第551話 木星アカデミア その三

 宇宙駆逐艦バーバーフスは現在、木星アカデミアの軍用ドッグに停泊している。

 そのドッグの賓客用ロビーで俺はくつろいでいた。

 そろそろペレラに戻されるかと思ってたんだけど、まだ続くようだ。

 たぶん、俺が油断するタイミングを狙ってるに違いあるまい。

 それはさておき、今度こそちゃんとしたシャワーを浴び、用意された高そうなスーツをパリッと着こなして、これまた美人のねーちゃんが用意してくれた高そうなブランデーを飲んでいる。

 同席しているのは、地球から無理矢理引っ張ってこられた島津巡査だ。


「とにかく、あなたが無事で良かった」

「迷惑かけたね、どうも俺は巻き込まれるタイプで、ははは」

「ははは、じゃありませんよ。黒澤さん、なにやらすごい資産を持ってるそうじゃないですか」

「知らないうちに相続したっぽくてねえ」

「知らないうちって、それはいいんですけど、ここでいったいなにが起きてるんです? 惑星連合の事実上の全権大使であるカンプトン中佐と警察機構の地球監督官ラトト・レト・ラテがあなたを巡って一触即発ってことでその筋じゃ大騒ぎですよ。地球からもすごい問い合わせが……、しかもあの四つ足まで」

「それが俺もさっぱりで。いったいなにが起きてるんだろうな」

「で、これからどうするんです?」

「いや、まずは中佐さんとデートのやり直しじゃないかな」

「デートって」


 あきれ顔の島津巡査だが、多分彼女もここにいると言うことは、俺同様それなりにひどい目に遭うタイプの資質を持ってるんじゃなかろうか。


「それよりもファジア先生は大丈夫かい?」

「ええ、一応手術は終わって機能も回復したので、今は地下の病院にいます。今日にも退院できるはずですよ」

「そりゃ良かった。あとでお見舞いに行こう」

「それがいいですね」

「俺が連れ込んだ方のお嬢さんは?」

「そちらも同じ病院にいるはずですが」

「ふむ」


 そこでいったん会話が途切れるが、迎えが来そうにないので、もう少し話題をひねり出すことにした。


「俺をさらった海賊について、何か知ってます?」

「海賊グラニウルですか? 一部では海賊狩りだの義賊だのと言われているようですが、軍にも被害が出てますし、凶悪な、賞金額トップクラスの海賊ですよ。確か日本円だと百兆円ぐらいじゃなかったかしら」

「そりゃすごい。じゃあ、あの賞金稼ぎの方は?」


 ついでに尋ねると、島津巡査はあからさまに嫌そうな顔をする。


「あれは……、あんな連中をのさばらしてはいけません。私は警官なので、立場上は宇宙警察機構寄りですが、こればかりは連合軍の主張が正しいと思います!」


 どうやらいわくありげらしい。

 深掘りしてもいいが、俺のナンパセンサーが話題を変えろと囁いている。


「そういえば、この木星アカデミアだっけ、これっていつできたんです?」

「なぜ地球人がそれを知らないんですか!」

「いや、俺って宇宙暮らしが長くて、気がついたらこんな物が」

「これができる前に外宇宙に出た人はいないでしょう、それとも最初期に密航でもしたんですか?」

「いや、密航じゃなくて、こう無理矢理連れて行かれたというか」

「まさかアブダクション!? じゃあゲートオープン直後の混乱期に攫われた地球人の生き残りなんですか? 今も国際問題で凄くデリケートな……、それであの扱いなんですか? でもそれがなんでデンパーに資産なんて」

「それを話すと聞くも涙の物語というか、なんというか」


 そのまま話すと好色一代男みたいなのではばかられるな。

 もっとも資産の方はほんとに身に覚えが無いが。


「ま、まあ、プライバシーの問題ですから深くは追求しませんが、軍の対応も、あなたの経歴に関係あるのでしょうね。それでアカデミアですが……」


 この木星アカデミアというのは、後進星である地球と外宇宙、すなわち惑星連合やデンパーと言った諸国家との橋渡しをする移民局のような物らしい。

 もっと具体的に言うと、未熟な地球人を宇宙に出て行けるまで啓発する教育施設なんだとか。

 地球人はここで宇宙文明の常識を学び、資格を得てはじめてゲートを通って他星系にいけるのだという。

 ちなみにゲートは木星の軌道上に浮いており、このアカデミアは同じ軌道の反対側にあるのだとか。

 一般にゲートは文明のある惑星近傍に出現するので、これほど離れているのは珍しいのだが、それも地球が後進星呼ばわりされる一因になっているのだとかなんとか。


「ゲートってのは文明にひかれて現れるそうなので、ここに現れたのはそれだけ地球の文明度が低いからだと言う話です。私も警察学校時代にここで研修を受けたんですが、散々馬鹿にされて……、しかも大会であのチャンバラ男に負けたせいで、グギギ、あれがケチの付き始めで……」


 島津巡査がすごい顔をして憤っている。

 苦労したんだろうなあ。

 とはいえ、彼女は同情されると怒るタイプとみたので聞き流していると、ロボット軍人のバジ大尉が迎えに来た。


「失礼、残念ながら食事はお預けとなりそうです」

「何事です?」

「詳しくは話せませんが、大規模な海賊襲撃のたれ込みがありました。これより我が軍と警察機構が合同で防衛任務にあたります」

「そりゃ大変だ」

「島津巡査は引き続き彼の警護を。本来ならば私も護衛につきたいところですが、人手不足故」

「お気になさらず。ご武運を願っていますよ。中佐にもよろしくお伝えください」

「はっ、では失礼」


 バジ大佐は敬礼すると颯爽と出て行った。


「そんな……合同作戦なんて、」


 敬礼で見送った島津巡査の顔は、少しこわばっている。


「やばいのかい?」

「それは……、この宙域で両勢力が協力したのは先のラーザ・フェリエ事件ぐらいでしょう」

「なんです、その事件は」

「なんでそれも知らないのですか! あ、いえ、事情があったんでしたね。とにかく例えるなら……、家康と三成が手を組むぐらいのやつです」


 わかりやすいんだか、わかりにくいんだかわかりづらい例えだが、まあなんというか、そんなに仲が悪いのかというか、なんかやばそうだ。

 はやくペレラに帰っておっぱいに埋もれて酒でも飲みたいなあ。

 そんな俺のささやかな願望をあざ笑うように、警報が鳴り響く。


「スタコン二が発令されました。非戦闘員は所定のシェルター区画に移動してください。繰り返します、スタコン二が……」


 それを聞いた島津巡査は急いで手元の端末を確認する。

 楕円形のスマホって感じで、ちょっと持ちずらそうだな。


「避難命令が出ています、急ぎましょう」

「それはいいんだけど、ファジア先生とかは大丈夫なのかな?」

「病院はシェルター内ですから、あちらで落ち合いましょう。このアカデミアも骨董品なので、攻撃でも喰らえば外縁部はあっという間にやられますよ」

「そりゃこわい、急ごう」


 島津巡査の先導で、早足で指定区画に移動する。

 ここは宇宙港でコロニーの外側なので、もっと内部に移動するそうだ。

 移動手段は電車かバスの公共交通になるらしい。

 空飛ぶクルマやスクーターもあるが、制限があって一般人は居住区でしか乗れないとかなんとか。

 で、港のバス乗り場に行くと人があふれていた。


「電車の駅まで歩いた方が良さそうですね」


 楕円形の端末を操作していた島津巡査は、それを手首にペタッと巻き付けると、俺の手を引いてせかす。

 曲がるスマホいいなあ、とかそういうことを考えながら、警報の鳴り響く中混乱する人混みを縫うように通りを進む。

 一見VIP待遇のようでありながら、こういう状況でほったらかしなのも、なかなかロボット連中らしい、いい放置プレイだよな。

 ここは軍港らしいんだけど、すぐ横は商業船なんかの港にもなってるっぽくて、でかい倉庫が並んでいる。

 軍事施設はわけた方が良さそうな気がするんだけど、コロニーだとそこまでスペースに融通が利かないのかな。

 とにかくそんな場所なので、労働者とか労働用のごついロボットとかがうじゃうじゃ居るので歩きにくいというか、ぶつかると押し負ける。

 島津巡査はこう見えてパワー型っぽいので負けじと押しのけようとするんだけど、俺が軟弱すぎてすぐにおいていかれるのだ。

 その都度引き返してくるのだが、ついにしびれを切らしたようだ。


「もっとしっかり歩いてください! こんな場所、最初に攻撃されるんですよ!」

「おっしゃることはわかるんだけど、俺もことのほか軟弱で……」

「なにかバリアみたいなの使ってたじゃないですか、他にもないんですか、空を飛ぶとか」

「アメコミじゃあるまいし、そんなのあるわけ……」


 いやでも念動力とかあったっけ。

 カリスミュウルはそれつかって、一瞬とはいえ自分含めて人を浮かべたりできるんだよな、たしか。

 ネールやオーレは普通に空を飛ぶし。

 でもアレってペレラ星の特殊な環境あってのことなんだろうなあ。

 まあどっちにしろ俺には無理だけど。


「とにかく、遅くとも一歩ずつ進めばいつかは目的地に」

「海賊は待ってくれませんよ!」

「そりゃそうなんだろうけど、そもそも今、迎撃に行ってるんでしょ?」

「海賊はどこにでも潜んでるんです。きっとこのアカデミアにも正体を偽って潜んでるはずです。それが外と呼応していつ暴れ出すか」

「そりゃこわい、じゃあもうちょっとがんばって……」


 急いで逃げだそうと、いったん人混みから逃れると、目の前に空飛ぶクルマが飛び出してきた。

 紙一重でかわすと、扉が開いて中から迫力のある声が響く。


「ちょうど良かった、乗ってきな」


 運転席から顔を出したのは、さっき見た強そうなばあさんだ。


「ラトト教官! なぜこんな所に」


 驚く島津巡査を制するように、ばあさんはたたみかける。


「言ってる場合かい、ここもすぐに戦場になる、さっさと乗りな」

「は、はい!」


 混乱しつつも慌てて後部座席に乗り込むと、クルマはふわりと浮き上がる。


「飛ばすから、しっかり捕まってなよ」


 言うが早いか、クルマは猛スピードで倉庫の間を縫うように走り出す。


「教官、合同作戦だったのでは」

「あたしゃ隠居だからね、現場は任せてあるのさ。ご納得かい、島津巡査」


 さっきは現役だって言ってたのに、仕事の方は隠居なのか。

 取って食われないだろうな、俺。


「おいおい、納得いかないからって上司にそんな物を突きつけるのかい?」


 見るといつの間にか島津巡査がばあさんの後頭部に銃を突きつけている。


「ええ、あの教官が隠居だなんて納得できませんね。シートに脳みそをぶちまけたくなければ、すぐにクルマを下ろしてください」

「話が違うじゃないか、オリビン。接待要員のただの平巡査じゃなかったのか?」


 いつの間にかばあさんの声が若い女のものに変わっている。

 いや声だけじゃない、しわの深かった肌は艶を帯び、白髪交じりの髪は波打つような黄金の輝きを見せている。


「これは調査不足でしたね、教え子でしたか」


 隣に座っていた影の薄い警官も、一回り背が伸びて、緑の髪が鮮やかに狭い車内で踊っている。

 その髪がするりと伸びたかと思うと、島津巡査の手にした銃を絡め取った。

 同時にどこからともなく伸びた緑髪に、全身を拘束される。


「思ったより優秀でしたね。惜しむらくは相手の情報を把握できていなかったところでしょうか。これはお互い様ですが」

「な、どうやって!?」

「抵抗しなければ、命までは奪いませんよ。さて、思ったよりも早い再会となりましたね」


 そう言ってわずかに微笑んで見せたのは、さっき別れた宇宙海賊のパートナー、オリビンだった。

 ってことは運転してるのはやはり宇宙海賊グラニウルか。

 改めて確認すると、運転しているのは確かにあの美人海賊だった。


「なんだ、俺のことは諦めたのかと思ってたよ」

「まさか、一度目をつけた獲物を、このグラニウルが逃すと思うかい?」

「さあ、だが女運の悪さには自信があってね。こうなるんじゃないかって気がしてたよ」


 などとのんびり構えていると、拘束された島津巡査は目をむいて怒鳴り出す。


「なにをのんきなことを! 我々をどうするつもりですか!」

「のんきなのはあんただろう、海賊の捕虜になった警官がどうなるかなんて、聞くまでもないんじゃないかい?」


 パツキン美人のグラニウルが悪そうな顔に悪そうな笑みを浮かべる。

 島津巡査は目に見えて顔が青ざめるが、それでも気丈に振る舞う。


「か、彼は民間人です、人質が必要なら私だけで……」

「はん、こんな民間人が居てたまるかい。いまや全宇宙がこいつを狙って木星に集まってきてるってのにさ」

「そんな、いったい彼は何なんですか!」

「そいつを暴くのが、海賊の醍醐味ってね。おっと喋るなよ、舌をかむぞ」


 グラニウルはしゃべり終わる前に急ハンドルを切る。

 たちまち空飛ぶクルマはきりもみ状態で倉庫街の狭い通路に飛び込んでいく。

 かと思えば地面すれすれで急上昇だ。

 ワンテンポ遅れて背後で爆発が起きる。

 どうやらドローンがこのクルマを追いかけているらしい。


「早いな、どっちかにマーカーでもついてんのかね」


 右に左に激しくハンドルを切りながら海賊グラニウルが愚痴る。

 しかしどうやってハンドルで操縦してるんだろうな。


「パトカーも来ましたよ、後ろに三台、前に二台ですね」

「ラトトが仕切ってんなら、さらに隠してるだろうさ」

「でしょうね、このお荷物を連れてまっすぐグリースワーグまで戻るのは無理でしょう。いったん街に潜りましょう」

「だったら、派手に行くか」


 海賊グラニウルは窓を開けようとするが、うまくあかないようだ。


「なんだ開かないじゃないか、警察機構の車両もポンコツだね」

「う、運転中に開くわけないでしょう!」


 思わず突っ込む島津巡査の顔をチラリと見て、


「そういうお行儀のいいことやってるから、いつも後手に回るのさ」


 そう言って胸元から小さな銃を取り出すと、窓ガラスを台尻でたたき割る。

 たちまち車内の空気が外に吸い出され、ぐちゃぐちゃになるが、気にせず肩まで乗り出して、後ろから迫るドローンを銃で撃ち落とした。

 良く当たるもんだなあ。

 だが、運転がおろそかになったのか、グラニウルの死角から近づいたドローンが車体に体当たりをかました。


「アイタッ!」


 まともに衝撃を受けた緑髪のオリビンが頼りない悲鳴を上げる。

 その瞬間、わずかに拘束が乱れ、自由を取り戻した島津巡査が前にいる海賊グラニウルの首を絞め始めた。


「げぼ、チョークチョーク、はいってる、入ってるよ!」

「う、うるさい、あんたみたいな海賊は、わ、私が!」


 相棒のピンチを人ごとのように眺めるオリビン。


「そのまましめ落とすと、この車ごと墜落してあなたの保護対象もおだぶつですが?」

「どうせ海賊に攫われたらおしまいなのよ! それなら今ここでひと思いにっ!」


 怖いこと言うなあ。

 っていうか、めっちゃテンパってるな、巡査ちゃん。

 まあ気持ちはわからんでもない。

 俺も今まで散々死にそうな目に遭ったせいで、だいぶ鈍くなってしまったけど。

 などと俺も人ごとのように構えていると、突然目の前にパトカーが!

 海賊グラニウルがとっさにハンドルを切って衝突を回避したものの、運悪く回避先には倉庫があった。


「ぎゃあっ!」


 俺が叫ぶのと、空飛ぶクルマが壁に激突したのは、多分同時だったんじゃないかなと思うんだけど、次の瞬間には何やら真っ白い物にくるまれて、わけがわからなくなったのだった。

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