第554話 バリア

 えーとまずは冷静にかつ素早く状況確認だ。

 木星軌道上のアカデミアという巨大コロニーで海賊グラニウルに誘拐された俺は、一緒にさらわれた島津巡査の暴走で空飛ぶクルマごと倉庫に突っ込んで大破炎上したところだったな。

 なんか昔のアニメの前回のあらすじみたいだな。

 そういや最近のアニメやドラマって最初にあらすじを入れないよな、なんでだろ。

 いや、そんなこと考えてる場合じゃなかった。

 ギラギラと輝く球形バリアの内側でひっくり返ってるのは、俺と島津巡査、海賊グラニウルに相棒のオリビン、そして戦士ホロア三人組のイーネイス、エキソス、バドネス、あと謎のメッキ土偶風ロボットだ。

 少し離れた所では俺達の乗っていた空飛ぶクルマが大破炎上している。

 倉庫の中はほぼ空っぽで被害はなさそうだ。

 さて、どうしたもんか。

 まあ最優先は従者だな。

 まずは俺の上にムッチリしたボディで乗っかってたエキソスを抱きかかえて起こす。


「ご、ご主人様、今なにが……ここは!?」


 無口なエキソスが珍しく声を張り上げる程度には異常な状況ではあるんだけど、のんびり解説してる暇は無いんだよな。

 なんとなれば、俺は虜の身だからだ。

 残り二人のイーネイス、バドネスも抱き起こすと同じく混乱している。


「詳しい話は後でするが、今は俺の不思議な力で別の世界に飛ばされてきたところだ。しかもこっちはトラブルの最中なのでじっと黙って俺のそばから離れないように」


 かいつまんでそれだけ説明してから改めて海賊グラニウルを見ると、金髪美人ちゃんはでっかいピカピカのメッキ土偶の下敷きになって気を失っていた。

 これ、逃げるチャンスじゃね?

 島津巡査をさがすとこちらは緑髪のオリビンの下敷きになって同じく気絶していた。

 そのオリビンが俺に向かって、


「うらなり君、ぼーっとしてないで、早くそのでかいロボをどかしてくれませんか?」

「いや、これって俺が逃げ出すチャンスじゃねえかなと思って」

「仕事熱心な巡査さんを見捨てるつもりならどうぞ」

「人質なんて卑怯だぞ!」

「海賊にとっては褒め言葉ですよ」

「くそう、なんてひどいやつだ、カームがひねくれてんのは血筋なのか」

「私はマシなほうだと思いますけども」

「みんなそう言うんだよ!」


 極悪非道な海賊との緊張感のない会話に疲れたので、ひとまずメッキ土偶を動かそうと試みる。


「おーい、ロボットさん、下敷きのご婦人が潰れそうなので、ちょいとどいてくれんかね」


 声をかけると、ピカピカのメッキ土偶は、ズズズとうめくような声を上げながら起き上がる。


「げっ」


 思わず声が漏れたが、下敷きになっていた海賊グラニウルは下半身がぐちょっと潰れて緑色の体液をまき散らしていた。


「え、これ死んでるんじゃ……」

「ローヌ星人はそれぐらいでは死にませんよ、ほら起きなさい」


 オリビンが緑の髪をニュッと伸ばしてげんこつ風に固め、グラニウルの頭をガツンと小突くと飛び起きた。


「なんだなんだ、まったくなんて運転しやがる、おかげでまたつぶれ……ぎゃー、かーちゃん堪忍!」


 メッキロボと目が合ったグラニウルは突然飛び上がって頭を抱えておびえだした。


「そちらはかーちゃんではありませんよ、同型のロボです」

「え、ほんとに? てっきりしびれを切らして乗り込んできたかと思ったじゃないか、まったく紛らわしい! だいたいこんな骨董品どこから現れたんだよ!」


 怒鳴り散らしながらも飛び散った下半身がずるずると集まって元のナイスボディを形成していく。

 ただし下半身は丸出しだ。


「それに関しては私も聞きたいところですね、あなたの体から突然湧き出したように見えましたが、これも放浪者の力ですか?」


 オリビンは俺に質問しながら、どこからともなく取り出した新しいタイツをグラニウルに投げつける。


「まあね」

「それにしては、その古めかしいロボはさておき、そちらの三人はとても戦力とは思えませんが」

「俺のかわいい従者だからな、手を出したら怒るぞ」

「まあ怖い、従者とはヴァレーテのことですか、生身のようですが……、いえ、何か違うようにも。まあいいでしょう。ではなぜこのような場に連れ込んだのです?」

「それがどうしてこうなったのか、俺にもさっぱりで」

「なんとまあ、頼りない。やはり騎士の資格があるとは思えませんね」


 緊張感のない会話を繰り広げるオリビンの尻の下で、島津巡査が目を覚ましたようだ。


「いたた、いったいなにが……はっ、車が突っ込んで! 無事ですか、黒澤さん!」

「おかげさまでね、君はどうだい?」

「見ればわかるでしょう、いったい何なんですか、この状況は、なにか人が増えてるし」

「俺と一緒に居ると、こういうことばっかりでね。君も貧乏くじを引いたな」

「人ごとみたいに……」


 オリビンの尻の下でもがきながら、さらに何か言おうとした瞬間、倉庫の扉が吹き飛んで、武装した警官が数人飛び込んできた。


「味方!? 黒澤さん、助けが来ましたよ、海賊共もこれでおしまいです、あはは、ざまーみなさい、さあ、死にたくなければ投降しなさい!」


 尻の下でバタバタもがく島津巡査。

 なんか真面目でちょっと運の悪いタイプかと思ったけど、ここに来てコメディリリーフみたいになってきたな。

 色々しでかした過去があるようだけど、この調子だと自業自得なのでは。

 などと考えていたら、尻に敷いていたオリビンが島津巡査の頭を小突きながら、


「あなたの目は節穴ですか、あれが味方に見えるのですか?」

「な、なんの話ですか!」


 それに答えるより早く、警官連中がバカスカ銃撃を始める。

 俺達をくるんだままのバリアが全部弾き飛ばしてるんだけど、人質がいるのに容赦ないな。


「ひ、ひぃっ……、人質がいるんですよ! まずは投降を促す……」


 銃撃の騒音に紛れてうまく聞き取れないが、まあそっちはいいや。

 俺の周りでおびえている戦士トリオをなだめつつ、オリビンに相談する。


「最近の警官は物騒だな。なんか俺達までまとめてぶっ殺されそうなんだけど、どうすりゃいいんだ?」

「警官が物騒なのには同意ですが、あれは海賊ですよ」

「お仲間かい?」

「まさか、カモですよ」

「どうみてもカモられてるようにしか見えんが」

「このバリアのせいで身動きできないんですよ、あなたこれどうにかできないんですか?」

「どうにかと言われても、別に俺の意思でどうこうしてるわけじゃないんで」

「まったく不甲斐ない、嘆かわしい、ペレラの騎士も地に落ちたものです。あなたに比べればくそったれの闘神共の方がまだマシでしたね」

「まあ、俺が不甲斐ないというのには同意するが……」


 話す間も激しい銃撃で身動きできないわけだが、このバリアいつまでもつのかな?

 敵の銃撃も激しさを増すばかりで、物理的に尻に敷かれた島津巡査の暴れっぷりも激しさを増していく。


「なんで! 海賊が! 警官の格好で! こんな場所で!」

「こんな田舎のコロニーなんて、海賊と賞金稼ぎがうじゃうじゃいるものでしょう」

「だからってあんな格好で! 現地警察の治安活動はいったいどうなって!」

「ザルですね」


 オリビンにそう切り捨てられてますますわめく島津巡査。

 中も外もやかましいなあ、そろそろなんかバーンときてドーンと解決しないかな、と俺達が突っ込んできた倉庫の壁穴ごしに外を見ると、なにか光るものが飛んでくる。

 あれ、っと思った次の瞬間、あたりが真っ白になって目がくらむ。


「ぎゃあ、目が、目がぁ」


 あまりのまぶしさにわめいていると、オリビンの声が聞こえる。


「おや、今度は本物の警官隊が突入してきたようですね。今のうちに逃げますか」

「目がぁ」

「いつまでわめいているんですか、グラニウル、やりますよ!」


 オリビンに呼ばれた海賊グラニウルは、メッキ土偶と何か話し込んでいたようだが、


「やれやれ、みんなもっと集まりな、集まったかい? いくぞ」


 目がくらんでよくわからないが、どうもグラニウルが風船のように膨らんで俺達を包み込んだようだ。

 ついでオリビンが俺の尻をつねりながら、


「下から抜けますよ、ウラナリ君はさっさとバリアを解く」

「そうは言われても……あいたっ」

「だだをこねると、尻ではなく玉をつねりますよ」

「ひぃ、そいつは勘弁。ええい、バリアよ解けろ、チンカラホイ!」


 適当に念じたらパッとバリアが消えた。

 同時に床にバコっと穴が開いて、俺達は真っ逆さまに落ちていったのだった。

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