第561話 宇宙戦争

 結界と一言で言っても、実際には色々なものがある。

 ペレラで経験したもので言えば、騎士連中が使う魔法のバリアがもっともオーソドックスで、これは魔法攻撃を防ぐ効果がある。

 もうちょっと高度なものだと、弓矢なんかの物理攻撃を防いだりもする。

 毛色の違うものだと、神殿なんかもある種の結界だという。

 神の加護の及ぶ領域を指して結界と呼び、結界術を得意とする神霊術師の目指す究極の術が、神が顕現し支配する領域、すなわち匣を作るものだとかなんとか。

 で、いま緑髪のオリビンが駆るペレラールの騎士の舟、グリースワーグ号の作り出す結界は、まさに戦場一帯を支配するかのようなプレッシャーを作り出すものだった。


「周りは見えていますか、うらなり君」


 オリビンの台詞が脳内に響く。

 燕が使う念話を、さらにクリアで大音響にしたような声だ。


「こういうのを見えてるって言うのかわからんが、まあ見えてるよ」

「同期は十分でしょう。はじめてにしてはなかなか馴染んでいますが、妹のパートナーだけあって、弟のようなものだと思えば、まあこんな物でしょう。準備は良いですか」

「まかせてよ、おねえちゃん!」

「誰がおねえちゃんですか」

「ぐえっ」


 男の子の弱点をダイレクトに踏まれたようなエキサイティングなお仕置きに苦情をのべようとするが、さらっと無視して状況を解説するオリビン。


「戦況は海賊が有利ですね。バリアの削り合いをやめて艦載機を出しています」

「どう違うんだ?」

「学習しなさい」


 オリビンがそう言うと同時に、脳内にどかっと何かの情報が流れ込んできた。

 なるほど、戦艦などの大型艦船同士だとバリアも砲撃も強力なので埒があかない場合、小型の戦闘機で接近戦をやるらしい。

 いわゆるバリアは光学兵器にしか効かないので、バリアが無効な戦闘機でバリアの中までつっこんで、内側から攻撃したりするそうだ。

 あるいは直接乗り込んで白兵戦。

 結構、泥臭いもんだな。

 光学兵器が効かないなら、ミサイルなんかを遠距離でぶち込めばいいのではと思ったら、遠距離だとミサイルなんて遅すぎて全部打ち落とされるっぽい。

 他にも質量兵器だとか宇宙機雷だとか色々細かいアレコレが流れ込んできたんだけど、そのまま抜けていった気がする。

 たぶん、ナンパに役立ちそうにないからだろう。


「戦闘機はエンツィがやるので、こちらはゴッブズⅢのバリアを破ります。穴さえ開ければラトトがフリルソードでつっこんでどうにかするでしょう」

「なんかよくわからんけど、俺は何すりゃいいの」

「あなたはそこで、だまって搾られていなさい」

「いいね、俺の得意なやつだ」

「あなたは、あちらの世界で何をやってきたんです?」

「そりゃあ……」

「いえ、説明は不要です、もう見えました。なんですか、このカームの姿は。しかも闘神と双子!? なんというはしたない、ペレラールの栄光も地に落ちたものです」


 なんだかわからんが、オリビンはお気に召さないようだ。

 幼女も見た目だけなら可愛いのに。


「ああ、ご丁寧にあなたの搾り方までメモしてありますね。では行きますよ」


 次の瞬間、俺の全身をくるむオリビンの髪の毛が一際きつく締め付ける。

 たちまち腰のあたりにビリビリと刺激が走って漏れそうになるが、大事なところがぎゅうっと締め上げられていて出すに出せない。


「うぐぐ、きついんですけど」

「私の中で勝手に漏らされては困りますからね。効率よくパワーだけ引き出す練習だと思いなさい」

「練習って、こんな拷問みたいなことを」

「できの悪い弟分をしつけるのは姉の義務ですよ」

「ひどいやねーちゃん、もっと優しぐぎゃぁ!」


 喋るほどにひどい目に遭いそうなので、黙ることにした。


「いい判断ですね。忍耐こそが騎士の魂を磨き上げるのです。それにしても、これが闘神の力の源だったのですね。宇宙の外から、無限に力を引っ張ってこれるではありませんか。闘神因子を埋め込むなどと言う話を聞いたときは正気を疑ったものですが、これならば確かに」


 喋っている間も周りの景色は変わっていくのだが、どうも視点が神視点というか、ゲームで言えばFPSみたいな主観視点じゃなくて、RTSの俯瞰視点みたいなやつで、しかも複数の視点からの情報が同時に頭に流れ込んできて混乱するような感じなんだよな。

 なんというか、焦点があわないせいで、宇宙戦争中だという実感が湧かない。


「見ようとするから混乱するのです。主観を排除して、戦場の状態そのものを受け入れなさい」

「難しいことばっかり言うなあ」

「ほら、もう目の前にゴッブズⅢのバリアが」


 オリビンの声に促されて視線を少し前に移すと、丸っこい敵の要塞が見える。

 その手前には俺達がいる。

 小さな点のようであり、俺を包む天蓋のようでもある。


「海賊のバリアはラオーレ由来の遮蔽装置がベースになっているので、惑星連合側のそれより強力ですが……」


 小さな点から無数の光のシャワーが敵要塞に降り注ぐ。


「今の私であれば、たやすいものですね。とはいえ、私ではこの力を使いこなすのは難しい……、やはり闘神と同じく、あちら側に直接繋がらなければならないようです。それでカーネリアに話をもっていったというわけですか」


 オリビンがわけのわからん独り言を人の脳内に垂れ流している間も、足下に見える巨大要塞はどんどんバリアを削られていた。

 戦ってる実感がないんだけど、これは楽勝なやつかな、と思ったら、カンプトン中佐が艦長を務める駆逐艦バーバーフスに警告マークがついていた。


「おい、あっちは大丈夫なのか?」

「勇猛さだけが取り柄の軍人に必要なのは、華々しい死に場所ですよ」

「間一髪でちょーかっこいい王子様に助けられて寿除隊ってのも乙なものだと思うが」

「かっこいい王子様の定義はさておき、地球産の原始的なドラマでも、そこまで投げやりではないのでは?」


 などと戦闘中とは思えない会話を繰り広げていると、突然頭のてっぺんに刺さるような声が響く。


「ちょっとあんた達、真面目にやってんの?」


 声の主はカームの妹分、4本足のカーネリアだ。


「見ればわかるでしょう、みるみるバリアを削っておりますよ」

「パワーが余ってるじゃない、あっちにも手を回さないと、バーバーフスがほんとに沈むわよ」

「では、あなたにパワーを回しましょうか」

「いやよ、よその男の絞り汁なんて御免被るわ。私は見た目通り一途なのよ!」


 不毛というか、中身のなさそうな会話を繰り広げる間も、バーバーフスは多くの戦闘機に取り囲まれて大ピンチっぽい。

 いかん、アレは俺のだ。

 俺のじゃないけど、そういう見込みの元に行動するのが俺の俺たるゆえんであって……、


「だったら、もっと気張りなさい。ここでバリアに穴を開けないと、動くに動けませんよ」

「そうは言われても、がんばるのはどうも苦手ぎゃぼっ」


 また痛いのが来た。

 このねーちゃん、ちょっとスパルタ過ぎるんですけど。

 俺がひどい目にあってる間も戦況はめまぐるしく動いているようだが、いかんせんどこまでいってもゲーム感覚で現実味が無い。

 それでもあのピカピカ光る閃光の中で人がいっぱい死んでんのかな、とか思うと気持ち悪くなってきた。

 殺し合いには多少は慣れたつもりだったが、こいつはまた勝手が違うんだよ。


「なんたる惰弱。ならばその有り余った力で戦場を支配しなさい。あなたはいつまでで居るのですか」

「いきなりそんなこと言われても、俺は……」


 俺は、なんだっけ?

 なんか喉に引っかかった小骨のような違和感が、じわじわと広がっていく。


「全宇宙あまねく届く手を持ちながら、その手を目の前の女の乳を揉むことにしか使わぬとは」


 それはそうかもしれんが、そうじゃなくて……。


「しかし、いくらパワーがあっても、プレッシャーが足りませんね。ですがギリギリまにあって……」


 オリビンの声が少し遠ざかり、代わりに戦場全体が少し身近に感じられるようになった。

 要塞を守るバリアがこちらの攻撃で飽和して一瞬途切れる。

 過剰な負荷で火を噴いたリアクターが爆発して、要塞から複数の火の手が上がる。

 同時にフリルソードと呼ばれる宇宙警察機構の軍艦が前進し、ズブリと要塞に刺さった。

 これで決着かと思ったら、要塞から二本、光の筋が伸びた。

 丸い筒状のなにかだ。

 それは敵要塞から射出された海賊ならではの突撃艇、いわゆる吶喊棒と呼ばれる小型船で、向かう先はさっきまで俺達のいた木星アカデミアと呼ばれるコロニーだ。

 丸い筒の中に武装した海賊がみっしり詰まっており、豪華客船やコロニーの外装をぶち破って乗り込み略奪するためだけの舟だ。

 二本の吶喊棒のうち一つはバーバーフスに撃ち落とされるが、もう一本が攻撃をすり抜けてまっすぐアカデミアに向かう。

 あれを逃した結果、乗り込んだ重装備の海賊共があらん限りの虐殺を行う姿が脳裏に浮かぶ。

 犠牲者の中には島津巡査やフルールちゃんの姿もあった。

 いや、これはダメだ。

 そう思ったら虐殺の映像はかき消えて、今度はあの色っぽいロボット艦長のカンプトン中佐が鉄の壁に押しつぶされる姿が見える。

 これもダメだ。

 だがダメだと言っても脳裏に浮かぶ映像が切り替わらない。


「あのバカ! 壁になる気!?」


 突然頭に響いた誰かの声、たぶん妹分のカーネリアだ。

 その声で我に返ると、駆逐艦バーバーフスが吶喊棒の進路を塞ぐように前進している映像が見えた。

 両者が衝突する瞬間、俺は反射的に手を伸ばしてバーバーフスに襲いかかる吶喊棒をつかむ。

 俺の手のひらの中で握りつぶされた海賊どもの断末魔が聞こえる。

 それを聞いている俺は、いまや木星よりも巨大な光る巨人となっていた。

 どうしてこんなことになってるのかはわからないが、こんなことになってしまったらどうなるかはわかる。

 俺はこのまま膨張し続け、瞬く間に太陽系まで飲み込んでしまうだろう。

 でも頭がぼんやりして、どうすればいいのかわからなくなって……。


「よくできました」


 突然頭に響いたオリビンの声で我に返ると、これでもかってぐらい全身をぎゅうぎゅうに締め上げられていた。

 今のは一体何だったのか何もわからないんだけど、とりあえず戦闘は終わったっぽい。

 あともう一つ、確実にわかってることがあるんだけど、パンツの中がネバネバしていた。

 またやっちまったのか。

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