第556話 ラム
屋台オヤジの案内で、俺と海賊グラニウルは徒歩で建物の裏路地から地下道へと進む。
俺は別行動中の従者トリオや島津巡査のことが気になったんだけど、
「ガキじゃねえんだ、ちゃんとやるさ」
などとグラニウルはビール瓶片手に雑なことをおっしゃる。
丸投げするにはちょっとあの三人は頼りない上に、ここはあの子達にとって未知の場所だし、何より言葉も通じないのだ。
そこの所を話すと、
「バルキンがついてるだろ、あいつはあんたらを守るのが使命だと言ってたぞ」
「バルキン?」
「あのグルアベンダ製の骨董ロボだよ、あんたの仲間じゃないのか?」
「そういうわけでもないんだが、あいつバルキンって名前なのか、話が通じるのか?」
「そういや声帯がイカれてたね。あとで直してやらんとな。ロボットはもっと大事に扱うもんだ」
「そりゃそうなんだけどな」
汚い路地を進むと昭和の団地か旧共産圏か、みたいな区画に出た。
グラニウルはビールが切れたせいか不機嫌な顔でなにも言わないが、正直この辺に海賊の喜びそうなうまい依頼が転がってるとも思えないんだけどなあ。
そんなことを考えながら団地三階の一室に連れ込まれると、ジーパン姿のラテン娘が出迎えた。
ちょっと幸先いいなと思っていたら、急にラテン娘が怒り出す。
「ちょっとオヤジ、こんな時にまた食いっぱぐれを拾ってきたの!? うちにそんな余裕ないってわかってんでしょ!」
「そうじゃねえ」
「じゃあなによ! そんなタイツなんか着て、外モノでしょう」
「いいからあっちに行ってろ、フルール」
若い娘はフンと鼻を鳴らして部屋から出て行く。
「すまんな、それよりなんか飲むか? ラムしかねえが」
そう言って棚からボトルを取り出すと、グラニウルは目を輝かしてビンごとぶんどる。
「なんだいいのがあるじゃないかい、話はそっちのうらなり君にしな」
そう言って固そうなソファに寝そべって、一人でグビグビ飲み出す。
しょうがねえな。
俺も怪しい頼み事なんて聞きたくないんだけど、この流れで聞きたくないとは言えんよな。
いやでも、たまには自己主張した方がいいかな、大局的にはその方が結果的により質の高い日和見ムーブを決められるんじゃなかろうか。
などと悩んでいたら、オヤジが窓から見える景色を眺めながら勝手に話し始めた。
「あの壁の向こうが見えるか、こっちとは大違いだろう。だが行政上は同じネオ・ラファイエット・エリアってことになってる」
ラファイエットってフランス風の名前だけど、住民の雰囲気はアメリカっぽいよな。
アメリカにもあったっけ?
「ここの市長、ガストンってのが典型的な悪徳市長でな、さっきのマフィアだけでなく、外資系のうさんくさい連中も呼び込んで、阿漕なことをやってる」
「ふうん」
「興味がなさそうだな」
「そりゃあね、自分の土地のことは、自分達で片をつけるもんだ」
「そりゃそうだ。俺の息子もそう言って、真面目に勉強して役人になって、町を良くしようと必死に働いたあげくに、今じゃ留置所さ」
「賄賂でも貰っちまったか?」
「まさか、貰わなかったから、ぶち込まれたのよ!」
そう言って入ってきたのはさっきのラテン娘だ。
気の強そうな顔で俺達をじろりと見回すと、グラニウルからボトルをぶんどる。
「おいおい、まだ残ってるぞ」
「昼間っから飲んでるんじゃないわよ!」
「地球人は昼間から飲まずにいつ飲むんだ?」
「仕事が終わってからよ!」
そう叫んでボトルをテーブルにでんと置くと、
「オヤジ、こんな奴ら呼び込んで何させるつもりよ、アニキの公判は来週でしょう!」
「裁判なんぞ、まともに開かれるわけが無い、問答無用でガニメデ行きだ」
「じゃあどうするのよ!」
「だからだ、だから……」
屋台のオヤジは俺達に向き直る。
「あんたらを見込んで頼みがある。人を一人、攫ってほしい。こいつを証人として突き出せば裁判で逆転できるはずなんだ」
それを聞いたグラニウルは、つまらなそうな顔で、
「誘拐たあ感心しないねえ」
などとおっしゃる。
「どの口が言うんだよ」
「このぷっくりと愛らしい唇がさ」
「飲み過ぎでゆがんでるぞ」
「そんなはずはないだろう」
そう言って自分の顎をつかむと、にゅーっと引っ張り出して目の前にもってくる。
「ほらみろ、かわいい唇じゃないか」
「悪趣味なまねはやめろ、みんなびびってんぞ」
俺がそう突っ込むと、グラニウルは顎を戻して再びソファに横になる。
「なに今の、宇宙人ってあんなに伸びるの!?」
驚くラテン娘はほっといて、屋台オヤジに話しかける。
「まあなんだ、あんたがまだ堅気だって言うんなら悪いことは言わん、まっとうな方法で解決すべきだよ」
「そんなものがあれば、とっくにやってる!」
「なくても歯を食いしばって生きてくもんさ」
「俺はそれでもいい! だが息子は、あいつはそんな目にあうべきじゃないんだ!」
うーん、興奮してるなあ。
四六時中ナンパのことしか考えてない俺とは住んでる世界が違いすぎて困るんだけど、どうしたもんか。
俺が悩んでいると、遠くで地鳴りのような音がする。
「そういや、海賊が攻めてきてたんじゃなかったか? あんたら避難しなくて平気なのか」
強引に話題をそらしていくと屋台オヤジは、
「何の話だ?」
「知らないのか、港の方じゃ大騒ぎだぞ」
まあ俺も忘れてたんだけど。
「ニュースでも見りゃやってるだろ」
机に置かれた小さいTVを指さすが、ラテン娘が声を荒げる。
「この辺は三日前から停電よ!」
「まじかよ、ひでえな。おい飲んだくれ、なんかないのか?」
酒を取られてソファでふてくされていたグラニウルに尋ねると、面倒くさそうにゲップをしてから、でかい胸の谷間に手を突っ込んで、ゴルフボールほどの小さい端末を取り出し、放り投げる。
床を少し転がったボールがぴかりと光ると、立体映像でニュースが流れた。
「……木星の極地付近で散発的に始まった海賊との戦闘は、その範囲を広げており……」
アジア風の女性アナウンサーが必死の形相で状況を伝えているが、何やらひどいことになっている。
しばらく見ていると映像が宇宙に切り替わるが、我らが駆逐艦バーバーフスとともに、その三倍ぐらいでかい軍艦も映し出されている。
「ひゅー、フリルソードまで出してんじゃねえか、よくゲートの通過許可がおりたな、ラトトもやる気だねえ、さすが鬼教官」
グラニウルは陽気に口笛を吹いて冷やかしている。
フリルソードと言うだけあって、でかい軍艦は剣のようなシルエットで、刀身にヒダのような構造がみっしりと張り巡らされている。
「うそ、なにあれ、戦争してるの!?」
ラテン娘はそう言って驚く。
「なんか海賊が大挙して攻めてきたらしいぞ」
「なんでそんなことに!」
「なんでって、なんでだろうな」
返事に困ってグラニウルを見ると、ニヤリと笑って俺を指さす。
「まじで?」
「こんなド田舎、他になにがあるってんだ」
「まじかよ、過去最高のモテ期じゃねえか」
「うらなり君にも春が来たねえ」
そういってにゅーっと手を伸ばしてテーブルの酒瓶をとると、またグビグビと飲み始めた。
混乱してる親子と飲んだくれを前にどうしたものかと悩んでいると、今度はナードっぽい若者が飛び込んできた。
「マルセル、帰ってたのか! 大変だよ、海賊が攻めてきたから下のシェルターに逃げろって、フルールも急いで逃げなきゃ」
若者はそれだけ言うと、すぐに走り去った。
かと思えば今度はドレッドヘアのねーちゃんが飛び込んでくる。
「大変だよ、ルックが裁判無しで今日にもガニメデに送られるって」
「なんだと!」
屋台オヤジは顔色を変えてドレッドヘアのねーちゃんに詰め寄って何か叫んでいる。
なんだかせわしないが、なにがどうなってるんだろうな。
どうもこっちは展開がせわしなくてついて行けん。
学者先生とか王様のねーちゃんとか元気にしてるかな。
そういやまだ寿司も食えてないな。
はー、なんかもう俺みたいな平凡なおじさんが何も考えたくなくなって、現実逃避で酒に溺れるぐらい許されるようなあかん感じの状況なんじゃないかなあ。
まだがんばった方がいい感じかなあ。
でもがんばるっていっても、俺ががんばれるのはナンパだけなんだよな。
グラニウルはなんか手を出したら負けみたいなタイプだし、ラテン娘はちょっと難易度高そうだし、今やってきたドレッドヘアのねーちゃんはゲームとかで言えば攻略対象じゃなさそうな雰囲気がバリバリしてるし。
やっぱ酒かなと思ってグラニウルに酒をねだる。
「おい、俺にもちょっと飲ませろよ」
「なんだ、やっと飲みたくなったのか」
そう言って飲みさしの瓶を投げてよこす。
「素面じゃ生きづらい世の中ってね」
「みたいだな」
そう言ってグビリと飲むと、甘い風味のあとに舌に残る苦みがきつい。
「はー、きついな。なんかつまみでもないと胸焼けしそうだ」
「贅沢な男だな、そんな甲斐性無しだからいつまで経ってもうらなりなんだ」
「そういう所にひかれる女もいるんだよ」
「ただの依存症じゃねえのか?」
「そんなことは無いと思うんだけど、自信がなくなること言うなよ、泣くぞ」
「泣け泣け、泣いて男は強くなるんだよ」
「うるせー」
言い返す言葉が浮かばずに酒瓶を投げ返す。
そのあいだも屋台オヤジは我が子の不幸を嘆いているし、ドレッドヘアのねーちゃんも負けじとわめいている。
話を聞いてると、どうもこのねーちゃんは捕まってる息子の嫁みたいだな。
でもって妹らしいラテン娘はこっちに八つ当たりしてきた。
「あんた達、よく平気で酒なんて飲んでられるわね」
「そうは言われてもな」
「こんな理不尽なこと、許されると思うの?」
「許す許さないは当事者の問題だからなあ」
「それでも! 義憤ってもんがあるでしょ! 善行を学び、搾取する者を懲らしめろって言うでしょ!」
「あいにくとクリスチャンじゃないもので」
「どうせ妄想宗教は捨てろとか押しつけてくるんでしょう、何でもかんでも、外モノの思い通りにはならないのよ!」
「捨てろとは言っていないでしょう」
そう言って突然窓から入ってきたのは緑髪の海賊パートナー、オリビンだった。
「あ、あんた誰! っていうかどこから入って来てんのよ、ここ三階よ!」
まっとうな突っ込みをするラテン娘を無視して説教を続けるオリビン。
「信仰などと言う個人の主義主張を社会規範に当てはめようと未成熟なことをするから、宇宙社会から相手にされないのです」
「そうやって上から目線で何でもかんでも押しつけて!」
「先人の知恵を2億年ものあいだ連綿と引き継いできたからこそ、今の宇宙文明は成り立つのです。この星系の連中はなんですか、たかが数千年の自分たちの歴史さえ満足にいかせていないではありませんか」
「お、大きなお世話よ! 自分たちのことは自分で決めるのよ!」
「なら、悪徳市長の件も、自分たちでどうにかしなさい」
そう言って、今度は俺達の方をじろりとにらみつける。
「まったく、お使い一つ満足にできないとは。うらなり君もなんですか、一緒に酒まで飲んで。やはりあなたにはペレラール騎士の心構えを一からたたき込まねばならないようですね」
「君の方こそ舅みたいなマネはやめて、若者の自主性に任せた方がいいんじゃないか?」
「任せた結果がこの体たらくではありませんか」
そう言ってため息をついてから、
「外の戦闘が激しくなりそうです。場合によってはこのコロニーもただでは済みません。いったんここを離れましょう」
「そんなにやばいのか?」
「わかりませんね。海賊側がどれほどの戦力を投入しているのか、現状では判断がつきませんので」
淡々と語るオリビンに、屋台オヤジが詰め寄る。
「おい、どういうことだ、いったいなにが起きてるんだ!」
「何と言うほどのことではありませんよ、こういう後進星ではままあることです。海賊の興味を引くお宝があり、それを迎え撃つ警察機構が戦う。被害に遭うのは哀れな原住民ばかり、と言うわけですね」
「どうして俺達ばかり、こんな目に」
「別にあなたたちばかりというわけではありませんよ。惑星連合二十万年の歴史の中でも何度も見られた光景です。だからこそ一日も早く古い慣習から脱却し、AI統治を受け入れるべきなのですが、言っても詮無きことでしょう」
「ちくしょう!」
オヤジさんは非常に憤ってるんだけど、その横ではTVのニュースが切り替わり、ここの市長の会見が映し出された。
恰幅のいい、やはりラテン系の顔立ちの中年男で、まあ悪そうだなと言う感じだ。
無駄に高級家具の並んだ市長室でふんぞり返って、市民の安全は守るとかなんとか、もっともらしいことを言っているが、全然説得力が無い。
そもそも、こいつは逃げなくていいのかな?
「おい、見たか今の、奥の棚の所!」
突然グラニウルが叫んでTVの投影機をわしづかみにし、ガチャガチャといじり出す。
「ほら見ろ、シャドウオーク1926だ、こんな所にありやがった!」
「あん、何の話だ?」
と尋ねると、
「酒だよ酒! 海賊が狙うもんと言えば、酒か美術品と決まってんだろ!」
「しらんよ、そんなもん。でもなんか聞いたことあるな、60年熟成のレア物でオークションで億超えとかだったか」
「知ってんじゃないか、地球に行ったときにこの醸造所の20年物を飲んだら気に入ったもんだから探してたのさ。バーバーフスに地球から寄贈された一本があるって言うから忍び込んでたんだが、こっちの方がやりやすそうだ」
「おまえそんな理由で忍び込んでたのか」
「決まってんだろ」
グラニウルがやる気を出したのはいいが、屋台オヤジファミリーは錯乱気味で手に負えない。
気持ちはわからんでもないが。
そもそも俺はなんでこの非常時に海賊と仲良く雑談してるんだろうな。
まあ、オリビンがカームの姉って時点で無条件に信頼してしまってるだけな気もするが。
「まあなんだ、俺もそんな高級酒は気になるが、アレはどうするんだ?」
そう言って屋台オヤジを指さすと、グラニウルはフンと鼻を鳴らして、
「人助けがお好みなら自分でやりなよ」
「人助けはもう飽きたよ」
「たしかに、ありゃすぐ飽きるね。飽きないのは酒と喧嘩だけってね」
そう言いつつ、空になったラムの瓶を振り回していたが、
「だがまあ、酒代ぐらいはサービスしてやってもいいぜ」
そう言ってニヤリと笑うグラニウルの顔を見て、絶対にこいつに頼まない方が丸く収まるよなと考えていると、俺の考えを読み取ったのか、突然酒瓶を投げつけてきた。
ビビる間もない速度で顔の横をすり抜けていくと、そのまま窓の外で何かにぶつかり、煙幕をまき散らす。
「うらなり君、バリアを張りなさい」
オリビンがそう言うと同時に、俺の意思とは無関係に俺と屋台オヤジのファミリーをバリアが覆う。
次の瞬間、窓や玄関から、武装した集団が飛び込んできたのだった。
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