第559話 ラッキースケベ

 逃げた市長を追いかけるべく、市長室を出る俺達。

 さっきまでうじゃうじゃいた武装集団も姿を消している。


「あっちか」


 天井を見上げた海賊グラニウルがつぶやく。


「オリビーン、地図よこせ、地図」

「いい加減、自分でできるようになりなさい」

「面倒なのは、向いてないんだよ」

「まったく……」


 緑髪のオリビンはオーバーに肩をすくめると、どこからともなく名刺サイズの板を取り出す。

 それをぽんと放り投げると、紙飛行機のようにすっと飛んで行って俺達の少し前で停止し、空中に地図を投影し始めた。


「マーカーは生きてるな。ほら、さっさと走るぞ」


 グラニウルは俺の尻を蹴り上げて、名刺地図の示す方に走り出す。

 扱いが雑だなあ。

 雑に扱われると興奮する俺の弱点を的確に突かれてる気がして癪なんだけど、まあとりあえず走ろう。

 途中、エレベータに乗り込んで下層に向かう。

 コロニーでは中心部の方が下層になるそうだが、重力のあるフロアは外側に向かって地面があるので、下層が向かって上にある。

 ややこしいな。

 とにかく、中心方向に向かって進んでいるわけだ。


「さっきの市長さん、逃げるんなら外に向かった方が良かったんじゃ?」


 誰とも無しに質問すると、緑髪のオリビンが、


「上層の港は混乱してるでしょう。それに下に降りるほど監視が行き届かなくなるので、舟を隠しやすいものです」

「ふうん、じゃあ、舟に逃げ込まれる前に追いつくべきか」

「それがわかっているなら、もっと走りなさい」

「そうは言われても、日頃の運動不足が……」


 平均的日本人と比べれば鍛えてるはずなんだけど、ここに居る連中は俺よりもだいぶフィジカルが強いようだ。

 戦士として頼りない従者トリオでさえも、単純な体力なら俺より上だしな。


 エレベータを三回ぐらい乗り継いで、でっかいコンテナが並ぶ倉庫みたいなスペースに出た。

 さっきドンパチした倉庫は、なんというか地上でもよくある普通の倉庫みたいな建物だったが、ここはもっと広大なスペースにドデカいコンテナ並んでおり、巨大なドローンやフォークリフトを人型にしたようなロボットがコンテナをあちこちに運んでいた。

 SFだとこういう場所で銃撃戦とかしそうだよな。

 時代劇や特撮だと毎度クライマックスに同じ採石場が登場したりすることあるけど、海外ドラマでもそういうおなじみの場所ってあったりするのかなあ。

 ジョンフォードポイントとかそういうやつ。

 などと考えながら走っていると、突然側面から集中砲火を浴びる。

 バリアが全部はじいてくれるんだけど、いきなりくらうとやっぱりビビって躓いたりするわけで、そうなると当然目の前にあるでかい尻に顔面から突っ込んだりするわけだ。


「きゃあ!」


 可愛く叫んで俺に回し蹴りをかました島津巡査が、慌てて吹っ飛んだ俺を引き起こす。


「す、すみません。驚いたもので」

「いや、こっちこそ申し訳ない」


 そんな俺達を見たオリビンが、


「乳繰り合ってる暇があったら、応戦したらどうです?」

「いやあ、俺はほら、平和主義者だから」

「平和主義と日和見主義は別物ですよ。真の平和は血塗られた階段の途上に時折現れる踊り場のようなもの」

「やな平和だな」


 そうぼやいた瞬間、砲撃が止む。

 同時にガチャコンガチャコンと鳴り響く巨大なメカの音。

 振り返ると全長十メートル超えのフォークリフト・ロボが、鉄パイプをブンブン振り回しながら迫ってきた。

 運転席っぽいところにはさっきバリアで吹っ飛ばされた海賊の狼女が乗っている。


「グラニウルぅ、あんたの首を持って帰ればあたしもギルドの大幹部さぁ」

「なんだ、まだ生きてたのか。しつこい女は嫌われるぞ」


 うんざりした顔で答えるグラニウル。


「減らず口はぁ、そこまでだっ!」


 太い鉄パイプで殴りかかってくるが、例のごとくバリアに当たってグニャっとひしゃげて、反動か何かで腕の関節が火を噴く。


「なんじゃこりゃあ、どうなってんだよ、そのバリアはよぉ!」


 わめく狼女に向かってグラニウルが、


「そいつはこっちが聞きたいね……、っと、オラァ!」


 突然俺に向かって回し蹴りをきめたかと思うと、何もないはずの目の前で、何かが吹っ飛ぶ。


「遮蔽フォルムなんぞ持ち出してくるとは、やる気じゃねえか、オリビン、アレだせアレ!」


 グラニウルが相棒に向かって叫ぶと、オリビンはうんざりした顔でどこからともなく取り出した赤いカードをパキッと折る。

 折れたカードはたちまち砕けてあたりに赤いガスをまき散らした。

 バリアの内側にガスが広がると、何もなかった部分が人型にバリッと光り、のっぺりした全身テカテカ人間が何人も現れた。

 バリアはどうしたんだよ、バリアは!


「指示はもうちょっとはっきり出しなさい。それから、うらなり君も自分で殴りなさい」


 オリビンはそう言って髪の毛の拳骨で俺を取り囲むのっぺり人間を殴りつける。


「いや、こういうのは向いてないんで」

「じゃあ、何が向いているんです?」

「さあ、かわいこちゃんの尻を追いかけるとか」

「立派な自己分析で」


 オリビンは喋りながらも殴り続けているが、それでも数が多いのか、敵の一人に腕を捕まれてしまった。


「ご主人様を離せ!」


 そう叫んでノッポ従者のイーネイスが伸縮警棒で殴りかかると、腕をつかんでいたのっぺり人間は吹き飛んでしまう。

 お、いけるじゃん。

 みると残る二人のエキソスやバドネスもどうにかやり合っている。


「おや、ヴァレーテの方が頼もしいですね。そちらの二人もいけそうですか」


 オリビンの台詞を聞いて確認すると、いつの間にか手枷を外された清水巡査が正拳突きでのっぺり人間をぶん殴ってるところだった。

 空手と言っても、うちのキンザリスなんかはちょっとカンフーっぽい動きだったが、こっちはまんま空手って感じだな。

 なんか腰がどっしりしている。

 ケツもでかかったしな。

 ラテン娘のフルールはもうちょっと軽やかな動きだが、こっちもバカスカ蹴っている。

 メッキ土偶のバルキンもなんかいい感じに暴れている。

 相手もプロの軍人っぽいんだけど、肉弾戦なら戦力的にこっちが少し上か。

 足を引っ張らないように黙って応援しているが、やっつけてもやっつけても湧いてくる。


「いくら雑魚でも数が多いとうんざりするな。このままじゃ市長に逃げられちまうぞ」


 グラニウルが殴りながらぼやくと、その台詞にかぶせるように、拡声器越しの声が響く。


「ハハハ、噂の神子だけでなくグラニウルの首まで持ち帰れば私も大幹部に昇進だ、ド田舎の市長などと言うちんけな仕事ともおさらばだ!」


 声のする方向を見ると、巨大なドローンのカーゴにさっきの市長が乗っており、手にしたメガホンで叫んでいる。

 やることがいちいち派手だな。

 どうも俺とは住んでる世界が違うようだが、ああいうどこかネジの外れてる奴が海賊になるのかもしれないなあ。


「ガハハ、さあ私の肥やしとなるがいい。幹部だ幹部、大幹部、ガハハハハッ!」


 メガホン片手に笑いながら叫ぶ市長は、やはりイカれてる。


「海賊の幹部ってのはそんなにありがたいもんなのか?」


 隣で殴り続けてる緑髪のオリビンに尋ねると、


「まさか、肥だめのクソが、処理場のクソになる程度の差ですよ」

「なるほどね、んっ?」


 妙な気配を感じてあらためて市長を見ると、その背後に黒いモヤが浮かんでいた。

 見慣れたあれは、アヌマールの放つ黒いモヤだ。


「ガハハ……、ん、なんだこれグギャァ」


 メガホン片手に叫んでいた市長は、黒いモヤに包まれてその場に崩れ落ちた。


「あん、なんだありゃ」


 のっぺり人間を羽交い締めにしていたグラニウルが、市長を見上げてつぶやく。

 釣られて見上げたオリビンが、珍しく驚いて、


「あれは、まさか闇の衣!?」


 次の瞬間、黒いモヤがはじけると、その衝撃波で俺達も周りののっぺり人間も吹っ飛ばされた。


「ぎゃあっ!」


 叫びながら床をゴロゴロ転がると、何か柔らかいものにぶち当たる。

 もしやと思って顔を上げると、はたして島津巡査の尻だった。


「黒澤さん、あなたわざとやってるんじゃないでしょうね!」

「まさか、多分違うと思うけど、どうかな」

「なにが多分って、ヒッ、な、なんなのあれ!」


 あからさまに震え出す島津巡査の視線の先には、アレがいた。

 アレというのはもちろんアヌマールだ。

 人型のぼんやりした黒い塊に、赤い目玉が二つ、鈍い光を放っている。

 そいつがすうっと寄ってきたかと思うとバリアを砕いて一直線に俺に向かってくる。

 その横っ面にグラニウルがストレートをたたき込むが、逆に弾き飛ばされた。


「なんだこいつ、やるじゃねえか」


 吹っ飛んだグラニウルをかばうようにオリビンが前に立ち、


「いくらあなたでも、闇の衣には手が出ないでしょう」

「あれが? たしかに手強そうだ」


 清水巡査とラテン娘のフルールちゃんはパニック状態に陥ってるし、うちの三従者もかろうじて自我を保っているものの明らかに震えている。

 のっぺり人間たちもひっくり返っているし、少し離れた場所で様子を見ていた狼女も同様だ。

 この場でアヌマールに対峙できているのはグラニウルとオリビン、それに俺だけだった。


「想像以上のプレッシャー、かつてのリドのようですが……」


 そうつぶやいたオリビンがこっちを見て、


「うらなり君はずいぶんと平気そうですね。あれを見てなんとも思わないんですか?」

「いやまあ、慣れてるから」

「あれに慣れる? それはどうい……」


 オリビンが喋り終わる前に、アヌマールの体の一部から黒い触手が伸びてオリビンに襲いかかる。

 攻撃を受けようと広げた髪の毛ごと吹き飛ばされて壁に激突するオリビン。

 痛そうだ。


「イタタっ……ちょっと効きますね。うらなり君、慣れてるならどうにかならないんですか。貴重な見せ場ですよ」

「たしかに、今こそ真打ち登場ってシーンだな」


 そう言って指輪に手をかける。


「ペレラ一のモテ男の真骨頂だ、とくとご覧あれ!」


 そう叫んで指輪を外すと、かつて無いほどの光が俺の前身から放たれ、そのあまりのまぶしさに自分で目がくらんだのだった。


***


再アップが最新話まで追いつきました。

以降は毎週日曜日の更新予定です。引き続きご愛読のほど、よろしくお願いします。

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