第558話 スコッチ
天井まで伸びたでかいビルにつっこんだ俺達は、立ち上る煙にむせながらアメ車から降りる。
「ゲフゲフ、むちゃするなあ」
むせながら愚痴っていると、今度は降り注ぐスプリンクラーの水を浴びる。
「ちくしょう、踏んだり蹴ったりじゃねえか、なんでこんな目に……」
俺達が車ごとつっこんだのは、オフィス風に机の並んだ広いフロアで、すでに避難した後なのか、人の姿はない。
スプリンクラーを避けるように廊下に出ると、他の連中もぞろぞろやってくる。
「ミサイル一発で水浸したぁ、最近のビルは軟弱だな」
海賊グラニウルが文句を言うと、相棒のオリビンがうなずいて、
「まったくです。そもそもうらなり君がこういう時にきちんとバリアを張っていれば濡れずに済んだのではありませんか」
などと難癖をつけてくるが、もう慣れてきたのでほっといて従者三人娘に声をかける。
ロボットに抱きかかえられて空を飛んできただけあって、まだ青い顔をしている。
かわいい従者にこんな思いをさせるなんて不本意極まりないが、俺の頼りなさも極まってるのでどうにもならんのだった。
「大丈夫か、わけがわからん状況が続いて大変だろうが、バルキンから離れないようにな」
そう声をかけると三人は無言でうなずく。
三人ともハイテクアンダーに、丈の短いジャケット。
腰ベルトには伸縮式の警棒というあちらでの通常装備だ。
正直、銃撃戦になったら手が出ないんじゃないだろうか。
まあ、そこは俺も変わらんが。
しかし参ったな。
普段、役に立つかどうかで従者にする相手を選んだりしない、などとかっこつけてるが、今の状況でこの3人を連れ回すのは正直しんどい。
せめて内なる館に入れればと試したりもしたんだけど、なんか入れないし。
入れたり入れなかったり、入れても何もなかったりといい加減すぎるんだよな。
さすがは俺の能力だ。
とりあえず、頼みの綱はメッキ土偶のバルキンだ。
この巨大で無骨でピカピカしたロボットは、言葉も満足に通じないけどなんか味方っぽい。
どういう味方かはわからんのだけど、こっちの世界でも同型のロボットが骨董品扱いで存在しているらしい所から見て、たぶん外宇宙から10万年以上前にやってきたロボットなんだろう。
ということは、岩窟の魔女と一緒に墜落して山の中に埋もれていた仲間だという線が濃厚だ。
そこの所を確認したいのだが、落ち着いて話す余裕もないままに俺達は襲撃を受けている。
相手はどう見ても軍隊って感じの連中だ。
「なあ、ここって市長の居る役所じゃなかったのか? なんであんなフル装備の軍隊が居るんだ?」
手枷で拘束されたままの島津巡査に尋ねると、
「知りませんよ、警備員ぐらいいるでしょう」
「警備員にしちゃ物騒すぎない? めっちゃ銃撃されてるんだけど」
バリアで無効化されてるとはいえ、視界がくらむほどのレーザーの集中砲火を受けており、廊下の壁が溶けて中の鉄筋がむき出しになっている。
「装備からして、先ほどのマフィアと同じでしょうね。こちらはまともな訓練を受けているようですが」
とは緑髪のオリビンの談。
「なんでマフィアが役所の警備をするんです!」
島津巡査がつっこむと、オリビンはあきれた声で、
「PSSCなんて軍の天下りか、海賊の隠れ蓑の二択でしょう。何をいまさら」
「映画か何かじゃないんですよ、いくら潜んでる海賊が多いからって、そんないい加減な話があるわけ……」
「現にあるではありませんか。寝ぼけたことを言ってないで、これで応戦でもしたらどうです?」
そう言ってどこからともなく取り出した銃のような物を手渡すが、よく見ると水鉄砲だった。
煽るなあ。
島津巡査は無言のまま手にした水鉄砲を怪力で握りつぶす。
プラ製とはいえ、潰れるか?
どんな握力だよ。
怖いなあ。
怖いので視線をそらすと急に銃撃が止み、代わりに手榴弾みたいなのを投げてきた。
「グレネードだぞ、防げるのか、うらなり君」
急にグラニウルが質問してくるが、返事をする前に閃光がほとばしり、あたりに白煙が充満する。
バリアに触れたガスが一瞬バチバチと光るが、ガス自体はすぐに透明になって消えた。
「干渉ガスかよ、つっこんでくるぞ、気合い入れろよ」
みると刃の部分が光る斧や槍を手にした武装集団が襲いかかってきた。
全身黒いタイツで顔はでかいゴーグルで覆われたマッチョ連中で、そんなのが武器を手に無言で襲いかかってくるわけだ。
はっきり言って怖い。
思わず身構えるが、猛スピードでつっこんできた黒タイツはバリアに激突して、弾き飛ばされる。
続けざまに3人ほど吹っ飛んで床に転がったところで、突撃してきた集団の足が止まった。
「なんだこれ、レーザーだけじゃないのか、どんなバリアだ?」
グラニウルは自分の手でバリアをゴンゴン叩いてみるが、俺に聞かれてもわからんよな。
それを見たオリビンが、
「そういえばうらなり君のバリアは闘神のスフェロマック・フィールドでしたね。ならばこのまま進みましょうか。市長の居場所はわかりましたが、逃げる準備をしているので急ぎますよ」
そう言って歩き出す。
床に転がってもがいている連中をバリアで押しのけながらずんずん進むと、正面で斧や槍を構えた連中も後退を始める。
シュールな絵面だなあ。
角を何度か曲がると、広い廊下に出る。
その突き当たりには武装した集団が壁を作って扉を守っていたが、気にせず突き進むとバリアに押されて吹き飛ばされていく。
緊張感ねえなあ。
バリアは壁や床とは干渉しないようで、そのまままっすぐ扉の前まで行くと、グラニウルが扉を蹴り開けた。
中ではさっきテレビで見た市長と、数人の仲間っぽい連中がいる。
「なんだ、もうマスコミはいねえのか。せっかく生中継で暴れてやろうと思ったのによ」
侵入者に驚いた市長の仲間は銃を取り出して撃ってくるが、これも当然バリアではじかれる。
グラニウルはというと、そちらは無視して一直線に酒の飾られたキャビネットに向かう。
「うひょう、あったあった、シャドウオークの1926。うーん、会いたかったよ、私のスコッチちゃん」
そういってボトルに口づけるグラニウル。
「な、なんだおまえ達は」
あっけにとられた顔の市長に、隣の秘書っぽい女が耳打ちする。
「アレが例の? なぜここに居る!」
そう言って秘書に怒鳴り散らす市長に向かって、酒瓶の隣に置いてあったトロフィーをグラニウルが投げつける。
こっちが投げる分にはバリアを素通りするようで、無駄に立派なトロフィーが、市長のテカテカに固めた髪の毛をかすって壁にめり込む。
「おいおい、自分からちょっかい出しといて、逆に攻められたら逆ギレか? スマートじゃねえなあ。政治家と海賊はもっとスマートにあるべきじゃねえか、なあ海賊エレ・レラ・ハウ!」
続いてもう一本のトロフィーを女秘書の、今度は顔面に向かって投げつけると、事もなげに素手で弾き飛ばした。
「グラニウルぅ、巫女の犬がぁ、よくもまあノコノコとやってきたもんだぁ」
鈍く、震えるようなバリトンボイスが部屋中に響くと、女秘書の体はみるみる毛むくじゃらの狼男、いや狼女かな、そういう感じに変身していく。
変身能力って流行ってんのかな。
などとのんびり眺めていると、狼女は凄い勢いでグラニウルに飛びかかり、バリアに頭から激突して弾き飛ばされ、天井にめり込んでノビてしまった。
「なあ、うらなり君よ、これどうにかならんのか? ちっともしまらねえじゃねえか」
あきれた顔のグラニウルだが、俺もそう思う。
多分、俺がいなかったらもっとハリウッド風のド派手アクションが目白押しだったんだろうなあ。
「あ、逃げた!」
ラテン娘のフルールの声につられて市長の方を見ると、姿が見えない。
どうやら足下に脱出用のシュートがあって、そこから逃げ出したようだ。
そんな漫画みたいな仕組みがほんとにあるんだなあ。
それで、こっから追いかけるのか、別の手段を使うのか確認しようとしたら、島津巡査が天井に刺さった狼女を見上げて、何かつぶやいてる。
「あの顔、手配書で見覚えが……」
「なんかそいつも海賊らしいぞ。えーと、エレエレとか」
「海賊エレ・レラ・ハウ! なんでこんな所に」
驚く島津巡査にグラニウルが、
「さっきの市長とグルだったからに決まっているでしょう。どうします、ここに残ってこいつを突き出せば、立派な手柄になりますよ。これ以上あなたの面倒を見るのも大変なので、こいつの首は手切れ金代わりに差し上げますが」
「なっ……、わ、私の任務はそこのうさんくさい人の護衛です! あなたたちから目は離しません」
「いい覚悟です、ではしっかりと見届けなさい。フルール、あなたはどうします? あの市長の失脚はほぼ確定ですが」
状況について行けずに固まっていたラテン娘のフルールは、我に返って叫ぶ。
「冗談じゃないわ、まだあのツラに一発入れてないもの!」
「いいでしょう、ではグラニウル、行きますよ」
「なんだ、結局いくのか。じゃ、追加料金にあと2、3本……」
高そうな酒のボトルをさらにくすねると、でかい乳の間に押し込んだ。
あれどこに入ってるんだろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます