第553話 救助

 こういうのは初動が大事なので、無線でスポックロンに救援を頼みつつ、俺達も魔物が出たという洞窟に向かう。

 あぜ道を小走りに進みながら状況を確認したところによると、町の南の山裾にピートが取れる洞窟があるそうだ。

 ここで言うピートというのは見た目は泥炭っぽいが、精霊石の溶け込んだ粘土みたいなものらしく、こいつを燃料にして麦を乾燥させるらしい。

 そいつの採掘場に通じる洞窟が一部水没してしまったので、水を掻き出す作業を町総出でやってた所に魔物が現れたとか。


「それで、どんな魔物なんです?」


 町に知らせに来たおばさんに尋ねてみると、なんかごつい奴が洞窟の壁なんかをドカスカ殴って生き埋めになりそうだったのでとりあえず逃げたとかそういう感じらしい。

 よくわからんな。

 当のおばさん自身も自分で見たわけではないのでよくわかっていないようだが、ギアントとかノズみたいな奴ではないらしい。

 そもそも、この島にノズみたいな強い魔物はほとんどいないっぽいしなあ。

 魔界に繋がっていないこの島に生息しているのは、海を越えて来ることができるようなやつだけで、オブズみたいな獣型か、空を飛べる奴が中心だ。

 ウル神殿が建っているエトア山の山頂にはかつてロック鳥の巣があり、神殿建立の際には教会騎士団との壮絶な死闘が繰り広げられたとかなんとか。


 それはさておき、俺達が現地につくと、醸造所の職人らしいごついおっさんおばさん連中がほうほうの体で逃げ出した様子で、あちこちに散らばっていた。

 スポックロンの方は、まだ来ていない。

 ミラーに確認すると、どうやらあちらはあちらで何かトラブルがあったようだ。


「ラクサの源泉工事現場で事故があり、上空のリズフォーに待機していたガーディアンを投入した所でした。別の部隊が到着するまであと二十分ほどかかります。代わりにキャンプに待機しているメンバーが出発の準備をしておりますが、ひとまず内なる館の私とクロックロンを導入するのがよろしいかと」


 ラクサの源泉っていうと、例の白いなんかが吹き出した奴だよな、たぶん。

 報告がなかったってことは重大事故ではないんだろうが、それにしてもタイミングが悪いな。

 とりあえずミラー十人、クロックロン三十体をだして、状況を確認すると、まだ洞窟内に二人残っているらしい。

 そのうちの一人はペースンの叔父パッスンだというのだ。

 ひとまずクロックロンを洞窟内に送り込みつつ、魔物とやらの強さもわからないので、追加の人員を検討する。

 今のメンツだとラッチルとキンザリスのコンビになるか。

 幸い逃げ出してきた連中に大けがをしてる者はいないので、ミラーとチアリアールが残れば治療は大丈夫だが、二人だけを送り込むと、中で万が一取り残されたりした場合、脱出できなくなる。


「というわけで、俺も行けば大丈夫だろう」

「なにが、と言うわけですか、危険ですよ」


 キンザリスは呆れるが、内なる館経由でどこからでも脱出できる俺の貴重な特殊技能をいかさんわけにはいくまい。

 あとは三人の新人戦士をどうするかだが、なんかめっちゃ鼻息を荒くしてついて行きますオーラを発してたので、連れて行くことにした。

 まあ、どうにかなるだろう。

 なるといいなあ。

 夫が取り残されたと聞いて青い顔でぶっ倒れそうになってるおばさんを支えていたペースンに、


「必ず助け出すから、後は頼むぞ」


 と言い残し、あとのことはカリスミュウルに全部任せると、洞窟に吶喊した。


 洞窟内は足下がぬかるんでいて非常に歩きづらいが、以前のスキャンデータを元に先行するクロックロンの作成したマップがAR眼鏡越しに見えてるので、迷うことはない。

 平行して外のミラーが取り残された場所の情報を聞き取りしており、それを元にターゲットの情報も逐次アップデートされていく。


 先頭を行くラッチルは伸び縮みするハイテク素材の槍を杖代わりに進む。

 こいつは先端がレーザー刃になっていて、普通の槍から長刀サイズまで変幻自在のいかす武器だ。

 ポケットに携帯できる槍として、うちの騎士連中に人気があるようだ。

 その後ろをフォローするように歩くキンザリスが、更新されたマップを確認しつつつぶやく。


「かなり深いところに居るようですね。先頭のクロックロンが到達するまであと三分、我々は十五分後というところでしょうか」

「敵の情報はまだわからんか」

「出てこないですね。このマップはレーダーを備えた管制システムあってのものだと聞いていますので、外のフォローが無いと弱いのでしょう」

「そんなもんか」


 なんかみんなの方が俺より古代技術に詳しいんだよな。

 ちゃんとレクチャーを受けてるからだろうけど。

 などと反省していたら、後ろでどかっと音がする。

 みると三人組がぬかるみに足を取られてこけていた。


「大丈夫か、気をつけないとこっちが要救助者になっちまうぞ」


 そう言って手前でこけていたノッポのイーネイスを引っ張り起こそうとしたところ、足が滑って俺もこけた。


「も、申し訳ありません、私のせいで」


 慌てて起き上がり、俺を助け起こそうとするイーネイスがさらに転んで泥だらけの体で俺にのしかかってきた。


「オ、ドロンコ遊ビカ、負ケナイゾ」


 それを見て遊んでいると勘違いしたのかクロックロン達もバシャバシャと周りのぬかるみで暴れ出す。


「ええい、ヤメレ、遊ぶのは後じゃ」

「何ダ、遊ビハ終ワリカ」

「今は急いで助けにいくんだよ! 後で遊んでやるからいそげ」

「ショウガネーナ、ホレイソゲ、イソゲ、先頭ノクロックロンガ敵ト遭遇シタゾ」

「まじか、勝てそうか?」


 泥だらけの体にうんざりしつつも起き上がりながら、状況を確認する。


「無理ダナ、相手ノ方ガ強イ」

「マジかよ、それで様子はどうだ?」

「通センボシテルナ、言葉ガ通ジナイカラ困ルナ」

「どんな魔物だ?」

「魔物ジャネーナ、ドッカノロボット」

「ロボットかよ、なんで言葉が通じないんだ?」

「シラン、壊レテルンデネーカ」

「暴走してる感じか?」

「ソウデモナイ、通センボゴッコシテル感ジ」

「そういう感じか」


 らちがあかないので、とにかく先を急ぐ。

 途中再び俺や三人組が転んだりしながらもどうにか謎のロボットの所までたどり着くと、狭い洞窟でピカピカ光るかっこいいメタリックロボが仁王立ちしていた。

 地球にいるロボット軍人のバジ大尉を思い浮かべたが、造形のセンスは全然違うな。

 どっちもピカピカのクロームメッキっぽいところは同じなんだけど、あちらが往年のアメ車だとすると、こっちは遮光器土偶というか。

 そのメッキ土偶に対して、クロックロン達が、


「ヘイユー、カカッテコイヨ」


 とか、


「デケーノハ図体ダケカ、肝ッ玉ハ小サイヨウダナ、ビビッテンジャネーゾ」


 などと煽っている。

 たぶん、まともにやり合うと負けるからだろう。

 ただ、襲ってくる感じはしないので、交渉してみる


「おまえら、品のない煽りをするんじゃない」


 軽く叱ってクロックロン達を下がらせつつ、俺の方から話しかけてみる。


「こんにちは、私はクリュウというものですが、奥のお二人を助けに参りました。そこを通していただけないでしょうか」

「……」

「通していただけると助かるんですけど」

「ズー、ズー」


 なんか変な音を発したぞ。


「言葉がわかりますかね?」

「ズー」

「それは肯定の返事ですか?」

「ズー」

「じゃあ、否定の返事は?」

「ズー、ズー」

「なるほど、言葉は理解できてるけど、こちらの言葉では話せないと」

「ズー」

「奥の二人を助けたいんですけど、あなたはそれを妨害するつもりなんですか?」

「ズー、ズー」

「じゃあ、助けに行けない理由が他にあると?」

「ズー」


 うーん、敵対してるわけじゃないけど、ここは通せないと。


「意思の疎通はできそうだが、時間がかかるな。なんかいい方法無いかな」


 必要そうなことを高速に網羅的に質問して返答をまとめりゃいいのかな。

 クロックロンには荷が重そうなので、代わりにミラーを出してやって貰おうと内なる館に入ろうとしたら、どこからともなく地響きが。


「なんかやばい感じしないか?」


 隣に居たキンザリスに尋ねると、


「しますね、退避の準備もして置いた方が良いかと」


 喋っている間にも音はどんどんでかくなる。


「とりあえずみんな集まれ」


 ピカピカロボットは置いといて、いったんみんなを集めた所で、突然AR眼鏡から警報と共にスポックロンの声が響く。


「ご主人様、急いで退避してください、そこに大量の水が!」


 聞き終えるより早く動き出した俺は、近くに居た順に内なる館に突っ込んでいく。

 一番近かったキンザリスにラッチルを取り込み、ついで一塊の三人組を取り込もうとした瞬間、背後から土砂混じりの鉄砲水が襲いかかる。

 車にひかれたらこんな感じだろうかと思うほどの衝撃に一瞬気が遠くなりつつも、必死に手を伸ばして三人組に手が届いたかと思った瞬間、あたりが真っ白に包まれて、俺は固い床の上をゴロゴロと転がった。


「いってぇ……って大丈夫か、イーネイス、エキソス、バドネ……ス?」


 慌てて起き上がるとそこは、コンテナが無造作に並ぶ倉庫っぽい建物で、目の前でたぶん空飛ぶクルマだったものが炎上していた。

 でもって俺はバリアっぽい光に包まれたまま、三人組と日本人の島津巡査、海賊コンビ、さらにさっきのメッキ土偶と共に床に投げ出されていたのだった。

 さて、面倒なことになって来やがったな。

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