いつきません。とにかく、知らないひとに住所を教えてはいけないと思い、咄嗟に反対方向の地名を口走りました。おばあちゃんの家まで着いてこられたらどうしよう。
それでも、訊かれるばかりでは損です。聞けることは聞いておこうと、「おじさん、この辺で変わったことありませんでしたか」と尋ねます。
「さぁねぇ。最近のことは……──」
──忘れてしまったんだよ、とそのおじさんは、急に静かな物言いで呟きました。ああ変なひとだ、と思ったので、ぼくはおじさんに話を聞くのはやめて、店を出ました。おじさんはなぜかもう追いかけてこなかったので、駐在さんに報告するため急いで交番に寄ることにします。
……本当を言えば、ほんのちょっと、とうさんに似ている気もしました。いえ、顔がとかではなくて、現実に対してどこか惚けたような感じが。かあさんは「とうさんは旅人なんやよ」と言いますが、それは子どもを馬鹿にしすぎってものです。だって旅人なら、ちゃんと手紙を送ってくれるものでしょう。
「ねえトシ、トシくんって」とおねえちゃんが珍しく焦った声で呼ぶので、リュックサックの中を覗くと「いま、誰と話しとったの」と心配そうな顔をするのでした。
なんかわからないけれど、ちょっと変わったおじさんだよ、と答えながら、ぼくは最初に「きみら」と呼び止められたことを思い出していました。
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