第555話 ライム
「ほら、グズグズしないで走る」
緑髪の海賊オリビンに急かされながら、配管が張り巡らされた狭い床下みたいなスペースを移動する俺達。
「もっと人質は大切に扱うべきだと思わんかね?」
「なにを言ってるんです、最近の営利誘拐の主流は首だけカーボン漬けにして保存ですよ。それに比べれば五体満足で連れ回してるだけマシですよ」
「まじかよ、宇宙の犯罪者こえーな」
「わかったら早く行きなさい。さっきのような三下海賊ならまだしも、ラトトが来たら面倒ですからね」
「ラトトってあの婆さんか」
「ご存じですか?」
「ちらっと見ただけなんだけど」
「元宇宙英雄の相棒にして宇宙警察機構の鬼教官、木星圏の臨時長官でもあります。あれから逃げるのは、さすがにチト骨ですからね」
すると、オリビンの髪の毛で両手を拘束されたままの島津巡査が、
「それがわかっているならさっさと投降しなさい!」
「面倒と言うだけで、逃げられないわけではありませんよ、あなたこそもう少し悪あがきの一つもして見せたらどうです?」
そう言って挑発しながら巡査ちゃんをグイグイ拘束するオリビン。
「おまえたち、逃げてるときぐらいもうちょっと仲良くできんのか?」
あきれて突っ込むと、
「なにが悲しくて警官と仲良くせねばならんのです」
「黒澤さん、あなたこそなにをのんびり海賊と打ち解けてるんですか、状況がわかってるんですか!?」
などと双方に言い返される。
「そもそも、その突然現れた女性達はなんなんですか!」
「いや、あの子達は俺の従者で」
「従者って、ヴァレーテ!? その人達、生身の人間ですよね、ロボット以外のヴァレーテは禁止されてるんですよ!」
「え、そうなの?」
俺が驚くと、オリビンがあきれ顔で突っ込む。
「一律禁止ならまだしも、ロボットと生身で線引きするところが野蛮だと言われるんですよ。自分たちではロボット一つ満足に作れないくせに、何様ですか」
「な、何様って、地球には地球の法律が!」
「宇宙私法において地球の法は適用されないでしょう、それだけ未熟と言うことですよ」
「勝手にやってきて押しつけたのはあなたたちでしょう!」
「我々は海賊で、もっとも法から遠いところにいるのです。あなたこそ、押しつけた側である宇宙警察機構に尻尾を振る卑しい犬ではありませんか、どの口がそんなことを言うのです?」
「ぐぐっ」
島津巡査はオリビンを親の敵のようににらみつけるが、うちのロボット連中に負けず劣らず面の皮の厚そうなオリビンには効果が無い。
「なんか知らんが、地球も大変なんだなあ」
つい口にすると、今度は俺に矛先が向く。
「なにを人ごとみたいに! 誘拐されたのはあなたなんですよ!」
「そうは言っても、これぐらいのトラブルはもう慣れっこというかなんというか」
「うぎぎっ」
そうやってほのぼのと交流するうちに、どうやら逃げ切ったようだ。
長く使われていない地下鉄の線路に出る。
線路と言っても別にレールはないんだけど、その代わりに浮浪者の掘っ立て小屋がいくつも並んでいた。
「宇宙にも浮浪者って居るんだな」
俺がつぶやくと、島津巡査が興奮が冷めたのか淡々と答える。
「密航まがいのやり方でここまで来たものの、外宇宙に出られずにこうしているそうです。あるいは初期の木星工夫が仕事をなくして、と言うのもあるそうです」
「ふうん」
話すうちに薄暗い線路から開けた場所に出る。
遠くがかすんで見える程度には広い階層で、天井までも百メートルはあるだろうか。
ここは草の生い茂る廃墟みたいな広場だが、少し先には派手なビル街が見える。
「ずいぶん下に出ちまったな、どうする?」
メッキ土偶と話し込んでいた海賊グラニウルが周りを見渡しながら、自分の相棒に声をかける。
「さて、とりあえずおなかが空きましたね。その先に何件か屋台があるので、なにか買ってきてください」
「じゃあ、小遣いくれよ」
「あなたに渡すと酒しか買ってこないでしょう。うらなり君、あなたがついていってください」
そう言って俺に現金を手渡す。
「どこの世界に人質に買い出しを頼む誘拐犯がいるんだ?」
試しに聞いてみたが、
「ここに居るでしょう」
と取り合わない。
「その腕輪で支払うと足がつくので使わないように」
そう言ってグラニウルと共に買い出しに行かされることになった。
戦士トリオにおとなしくしているように言い聞かせてその場を離れる。
「まったく、オリビンはあんたのどこを気に入ったのかね」
「アレで気に入られてたのか」
「みりゃわかんだろ、このトーヘンボク」
口の悪い美人と治安の悪そうな町を歩いていると、ごろつきみたいな連中が遠巻きにこちらをにらみつけてくるが、すぐに手を出してこない所を見ると、たぶん俺達が堅気にはみえないんだろう。
しばらく進むと、いい匂いのトラック屋台を見つけた。
覗くとケイジャン料理のようだ。
南米風の顔つきの中年男が一人で切り盛りしている。
「ようオヤジ、十人前たのまぁ」
グラニウルがなまった英語で声をかけると、オヤジは少し戸惑っていたようだが、
「十分ほどかかるが、いいかね?」
「かまわんよ、とりあえずそこのビールをおくれよ」
見ると懐かしいメキシコビールだった。
「お、いいな。俺も貰おう」
出されたビールをビンごとグビリとやる。
さっぱりしてうまいが、ちょっと物足りないな。
「オヤっさん、ライムはないのかい?」
俺の問いかけに、オヤジは少し悲しそうな顔で首を振る。
「ないない、このあたりじゃフルーツなんて手に入らないよ。食いもんだって合成さ。まともに入ってくるのは、近くに工場のあるそのビールぐらいだね」
「そりゃさみしいな」
そう言ってもう一口飲もうとしたら、瓶の口からにゅるりとパルクールが飛び出してくる。
「ビールにライム、ライムが無いならライムを刻め、イエー」
全然韻の踏めてない下手なラップと共に飛び出したパルクールが、驚いている店のオヤジにライムを手渡す。
「はい、あげる。一杯飲んで元気出せ。じゃーねー」
再び瓶の口ににゅるりと消えると、後には刻んだライムが刺さっていた。
「な、なんだ今のは!?」
「なに、ちょっとした見世物さ。せっかくの差し入れだ、あんたも飲もう」
驚くオヤジをなだめるように勧めると、開き直ってオヤジも飲み始める。
カットしたライムを瓶に押し込み、親指で蓋をすると二、三度回転させてグビリとやる。
本場っぽくてかっこいいな。
一方のグラニウルはビールを飲むのに忙しくて、パルクールのことは気にしていないようだ。
「はーっ、こっちに来て十年になるが、この味は忘れられんね」
ビールを飲みながら料理を作るオヤジと世間話をしていると、突然場違いな高級車に取り囲まれる。
禁酒法時代のギャングがもってそうなマシンガンを手にしたヤクザもんがあっという間に俺達を取り囲んだ。
「クロサワってのはおまえか、おとなしくついてきな」
リーダーっぽい中年男が凄むが、俺もすっかりスレてるのでチンピラの脅迫ぐらいでビビることはない。
ほんとはビビった方がいい気もするんだけど、慣れって怖いよな。
「まだ料理ができてないんだ、もうちょっと待てよ」
俺がそういってあしらうと、下っ端の一人が拳銃を取り出して、屋台の看板を打ち抜く。
「ボスがお待ちなんだよ、さっさとしねえか!」
隣で串に刺さった団子のような何かを頬張っていた海賊グラニウルが粋がる下っ端をじろりとにらみつける。
そのあまりの迫力にちょっとたじろいだ下っ端は虚勢を張ってさらに怒鳴るが、グラニウルが手にした串をシュッと投げると、ズブリと目に刺さった。
痛そう。
「私の獲物に手を出そうってんだ、覚悟はできてんだろうね、このドサンピンどもが」
「うるせえ、やっちまえ!」
あとはもう、お約束のように乱闘だ。
時々流れ弾が飛んでくるが、幸いなことに屋台の周りにはバリアが張られていて、俺やオヤジは安全だった。
「オヤジ、騒がしくてすまんが、料理を頼む。ハラペコどもが待っててね」
「へ、へえ」
ビビりながらも料理を続けるオヤジも見上げたプロ根性だな、と感心しつつ、もう一本ビールを開けてほろ酔い加減になった頃に勝負がついたようだ。
チンピラ共を叩き潰してご満悦のグラニウルだが、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「次から次へと参ったね、料理はできたのかい?」
と訪ねるグラニウルにまだだと答えると、
「仕方ない、飯はお預けか」
「警察でカツ丼でも食わせて貰ったらどうだ?」
「カツ丼? なんだか知らないがうまそうだな。だが、ここの留置所の飯はまずいって評判だよ」
「そりゃ残念」
諦めて逃げようかと腰を上げたところ、屋台のオヤジがビビりながらもこんなことを言い出す。
「あんたら、サツにも終われてんのか。だったらついてくるか、あんたらの腕を見込んで頼みがあるんだ」
意を決した顔でそう話すオヤジの提案を聞いた俺とグラニウルは顔を見合わせるが、面倒くさそうな顔をする俺と違い、一際楽しそうな顔で、
「私を誘うんだ、当然、面白い話を聞かせてくれるんだろうね」
そう言ってニヤリと笑うグラニウルは、実に悪そうな顔をしていた。
俺だったら、こんな女には絶対に頼み事なんてしないね。
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