第552話 インターバル五回目
ガバッと飛び起きると、暖かい布団の中だった。
薄暗い部屋で左右を見回し、かわいい従者達の女体がならんで眠っているのを確認して、あー、夢で良かったとつぶやいてから、いやいや夢じゃねえだろうと自分で突っ込む。
つか、あれ大丈夫なのか?
海賊連中はなんか頑丈そうだったけど、巡査ちゃんなんて普通の日本人だろうに。
次にあっちに飛んだらぐちゃぐちゃになってんのは勘弁してくれよ。
そもそも、あっちで死んでたらもう飛ばされないとかあるんだろうか。
それ以前にあっちの俺は、こっちの俺と同一人物なのか?
実は判子ちゃんみたいにインスタンスとか言う複製品的なやつだったりとか、そういうのもあるよな。
まあ悩んでもしょうがないんだけど。
えーと、こっちの俺は何してたんだっけ。
たしか塔をクリアして宴会してたのか、ってことは今日はグリエンドのネアル神殿まで戻るターンだな。
面倒だよなあ。
でもまあ今回五回目でもう後半戦だし、あと一息だろう。
神殿での報告は面倒くさいだけでなく、黒竜会のアレコレもあるのでなるべく手っ取り早く済ませ、俺達は次の目的地である第六の塔に来ていた。
この塔は島の北部中央にあるマルミ湖という大きな湖の畔にそびえている。
湖から流れ出す川は東西二本あり、東の川沿いに少し進むとターニアという小さな町がある。
舟で二時間程度かかり、通うにはちょっと遠い。
反対の西の川を下ると、島北西の大きな街オルミナに出る。
ここからさらに海峡を渡るとモレア山という小さな島があり、その山頂にアウル神殿があるそうだ。
この神殿は絶壁の海岸にそびえる山城って感じで絶景らしい。
第七の塔がここらしいので、楽しみだな。
その前に第六の塔なわけだが。
先行した王様とリルの両紳士はすでに攻略を始めているようだが、俺はがっつかないタイプなので、今日はキャンプの設営だけにしてターニアの町に遊びに行こうと思う。
この塔もまだ一般冒険者に開放されていないだけあって、静かなものだ。
王様の立派なテントの周りに部下の連中がぞろぞろといるにはいるんだけど、みんな粛々と作業している。
そこから少し離れた所にイケてる女紳士リルのテントがぽつんとたっている。
あとは先行して現地の警備に当たっている赤竜十一小隊が少し離れた所に陣取っている。
アレも大変だよな。
なお第五の塔はさすがに過酷すぎて、警備にはついていなかったが、塔のある北東の半島に通じる道を警備していたそうだ。
で、うちのキャンプは敷地がでかいので、なるべく離れた場所に陣取った。
例のごとく巨大なコンテナ船がびょーんと飛んできてパコパコ並べていくと、あっという間にできあがりだ。
設営が終わりみんなをねぎらうと、それぞれが自分の作業につく。
家事組は食事の準備や洗濯などをするし、探索組はそれぞれにトレーニングを始める。
となると自堕落組の俺やカリスミュウルなどは食堂で一服するのがとるべき行動だと言えよう。
「ここもまだ気温は低いが、雪が降らぬと言うだけでずいぶん暖かく感じる物だな。それになにより絶景ではないか」
カリスミュウルがぬるくてうまいエールをグビグビやりながら、景色を愛でる。
食堂ユニットの屋上はビアガーデン風にテーブルが並べてあり、俺達はここで一杯やっていた。
第五の塔では屋外での飲食は無理があったが、ここだと開放的な気分でおいしく酒が飲める。
ここから見るマルミ湖の眺めはちょっと北欧風で、アルサの自宅とはまた違った趣がある。
「いいよなあ、こういう景色も。これであのギラギラと目障りな塔がなければなおいいのに」
「罰当たりなことを。とはいえ、確かに今日ぐらいは試練を忘れてのんびりしたい物だな」
「だよな。あとでターニアって町に行ってみようと思うんだけど、おまえも来るだろ?」
「そうだな、行って散財するのも我らの義務と言えよう」
となると次に問題になるのはお供の選定なんだけど、なるべく新人を優先したいものの、なかなか難しい問題ではある。
南方から戻ったあとにゲットした従者を上げてみると、だいたいこんな感じだ。
まず人魚の三人だが、年上の二人、ルーソンとマレーソンは家事に専念してるし、年少のペースンは本人の希望で気陰流に弟子入りして毎日木剣を振っている。
メリーとエンシュームは、クメトス以下元白象チームで毎日修行に明け暮れている。
女中のネリはエディの侍女として慣れない仕事で四苦八苦しており、帰ってくる度にくたびれているようだ。
ちなみに今日も居ない。
病人だったラーラは、毎日リハビリに励んでいるし、暇さえあれば俺も遊んであげてるので、本人は満足しているようだ。
その侍女であるポイッコは元々女中なのでラーラについていないときは家事を手伝っている。
さえずり団の面々はゲスト扱いである姪御のエマの相手をしていることが多い。
身分も専攻も違うが、同窓のつながりというのは思いのほか強いものだ。
あと夜はわりとご奉仕の場に居る。
演奏で盛り上げたり、酌をしたりとなかなか積極的だ。
以上はすでにそれぞれが自分のポジションを確立しつつあって、こうなると都合のいいときにご奉仕して貰うだけで十分みたいなところがあるんだけど、もっとも最近ゲットした戦士三人組、イーネイス、エキソス、バドネスに関しては、これがちょっと俺も扱いに困っている。
何というかこの三人は、押しが弱すぎる。
なんせ自分からご奉仕に来ないのだ。
ご奉仕と言っても夜のアレだけじゃなく、一緒に酒を飲むとか、散歩がてらにデートするとか、そういうことを自ら進んでやろうとしたことが無い。
他の従者は頻度に差こそあれ、ご奉仕したくなったら勝手に向こうから来てくれるんだけど、この三人はそういうことが無いのでアンが気を遣ってマメに晩酌をさせたり、夜は同衾させたりと気を使っている。
その原因がなにかを考えたところ、生まれ育った環境が貧乏で、ろくに甘えたことが無いせいじゃないかと想像できるんだけど、定かではない。
さらに戦士と言ってもうちの精鋭に比べると素人同然の腕前で役に立っていないというのも引け目を感じる原因となっているのだろう。
役に立つかどうかを俺が気にしないと言っても、本人が役に立ちたいと思っているのなら、それは何のフォローにもならないのだ。
三人の指導に当たっている魔族騎士のラッチルから、そこの所の相談を受けたのは夕べのことだ。
「三人とも、日々修行にいそしんでおりますが、この試練の間に物になることはないでしょう」
「うーん、となるとどうしたもんか。戦士以外の所に自分の価値を見いだせるタイプだとおもうか?」
「そういった多様性というものは豊富な人生経験が育むものだと思われますが、あの三人にはなによりそれが欠落しております。今は辛抱強く、修行に打ち込むのが結局は正しいのではないかと」
「そうかもなあ」
「なに、心配は無用でしょう、ご主人様の薫陶を受けていれば、人生経験などあっという間に積むことができるでしょう」
要するに剣の修行は自分がやるから、それ以外を俺がしっかりフォローしてやってくれということだろう。
というわけで、今日は三人を連れていくことにした。
あとのメンツは三人の保護者としてラッチル、あとは俺の護衛にキンザリス、カリスミュウルの護衛に透明人形のチアリアール、さらにターニアに親戚が居る少女人魚のペースンにミラーが三人ほどという面々だ。
他にも見えないところで色々護衛はついてるんだけど、このメンバーで湖からボートに乗ってターニアの町に向かう。
マルミ湖から川に沿って少し進むと大きな川に合流する。
エトア山から流れ出す川で、東岸に麦畑が広がっている。
まあ今は収獲済みでレンゲか何かが咲いて牛が放牧されてるんだけど。
「ここの大麦でつくるモルトウイスキーがターニアの名産なんです。ターニャモルトっていって、島の二番目の名物だってターニアの人はいつも自慢してます」
とはペースンの談。
ちなみに一番は紳士の試練らしい。
まあ客寄せ効果は高そうだよな。
「そういやおまえの親戚って醸造所で働いてるんだっけ、見学とかできるのかな」
「どうでしょう、部外者は入れないかも。でもお酒はいっぱい売ってますよ。おばさんが酒屋をやってるんで、町のお酒は全部揃ってるはずです」
「そりゃ楽しみだ」
「あ、町が見えてきましたよ」
「どれどれ」
ボートから見るターニアの町は、石積みの壁が目立つ地味なところだった。
桟橋から上陸するが観光客はおらず、川縁で投網の手入れをする漁師から奇異な目を向けられたぐらいだ。
なんか寂れた町だなあ、と思いながらたどり着いたのは、小さな店だった。
中を覗くとくたびれた顔の丸いおばさんが小さな椅子に腰掛け、カウンターに肘をついてため息をついていた。
それでもペースンが声をかけるとパッと表情が明るくなる。
「ペースン、ペースンじゃないか、あんたよく来たねえ、紳士様の従者になったって聞いたけど、もしかしてそちらのお人が?」
「うん、こっちがご主人さまで、あちらが奥様、あと従者の仲間で……」
ペースンのおばさんは人魚ではなくアーシアル人で、おじさんの方が血縁の人魚らしい。
人魚が陸で暮らすのは結構不便そうなんだけど、酒造りなんてできるのかな。
まあできるからやってるんだろうけど。
賑やかに自己紹介が終わると、おばさんがため息交じりにペースンに謝る。
「せっかく来てくれたのに、ちょいとトラブル続きでうちの人も帰って無くてねえ」
「なんだか町の人も元気なさそうだったけど、何かあったの?」
「麦の乾燥に使うピートが取れなくなったんだよ、あれがないと仕込みにも入れなくて、みんな総出で山に入ってるんだけど……」
ピートというと、ウイスキーのスモーク臭の元になるやつだよな。
地球のそれと同じとは限らんが、たしかにないと困るだろう。
つまりここでトラブルを解決したらかわいこちゃんがウハウハみたいなやつだろ、きっとそうに違いあるまい、そうだといいなあ。
とはいえ、こっちから差し出口を挟むのもなんだしなあ、とスルーしていると、ペースンのおばさんは表情をパッと切り替えて、商売人の顔になる。
「ま、それはさておきせっかく来てくださったんだ。旦那さん、あんたいける口だろう、味見していっておくれよ」
そう言っておばさんはあれこれ樽から出してくれる。
基本的に全部量り売りらしく、こんなこともあろうかとテイスティンググラスを持参したのでそいつでグビグビ味見する。
と言ってもそんなに種類があるわけではなく、蒸留や熟成の違いだけのようだ。
ここのウイスキーはスモーキーだがヨード臭は控えめかな、ほんのり甘い香りも混じっていてかなり気に入った。
こんなうまいウイスキーが作れなくなったら困るし、何か困ってるなら可能な限り協力していきたいところだ。
樽ごと買って今日のところは引き上げようかとしたところで、別のおばさんが駆け込んできた。
「たいへんだよ、洞窟に魔物が出たって!」
お、来たぞ、なんかアレな展開が。
とはいえ、ほんとに大変なことになってたらアレじゃすまないので、おばさん連中と一緒になって問題の洞窟とやらに駆けつけたのだった。
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