1.はじまり【むかしばなし】

 これはもう、過ぎた話なんですけど。

 秋だったと思います。セミがもう鳴いていなかったから。

 その日の夕方、かあさんとおねえちゃんはジャスコに行きました。夕飯の買いもののためです。たいてい行くのは近所のバローか、週末ならジャスコと決まっていました。買いものは毎日のことなので、学校に提出する生活ノートにもわざわざ書いたりしません。それくらいどうってことない、些細な日常でした。

 あっそうです、月水金が学習塾で(クラスが違うけどおねえちゃんとぼくは同じ塾に通っています)、おねえちゃんは火曜がそろばん、木曜がバイオリンのお稽古、土曜はスイミングだから、おねえちゃんが家でゴロゴロしていたあの日はきっと日曜日だった。

 ぼくは居間でテレビを観ながら漫画を読んでいました。たしか、今秋新発売のポテトチップスを買ってきてと頼みました。


 けれど、その日かあさんはぼんやりした顔で、なにも買わずに一人で帰ってきました。おねえちゃんは? とぼくが聞いても、頬に手を当てて、質問すればするほど困った顔をして、なにがあったか説明できないみたいでした。


 スーパーで、じゃなければその道すがらで何があったかは分からないのですが、次の日かあさんは、マクラメ編みのスイカネットに包まれた、おねえちゃんの首を持って帰ってきました。

 おねえちゃんは、「星首」というタグをつけられていました。かあさんにレシートを見せてもらうと、見たことも聞いたこともないスーパーの名前でした。値段のところは、かあさんの固い親指でずっと隠されていて、見せてもらえませんでした。


 いつもより一時間も帰りが遅かったので、どこまで買いものに行ったのだろうと心配していたのですが、ぼくはとにかく、かあさんまでいなくなってしまわなくて良かったと胸をなで下ろしました。

 おねえちゃんは、小さな子みたいにかあさんにご飯を食べさせてもらっていました。ご飯は食べられるし、お腹もすくみたいでした。手足の感覚はなくて、塾やお稽古に通えなくなることが困る、と言っていました。


 ひとりで待っている間、飼い犬のレトロはなぜかすっかり怯えた様子でハウスにこもって出てきてくれないし、とうさんもいないし、おばあちゃんの家の電話もつながらないし、正直に言うととてもさみしかったのです。

 朝になってからおばあちゃんの家に確認の電話をしました。かあさんは「おばあちゃんたあ(たち)は寝るのが早いで、としくんの電話に気づかんかっただけやよ」と言ってくれました。


 ぼくは、休みの日や平日の空いた時間に、首だけのおねえちゃんをリュックに入れて、おねえちゃんの身体をさがしにいくことにしました。

 本当は怖かったけど、全部元通りになればいいと思ったから。そろばんも水泳も苦手だけど、おねえちゃんの弾くバイオリンは好きだから。ぼくも教えてもらいたいと思っていたから。お芋のお菓子が終売になるまえにジャスコへ行けばまた買える、それと同じように、今なら間に合う、となんとなくそう思ったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る