2.今晩のリクエスト【食事】

 遠足に行くのに使う、青と黄色のリュックサックが手ごろな大きさでした。

 もちろん、おねえちゃんを持ち歩くための入れ物です。

 おねえちゃんは、フリスビーみたいな、UFOみたいな、見たこともない台座に乗っています。それは首をぐるっと囲んで固定されており、取り外せません。また、首の切断面、に接している部分はお皿のようでもあって、切り口などは見えません。見えないのも、血が出ていないのも良いことです。とにもかくにもぼくが不思議なのは、こんなに元気でお腹がすくって……いったいどうして。もちろん、おねえちゃんが元気なのはうれしいんです、でも、頭が混乱して……。

 身近なひとがこんなふうになってしまった時、いったい初めになにを考えたらいいんでしょうか?

 かあさんが念の為に(?)とお粥みたいに柔らかいものばっかりおねえちゃんに食べさせるので、ぼくは「何か食べたいものとかある?」と聞いてみました。おねえちゃんはいつもと変わらない伏目がちな表情で一言。

「……ミートスパゲッティとか」

 食べづらそうやよね、とおねえちゃんは小さく呟きました。フォークに巻き付ければ……いえ、それは首から下がある人間の道理です。つるつるした細長いものは首だけになった人間のいうことなどきかないでしょう。

 

 ぼくらの住むY市は、言ってみれば田舎で、なかでもぼくらの家は山の中の集落にありました。いちおう、朝昼夕一本ずつコミュニティバスが走っていますし、山道はレストラン併設の道の駅にも繋がっています。車で二十分ちょっと走れば市街にも出られます。サルにもクマにも気をつけなければいけないけれど、結界にとらわれて山を出られないとかは起こり得ません。

 だけどたとえば、バス停におねえちゃんをひとりで待たせるとか、そんなことは五体満足であっても危険なことには間違いない、そんな環境です。

 

 「銀杏公園前」でバスを降り、その名の通り目の前にある銀杏並木のある公園を突っ切って行くのがスーパーへの近道でした。かあさんがチラシの裏に地図を描いてくれたのです。スーパークラガリという変な名前でした。新しくできたお店かもしれません。かあさんは、ぼくのこともおねえちゃんのことも、一歩も家から出したくないと言わんばかりだったけれど、塞ぎ込んでいても仕方ありません。さいわい、「何か」が起きたのはおばあちゃんの家の近くだったそうで、危ないことがあればすぐにおばあちゃんの家か交番に行くようにと口酸っぱく言い聞かせ、ぼくらに自由行動を許してくれたのでした。

 おばあちゃんの家は交番と駐在さんの社宅の裏向かいで、「こども110番の家」のプレートがかかっています。鬼頭さんという駐在さんは、おばあちゃんと緑茶を飲みながらよく世間話をしています。かあさんと同じように、ぼくもおばあちゃんや鬼頭さんが居れば安心だと思いました。

 とはいえ、おねえちゃんはともかく、ぼくは習い事を休むわけにいきません。平日隔日の塾と、習字の教室がある曜日、学校の宿題にあてる日を除けば、動けそうなのは平日火曜日の夕方と、日曜日くらいでした。でも、ちょっとスーパーに立ち寄るくらいはわけないでしょう。ケータイを必ず持っていって、行きと帰りはかあさんに連絡を入れること。夕方になるようであれば、かあさんの迎えをおばあちゃんの家で待つこと。これが話し合いで定められた決め事でした。

 おねえちゃんはぼさぼさになってしまった髪の毛をかあさんにきれいにしてもらいました。仏間の干支の置き物だか花瓶だかのお尻に敷いてあった、小さな赤い座布団を枕に選びました。ぼくのリュックにすっぽりと収まり、開いたチャックの隙間から、じっとこちらを見つめています。

「……ミートスパゲッティ」

「お化けみたいやよ、おねえちゃん」


 

 

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