第557話 アメ車

 バリアの外ではドガガガッと激しく響く銃撃戦が繰り広げられているが、飛び交う銃弾を物ともせず、海賊グラニウルと相棒オリビンは拳骨で武装集団をノックアウトしていく。

 実質三十秒ほどで勝負はついたようで、狭い屋内には十人ほどの気絶した連中が転がっていた。


「な、なんなの、こいつら」


 バリアで守られていたラテン娘は青い顔で震えているが、グラニウルは体についた埃を払いながら、


「さてね、装備はともかくシロウトに毛が生えたような動きだ、警察や軍じゃないだろ。さっきのマフィアとかじゃねえのか?」

「なんでマフィアがうちを襲うのよ」

「心当たりは山ほどあるが、ま、いいじゃねえか。それよりどうする?」

「なにをよ!」


 グラニウルはいまだ映し出されたままの市長の映像を指さし、


「私は今からこのハリボテ野郎の所に乗り込んであの酒をぶんどる。ついてくるなら、あんたもあのツラに一発かましてやれるかも知れねえぞ。あんたらのやりたいことってのは、つまりそれだろう。誘拐だの証拠集めだの、そういうまだるっこしいことは、そっちのうらなり君みたいなのがやるこった」

「そ、そんなこと、できるわけ……」


 悪い海賊が悪い誘惑をしてるなあ、と見守ってたら、緑髪のオリビンが俺の尻を叩く。


「こういう所で気の利いた台詞を言うことで男を上げるのがペレラ流ですよ」

「地球流だと沈黙は金、雄弁は銀、っていうんだよ」

「本当に頼りない。そんなことではあなたのヴァレーテも気苦労が絶えないことでしょうね」

「それはそうかもしれん。あいつらは大丈夫なのか?」

「バルキンが守っているから問題ありませんが、その頼りないツラでも見れば安心するでしょう。さっさと移動しますよ」


 オリビンが髪の毛を伸ばして俺をグイグイ押しながら部屋から出て行こうとすると、ラテン娘が覚悟の決まった顔で呼び止める。


「待って、私も行くわ!」

「な、何を言ってるフルール」


 驚く屋台オヤジを制して、ラテン娘は啖呵を切る。


「もう頭にきた、あのくそったれ市長に一発ぶち込んでやらなきゃ、おさまらないのよ!」

「馬鹿なことを言うんじゃない!」

「オヤジは義姉さんと一緒に避難してて!」


 ラテン娘は壁に掛かったジャケットを羽織るとそのまま外に飛び出した。


「ひゅー、みたかうらなり君。人間ああじゃないとな」


 そう言って煽るグラニウル。


「こういうのを煽動罪っていうんだぞ」

「法の通じない相手には暴力しかねえだろ、それが真に民主的なやり方ってもんだ」

「そうかねえ」


 のこのこ建物から出て行くと、うちの従者三人にメッキ土偶のバルキン、そして不幸な巡査の島津ちゃんが待っていた。


「ご主人様、ご無事でしたか」


 小柄マッチョなバドネスが声をかける。


「心配かけたな、おまえ達こそ大丈夫か?」

「はい、何やら不思議な結界に守られていたので」

「そうか、そりゃよかった」

「バルキン……だっけか、守ってくれたんだな、ありがとう」


 次いでメッキ土偶にも声をかけると、ズズズと返事をする。

 今一人の島津巡査はというと、手枷をはめられたまま、ふてくされていた。


「君も苦労が絶えんな」

「大きなお世話です。さっきの襲撃は何ですか、ここでなにが起きてるんです?」

「これから悪徳市長を殴りに行くらしいぞ」

「はぁ? なんでそんな話に、避難はどうしたんですか!」

「さあ、なんせ俺も人質の身だからいかんとも」

「どこの世の中にそんなにのんびり構えた人質がいるんですか、あなた海賊とグルなんですか?」

「そんな訳ないだろう、なにが悲しゅうてあんな趣味の悪いねーちゃんと……」


 いや、趣味の悪いご婦人も大好きだけど、と自分でつっこみかけたところで突然土煙を上げて車が一台突っ込んでくる。

 思わず身構えるが、運転しているのはさっきのラテン娘だ。

 真っ赤な4シーターのオープンカーで、60年代を彷彿とさせるピカピカのアメ車だ、かっこよすぎる。


「乗って、行くんなら足が要るでしょ」

「ヒュー、地球にもいかす車があるじゃないか」


 上機嫌で助手席に飛び乗るグラニウル。


「アニキが自分で組んだレプリカだけどね。全員は乗れないけど……」


 ラテン娘がそういうとオリビンがメッキ土偶に向かって、


「バルキン、そちらの三人を運んでください。残りはこちらですよ」


 そういって俺と島津巡査を後部座席に無理矢理押し込み、自分もその間に座る。


「じゃあ出すわよ、サスが効かないから、町に入るまで喋らない方がいいわよ」


 いきなりアクセルを踏み込むと、タイヤから煙を吐きながら猛発進した。

 このあたりの道路は舗装が無いか、あってもガタガタの悪路で、ガッタンガッタン揺れるので必死にしがみつく。

 建物の間には疲れ切った顔の住民が普通に暮らしているが、一部は騒ぎ始めたようだ。

 それを横目に都市部の方に近づくと、大きな道路を境に急に町並みが綺麗になる。

 で、こっちは広い道路に乗り捨てられた車や、パニックで走り回る住民が目立つようになる。

 よく見るとタイヤのない車の方が多いな。

 空飛ぶクルマはやっぱりロマンがあるよなあ、などとのんびり景色を眺めていたら、運転中のラテン娘が、助手席でふんぞり返って鼻歌を歌っている海賊グラニウルに話しかける。


「私フルールっていうの、あんたは?」

「私かい? 私は……」


 グラニウルは突然シートで立ち上がると、でかい乳の間からどう考えても入りそうにないサイズのアサルトライフルを取り出し、ぶっ放し始める。


「私はグラニウル、宇宙海賊グラニウルだ、覚えときな!」


 バリバリとフルオートでレーザー弾をばらまくと、どこからともなく襲いかかっていたドローンが次々と爆発していく。

 派手だなあ。


「グラニウル! あの義賊の!? だから助けてくれるの!」

「はん、海賊に義賊も奸賊もあるもんか。あるのは群れる豚か一匹狼か、だけさ」


 打ち終えたライフルを雑に放り捨てると、シートにどかっと座り直す。


「そ、そう……。それで、後ろの人も仲間なの?」

「まさか、私の相棒はその海藻みたいにウネウネしたのだけ……あいたっ」


 オリビンの髪の毛に殴られた。

 どこまでもコントなんだよな、こいつら。


「とにかくだ、例の市長はどこに居るんだ?」

「たぶん、あの一番でかいビルに」


 そういって前方にそびえる一際高いビルを指さす。

 周りのビルと違い、天井まで繋がっていてサイズもでかい。

 見るからにボスが住んでそうな建物だ。

 車が近づくにつれて、周りはパニック状態の住民があふれ、車を走らせるのが難しくなる。


「仕方ありませんね、バルキンに運んで貰いましょう」


 すぐ後ろでうちの従者三人を抱えて地面すれすれを飛んでいたメッキ土偶のバルキンが車の上に飛んでくると、オリビンが緑の髪をにゅるりと伸ばしてバルキンに絡みつく。

 さらにかっこいいアメ車も包み込むと、そのまま空に飛び上がった。


「え、なにこれ、ええっ!?」


 驚くラテン娘のフルールだが、あんがい肝が太いのか、すぐにはしゃぎ出す。


「すごい、エアカーみたい!」

「おいおい、あまりはしゃぐなよ、落っこちるぞ」


 グラニウルがたしなめるが、効果は無いようだ。

 釣られて俺も上から町並みを見下ろす。


「それにしても格差がひどいな」


 一目でわかるほどの町並みの違いにそんなことをつぶやくと、オリビンが興味なさそうに、


「こんな物でしょう」

「AIの支配を受け入れると、これがちゃんとするのかね?」

「さあ、うまく回れば行くかも知れませんが、あまりうまくいってる星を見たことはありませんね」

「ないのかよ」

「あれば、警察機構や海賊が出しゃばる余地は、ないでしょうね」

「そりゃそうか」

「それよりも巡査さん。あなたずいぶん無口ですね、喋るのに飽きましたか?」


 後部席の反対側で小さくなっていた島津巡査が、


「……英語が苦手なんですよ!」

「ああ、あなたコネクタが後付けでしたね。容量も一杯ですか。ではレクチャしてさ仕上げましょう、リピートアフターミー、アイアムアピッグ」

「ぐぐっ」


 そういや今、俺達は英語で喋ってたな。

 俺も多少はわかるがここまでペラペラではなかったはずなんだけど、脳内翻訳万歳だな。


「あれ、あなたもしかしてシズホ? 学生チャンピオンだった?」


 浮かれていたラテン娘のフルールが島津巡査に話しかける。


「は、ハウアユー?」


 突然話しかけられてバグる島津巡査だが、たどたどしい会話を盗み聞きしたところによると、フルールちゃんも木星空手とやらをやってて、以前大会で優勝した島津巡査のファンだったらしい。

 まあ、世間は狭いからな。

 それよりもだんだん状況を把握するのが面倒になってきたので、俺達を上から吊り下げているメッキ土偶のバルキンに抱えられて顔を引きつらせながら空を飛んでる三人のかわいい従者に手を振ってやったりしていると、いつの間にか目的地のビルのど真ん前に来ていた。


「おっしゃ、つっこむぞ!」


 グラニウルが嬉しそうな顔で取り出したドデカいランチャーをビルに向かってぶっ放す。

 そうして開いた穴に車ごとつっこむのだった。

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