第560話 宇宙英雄

 自分の放つ光の眩しさに目がくらんだかと思うと、何やら一面真っ白い空間に浮かんでいた。

 いつもの白いもやとはまた違う、なんか真っ白い世界だ。

 周りの白さに目が慣れてくると、どうやら自分の足下に真っ白い床が広がっており、所々に黒い染みや、周りよりも一際白く輝くものが点在しているのに気がつく。

 そうした白黒の点に目を凝らすと、上に向かって円錐状に広がったり縮んだりしながら伸びていく。

 これがなんなのかは見てもわからんが、これがこの世界を平面上にプロットした時間推移のグラフのようなものであると言うことは知っていた。

 知っていたので、時間軸上では見にくい今の描像を周波数軸に変換しようと思うのも当然だった。

 時間軸に囚われないというのは、こういう時に便利だな。

 そうして上下で非対称のムラムラした模様の中に、目当てのものを見つけ出す。

 もう一つ、すぐ近くにでかくて真っ白いものがあって、猛烈に俺にアピールしてくるんだけど、まああっちは後回しにしても俺が尻をつねられるぐらいだろう。

 目の前のムラムラした模様のわずかな隙間から、その大切な預かり物を拾い上げた瞬間、視界が元に戻り、俺は褐色全裸美女をお姫様抱っこしていたのだった。




 今の現象が何だったのか、思い返しても何一つわからんが、腕に抱えた褐色美女の重みはよくわかる。

 病院に預けてたはずなのに、アヌマール化してまで俺に会いに来たんだと思うと、胸が熱くなるな。

 周りの連中は敵も味方も倒れており、とりあえず一番近くに居たオリビンの立派な尻をつま先でちょんと蹴る。

 思ったより柔らかい。

 お姫様抱っこで両手が塞がってるので仕方ないのだが、今までの仕打ちを考えるとこれぐらいしてもバチは当たらんだろう。

 一回じゃ起きなかったのでもう一度つつこうかと足を伸ばしたら、いきなりひょいと起き上がってこちらをじろりとにらむ。


「今のは……、うらなり君がやったのですか?」

「すんません、ちょっと手が塞がってたので」

「何の話です?」

「いや、尻をつついた話じゃ……いてっ」


 どこからともなく伸びた緑髪に尻をつねられた。


「そういうのを藪をつつくというのです。私が言っているのは、あの闇の衣をはらった方法についてですよ。その抱えているのが先ほどの闇に囚われし者ですか」

「ああ、多分そう。俺がピカピカ光ると、あんなモヤモヤなんてちょちょいのちょいってね」

「あなた、まだ若干光ってますね。その光は何なんです? センサーには反応しないのに、私の意識は明確にそれを捕らえています。放浪者とはそう言うものなのですか」

「さあなあ、むしろ俺が教えてほしいぐらいだが」

「あなたの話は、まったく要領を得ませんね。説明とは出し惜しみせずに論理的に行うものです」

「それに関してはまったく同意だが、わかってない物を説明するのは難しいもんでだな」

「まあ、いいでしょう。それで、そのお嬢さんはもう大丈夫なのですか?」

「わからん。今までも何度かこの状態になって襲われたからな」

「完全に回復するわけではないと」

「どうだろう。だけど、そこのイーネイス……三人娘の一番ノッポのやつも、前にその状態になったんだけど、今は大丈夫っぽいんだよな」

「曖昧な話ばかりですね。ですが、その話はあとにしましょう。あなたは皆を介抱しなさい。私はあちらの三下海賊共を拘束します」

「あいよ」


 褐色美女おねーちゃんのサンスースルを床に寝かせて、周りの連中を起こして回る。

 幸い、けが人はいなかったのだが、ラテン娘のフルールちゃんや、不幸な巡査の島津ちゃんはアヌマール化したサンスースルの闇の衣に当てられて、おびえていた。

 うちの従者三人娘の方も平気とは言いがたいが、それでも慣れがある分、まだ平静を保っているようだ。

 メッキ土偶のバルキンと一緒に、周りを警戒している。

 なにより、この異国の地で俺を守るという使命に燃えてるっぽい。

 従者にとって、特にホロアにとって主人に尽くすことは何よりの生きがいな訳で、そういう所をよりどころに成長できるチャンスなのかもしれない。


「今の、なんなんです?」


 まだ震えの残る島津巡査が、どうにか口を開いて言葉をひねり出す。


「あれはなんというか、宇宙の外からやってきて、すべてを食らい尽くす化け物というか」

「なんですかそれ、私は真面目に聞いてるんです!」

「気持ちはわかるんだけど、世の中にはそういうものもいるんだよ、宇宙は広いねえ」

「何が宇宙の外ですか、安っぽいSFじゃあるまいし」

「俺の感覚からすると、宇宙人がやってきて宇宙海賊とドンパチするような状況も十分安っぽいSFに思えるけどね」

「そう言う話じゃありません!」


 怒ってるうちに、島津巡査は心が落ち着いてきたようだ。

 一方、最後までグーグー寝ていた海賊グラニウルは、周りの海賊を拘束して戻ってきたオリビンに尻をつねられ起こされた。


「あいたっ! なにすんだよまったく、人が気持ちよく寝てたってのに」

「サボってないで働きなさい」

「狼女はどうしたよ」

「逃げられました」

「片手落ちだねえ」

「それより、やることができたので移動しますよ」

「あん、酒はもう手に入ったぞ。他になんかあったっけ?」

「カーネリアと合流して、ビエラ・バスチラを追います」

「その件は諦めたんじゃなかったのか、

「手の打ちようが無いから放置していたのです、解決の糸口が見えればすぐさま行動するのが真の騎士と言うもの」

「騎士道なんて流行らねえよ、騎兵隊にしようぜ、ハイヨーシルバーってな」

「そういえばあなた、地球の映画ばかり見てましたね。あんな独善的なドラマのどこが気に入ったんです?」

「泥臭いところがいいんじゃないか、配慮の行き届いたお行儀のいい映画は飽き飽きだ」

「人の趣味に口を出す気はありませんが……」


 そこでいったん会話を打ち切ったオリビンが、長い髪の毛を器用に使って、簀巻きにされた市長をどさっと放り投げる。


「フルール、恨みを晴らすなら、今やってしまいなさい」


 ラテン娘のフルール嬢は、未だ震える体を起こして、足下に転がる簀巻きをにらみつけ、拳を握りしめていたが、ふいに力を抜くと、大きく息を吐いた。


「もういいわ、無抵抗の人間に手を出したら、私の空手魂がくさっちゃう」

「良い心がけです、ではここで別れるとしましょう」

「で、でも、私は……」

「あなたはお兄さんを解放するのでしょう。こいつの首があれば、それが叶います」

「わ、わかった」

「島津、警官隊が来るまであなたも彼女に付き従いなさい」


 言われた方の島津巡査はムキになって反対する。


「なんであなたに命令されなきゃならないんですか、私はそのうさんくさい人を守る任務があるんです!」

「うらなり君に護衛は必要ありませんが、フルールには必要です。まだ残党が残っていますからね」

「それは……でも私は!」


 食ってかかる島津巡査を制するように右手の甲をかざしたオリビンが、手の甲を光らせる。


「惑星連合憲章に基づき、このオリビンが命じます。民間人を保護し、捕らえた賊を現地警察に引き渡しなさい、よいですね」


 言われた方の島津巡査は、顎が外れるほど驚いて、


「え、なんで、なんで!?」

「返事は」

「は、はい、了解……しました」


 そう言って敬礼を返す島津巡査。

 なんだろう、催眠術をかける怪しい光線とかじゃねえだろうな。

 それよりもパーティからかわいこちゃんが抜けてしまうと俺のやる気が減るんだけどなあ、などと愚痴る俺に、島津巡査が近づいてきて、


「黒澤さん、気をつけてくださいね、あなたに何かあったら自分の首が飛ぶんですから」

「ははは、まあがんばるよ。そっちこそ大変そうだけど」

「ええ、たぶん、こっちはなんとかなります。でも、そちらは……」


 島津巡査が話し終える前に、突然突風が巻き起こり、俺達の頭上にでかい船が現れた。

 インゲン豆のような形をした、グラニウル達の舟だ。

 あとに残る二人と別れて、へんちくりんな形の舟に乗りこんだ。

 オリビンが用意してくれたベッドに褐色お姉ちゃんのサンスースルを寝かせ、ついで3人娘とメッキ土偶のバルキンを伴い、食堂に移動する。

 食堂に入ると海賊グラニウルはさっそく胸の谷間からさっき盗んだボトルを取り出し、頬ずりする。


「さあておまちかねのご褒美タイムだ。これがあるから海賊はやめられないってね」


 浮かれるグラニウルに、オリビンが水を差す。


「どうやら、そんな暇は無さそうですよ。あれを見なさい」


 壁一面にドデカく木星が映し出され、その周辺ででかい要塞みたいなのがバーバーフスとフリルソード、すなわちこちら側の軍艦に猛攻撃をかけている。


「なんだ、あのドデカいの」

「矮星級要塞艦ゴッブズⅢですね。大幹部ホワグダーの旗艦という噂です」

「あれが? まじかよ、星系ごとぶっ潰す気か?」

「あちらも本気と言うことでしょう。イカれ牛とラトトだけでは、いささか荷が勝ちすぎるでしょうね」

「なんだ、やる気なのか?」

「ここでもうしばらく活動するなら、恩を売っておくべきでしょう」

「とかなんとか言っちゃって、さっきも嬢ちゃんにかっこつけてたもんな」


 そう言って冷やかすグラニウルをじろりとにらみつけていると、通信が入って、壁の一部にかわいこちゃんの顔が映し出される。

 カーネリアという名のカームの妹分だ。


「ちょっとオリビン、呼んでるんだから出なさいよ」

「取り込み中だったのですよ、カーネリア」

「あれ、見えてるんでしょ。ちょっと手伝いなさいよ」

「面倒ですが、仕方ありませんね」

「あらほんと、どういう風の吹き回しか知らないけど言ってみるもんね。で、どっちがやるの?」


 カーネリアの問いかけに、オリビンとグラニウルは互いを指さすが、グラニウルがオリビンの次に俺を指さしニヤリと笑う。


「はぁ……、妹のパートナーを乗せるなんて、悪趣味なまねは避けたいところですが、レクチャだと思って一肌脱ぎますか」


 そう言ってオーバーにため息をつき、じろりと俺をにらむ。


「ついてきなさい、うらなり君。あなたにペレラールの騎士の戦い方というものを、レクチャして上げましょう」


 なんだかわからんが、言われるままにホイホイついていくと、狭いコクピットみたいなスペースに押し込まれ、続けてオリビンも乗り込んできたかと思うと、髪の毛が俺の全身を繭のようにくるんでいく。

 一瞬何も見えなくなったかと思ったら、頭の中に周りの映像やら、俯瞰図やらがどちゃっと流れ込んできた。


「これどうなってんの?」

「思ったより馴染みますね。カームがしっかり調教していると見えます」

「いや、だからこれ」

「説明は不要、意識を集中して感じなさい。見えているでしょう。見えてしまえば、あとは潰すだけです」


 言われるままに意識を周りに飛ばすと、さっき見た巨大要塞とか、カームの妹とか、バーバーフスのカンプトン中佐とかがよく見える。

 そしてそれ以上にドデカいものが……、あれはなんだ?


「あれは気にしなくてよろしい。では出撃しますよ」


 気がつけば俺達の乗ってるインゲン豆風の宇宙船が、なにかの花のような形に変形していく姿を俺の意識が俯瞰視点で捉えていた。

 五枚の花弁が優雅に波打っているかと思えば、ゆっくりと開いていく。

 ついでオリビンの声が、意識に直接注ぎ込まれる。


「シグナルを全宙域に発令、コード007、宇宙英雄グリースワーグ、これより海賊共を殲滅する」


 次の瞬間、髪の毛にくるまれた俺の全身が粟立つと同時に、木星圏全域に結界が張られたことを、俺の意識が認識したのだった。

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