第550話 木星アカデミア その二
繁華街の路地裏のような、薄汚れた通路を走って逃げる。
俺の腕を引くオリビン嬢は海賊のパートナーだけあって、こういう荒事に慣れているのだろう。
あっという間に、警官をまいてしまった。
「逃げるのはいいんだけど、ここってセンサーの監視とかはないのか?」
俺の住んでるアルサの街でさえ、今ではオービクロンの監視の目が至る所で光っている。
こんな宇宙の巨大コロニーであればなおのこと、と思ったのだが、
「こんな所まで監視する余裕はありませんよ。あってもごまかしますが」
「ふうん、宇宙のイメージが変わるねえ。もっとピカピカで清潔感のあるコロニーとかを期待してたんだけど」
「そういうのが欲しければ、ご自分で購入なさい。それぐらいの金はあるでしょう」
「そうはいっても、身に覚えのない貯金だからな、使い方もわからん」
俺の回答には興味がなさそうな顔で、オリビンは話題を変える。
「ところで、先ほどのシールドはなんです? 闘神の物に似ていましたが」
「さあ、なんか最近ああいう技に目覚めたっぽくて」
「サイキックでしょうか。今時珍しいですが、いずれにせよ、どうもあなたは言うことなすこと、癪に障りますね」
「たまに言われるよ」
「たまにしか言われないのですか」
「どうだろう、ちょっと自信がなくなってきた」
「あなたのようなタイプに必要なのは、たゆまない内省です。反省ばかりして内にこもっていれば、周りに迷惑をかけることも減るでしょう」
「いいこというなあ、じゃあそろそろ帰っていい? ベッドに潜り込んで一人の時間を作りたいんだけど」
「だめです」
ダメかあ。
このオリビンという名のカームの姉は、なにを考えてるのかさっぱりわからんな。
まあそれを言えばうちの従者連中だって、なにを考えて俺みたいな頼りないおっさんに尽くしてくれるのかわからなくなるんだけど。
つまりわからないことは共同作業においてはさしたる問題じゃなくて、何をすべきかという目的共有さえできていれば、大丈夫というわけだ。
つか俺って今、なにしてるんだったっけ。
とりあえず聞いてみるか。
「それで、これはどこに向かってるんだ?」
「なにを言っているのです、あなたがカーネリアに会いたいと言ったのでしょう」
「そういえばそうだったかもしれん」
「まったくもって頼りない。カームはこんなうらなり君のどこが良かったのでしょう。やはり闘神の血が混じったことで、趣味が悪くなりすぎたのでは」
「そのカーネリアっていう妹の趣味はどうなんだい?」
「あれもダメですね。あなたと同じ、地球人の賞金稼ぎをパートナーにしたそうです。もっともこちらはあなたと違って、腕っ節だけは一人前のようですから、かろうじて騎士として及第点と言えるかも知れませんが」
「へえ。地球人がねえ」
「さて、そろそろ待ち合わせのポイントです」
気がつけば、俺達は裏路地を抜けてちょっと小綺麗なビル街にでていた。
街路樹なんかもあって、ホットドッグの屋台がでている。
そこでホットドッグとコーラを買い求めて、ベンチに腰掛ける。
久しぶりのコーラは、べらぼうにうめえな。
そういや宇宙だと炭酸が飲めないとか聞いた気がするけど、コレは大丈夫っぽいな。
あれって気圧だか重力だかの影響なんだっけか。
さっきの港のあたりは重力が薄かったんだけど、このへんは重力もしっかり効いてるっぽいな。
そんなことを現実逃避のようにぼんやり考えながら、むしゃむしゃと飲むようにホットドッグを食べていると、目の前に人が立っていた。
見上げると若い娘だ。
綺麗に切りそろえた長い黒髪がさらさらと揺れている。
一目でわかったが、彼女がカームの妹だな。
「やあ、君がカーネリアかい?」
「そうよ、あなた誰?」
「君のお姉さんのコレさ」
そう言って小指を立てると、お嬢さんは隣でコーラを飲んでいたオリビンをじろりと見る。
「あなた、この趣味の悪い男に乗り換えたの?」
「まさか、誤解を招くような発言はやめてほしいですね。趣味が悪いのはセプテンバーグですよ」
「セプテンバーグが生きてたの! たしかに、彼女ならこれぐらい趣味の悪い男でも乗りこなすかもね。それで、何の用なの。私も暇じゃないんだけど」
といわれても、俺もなにもわからん。
まじで彼女と会ってどうするのか、とかいう所だけじゃなくて、こんな所に俺がいる理由さえわからん。
「たぶん……」
「たぶん?」
「君たち姉妹に、俺とカーム、つまりセプテンバーグがどれほどロマンチックな日々をおくっているかについて、のろけてこいってことじゃないかと思うんだよな」
「はぁ?」
カーネリアという名のカームの妹は、綺麗な顔をこの上なくしかめて呆れる。
「こっちはビエラ・バスチラの痕跡が途絶えてイライラしてんの! つまらないことを言ってるとぶっ飛ばすわよ」
「そうは言っても……」
途方に暮れる俺を無視して、オリビンがカーネリアに問いただす。
「あなたはまだ、ビエラを追っているのですか」
「当然でしょう。あの子だけあんな状態にはしておけないじゃない」
「ですが、一度闇の衣をまとえば元には戻らぬのです」
「それでもよ! せめて楽にしてあげたいじゃない」
「それではあなたがつらくなるだけだと、言っているのですよ」
「私はいいのよ、ちゃんとパートナーがいるんだから」
「そのパートナーはどうしたのです?」
「置いてきたわよ、あんたが趣味の悪い男に会わせるって言うから」
「それは賢明でしたね」
俺のわからん話を深刻な顔で交わしているので、邪魔をしないようにコーラのおかわりを買い求めた。
現金がなかったんだけど、屋台の親父が手首の輪っかで払えると教えてくれたのでサクッと支払う。
それにしても、コーラはうめえなあ。
「それで、セプテンバーグはどこにいるの?」
「今はカームという名で、ペレラにいるそうですよ」
「ペレラ? 何言ってんの、あそこはもう……」
「どうやら、何らかの時空障壁の向こうに現存しているそうです。この男もそこから来たのだとか」
「そこから? じゃあ、あんた放浪者なの!?」
カーネリアは俺に詰め寄って、首を締め上げる。
「いや、まあ、そういう風に呼ばれることもあるけど」
それを聞いたオリビンも、俺の耳を引っ張って問いただす。
「どういうことですか、聞いていませんよ。ではあなたはズゥの伝承にある神子なのですか?」
「神子ってのが何かはわからんが、そんなたいそうなもんじゃないぞ。ちょこっと別の世界に飛んで行けるぐらいで」
「それがたいしたことでなくて、何だというのですか!」
二人のかわいこちゃんにぐいぐい首を絞められたり、ぎゅうぎゅう耳を引っ張られたりして、さすがの俺も興奮、じゃなくて辟易したところで、突然拡声器の馬鹿でかい音が鳴り響く。
「おまえ達は包囲されている。抵抗は無駄だ! 武器を捨てて投降せよ!」
気がつけば周りを武装した警官、いや軍人かな、そういう連中に取り囲まれていた。
そしてその中央で叫んでいたのは、誰あろうカンプトン中佐、その人であった。
「おや、行き遅れが男の尻を追ってきたと見えますね」
「え、あのイカれ牛、こんな男が趣味なの?」
「らしいですよ」
二人の美人にじろりとにらまれて、ますます興奮してきた俺だが、せっかく助けが来たことだし、それとなく二人に投降を勧める。
「ほら、あちらもああ言ってることだし、ここはおとなしく」
「なんで私が捕まらなきゃならないのよ、私は賞金稼ぎとして、あんたを引き取りに来たのよ」
とカーネリアが言うと、
「そうですね、私も扱いが面倒になったので、手っ取り早く金であなたを売り渡した所です。仕事が終われば、海賊は颯爽と逃げるのみ」
そう言ってオリビンはぬるりとろけて、地面に染みこむように消えた。
ワンテンポ置いて駆け寄ってくるカンプトン中佐と屈強な軍人たちにたちまち手厚く保護された俺達は、ごつい護送車に連れ込まれた。
「此度はこちらの不手際により、御身を危険にさらしたこと、お詫びのしようもなく」
などとことさら慇懃に詫びるカンプトン中佐。
「なに、こちらも油断があったのです。こうして無事に助け出していただいて、感謝してますよ」
「このカンプトン、これほどの不覚をとったことはありません。必ずやあの賊を捕らえて、御身の前につるし上げてご覧に入れましょう」
そう言って鼻息を荒くしているカンプトン中佐。
一方のカーネリアは、周りを軍人に囲まれて半拘束状態なんだけど、それをまったく気にかけない様子で軽口を叩く。
「あらあら、あのカンプトン中佐ともあろうお人が、趣味の悪い男にとち狂ったあげくに海賊に寝取られて怒り狂ってるなんて、部下に示しがつかないんじゃないの?」
それを聞いたカンプトン中佐は、綺麗な顔からすっと表情を消して、カーネリアをにらみつける。
「男の趣味について、貴様に言われる覚えはない。あのような鉄のダンビラを振り回すしか能の無い男に尻尾を振る女狐が」
「そんなんだから、いくつになっても男が寄りつかないのよ」
「だまれ。そもそも貴様には海賊と共謀の嫌疑がかけられている。たっぷり尋問してやるから覚悟しておけ」
「あらこわい」
そういってにやけながら身震いしてみせるカーネリア。
一方のカンプトン中佐は手にした指揮棒をぐにゃりとへし折る。
ほんと怖い。
怖いのはまあいいんだけど、こちらのご婦人方の間では、パートナーの趣味の悪さをディスるのが流行ってるんだろうか。
おじさん、そういうのはあまり感心しないなあ、と思うんだけど、怖いので口にはしない。
「まあまあ中佐、彼女は海賊と取引して俺を助け出してくれたんですよ。どうかお手柔らかに」
「いや、そもそも賞金稼ぎなどと言ううさんくさい輩に過剰な権限を与えることが間違いなのだ。ただでさえ警察機構は子飼いの宇宙英雄に主権国家並みの特権を与えているというのに、さらに賞金稼ぎに好き放題荒らされては我々の任務に支障が……」
カンプトン中佐はある種のご婦人特有のヒステリーじみた愚痴を垂れ流しており、周りの部下も辟易している様子がうかがえる。
よくわからんけど、大人はみんな大変なんだなあ。
はじめて社会の厳しさに触れた子供のようなまなざしで見守っているうちに、護送車が止まった。
目的地に着いたのかと思ったら、また何かのトラブルらしい。
小さなのぞき窓から見てみると、ちょっと毛色の違う車両が行く手を塞いでいた。
アメリカのパトカーみたいな赤と青のライトがついているので警察関係なんだろうか。
「あら、珍しい。ラトト自らお出迎えかしら。地球にいたと思ったのに」
カーネリアがそう言って口笛を吹くと、カンプトン中佐がじろりとにらみつけ、
「私が引き渡すと思うのか?」
「さあ、そういう政治の駆け引きは、お偉いお役人同士の仕事でしょ。私みたいに趣味の悪い賞金稼ぎには縁が無いわね」
などと煽る。
カンプトン中佐は無表情のまま、額のレンズをピカピカ輝かせているが、無言のまま、交渉がまとまったらしい。
護送車の後部扉が音も無く開く。
「出ろ、趣味の悪い賞金稼ぎ」
「あら、私だけ? そっちの昼行灯は?」
「彼は我々の重要な客人だ。そちらの自由にはさせぬ」
「まあ残念。じゃあね、カームによろしく、昼行灯さん。何の用事か知らないけど、しばらくは木星圏にいるから用があったらコールしなさい。ただし割増料金だけど」
それだけ言って護送車からぴょんと飛び降りると、出迎えた厳ついばあさんに警棒でゴツンと殴られていた。
「この悪たれが、おとなしくしておけと言っただろう」
「いたいわね、これぐらいが私のおとなしいよ!」
「それで、ターゲットは?」
「アレよ」
そう言って頭をさすりながら、カーネリアが顎で俺を差す。
それを遮るように、カンプトン中佐が間に立ち塞がった。
「用は済んだはずだ、さっさと道をあけろ」
「堅いこと言うんじゃないよ、お嬢ちゃん。噂の色男の顔を、少しぐらい拝ませてくれてもいいだろう」
強そうなばあさんがそう言ってすごむが、カンプトン中佐も負けてない。
「閉経済みの老いぼれには、彼は刺激が強すぎるぞ」
「はん、あたしゃまだ現役だよ。それよりもなんだいあんた、発情期かい」
あきれ顔のばあさんのよこで、カーネリアが耳打ちする。
「へえ、あの猛牛カンプトンがねえ。そういうことなら、今日のところは黙って引き上げるさ、邪魔したね」
ある種の年寄りにしかできないニヒルな笑みを浮かべて、強そうなばあさんは去って行った。
それを見送るカンプトン中佐は背中を向けていて表情が見えないが、耳がピクピク動いている。
ロボットにも不随意筋ってあるのかな、などと考えていると、耳の動きがピタリと収まり、こちらを振り返った。
残念ながらその表情はいつものすまし顔だ。
「さて、ようやくトラブルは解決したようだ。あなたにはご不便ばかりをおかけしたが、その……」
堅物の軍人ねーちゃんは、そこで言いよどむ。
さて、なんと返そうかと、俺のナンパ脳を総動員して知恵を絞っていると、腹がぐぅとなった。
我が腹ながら、都合良くなるもんだ。
「ははは、コレは失礼。とらわれの間、海賊連中はろくに食わせてくれなかったので、少々腹がへってしまったようで」
「それはいけない、すぐに食事の用意を。いそげ、出発だ!」
無駄にりりしい声で部下に命じると、命じられた方の部下達はあきれ顔で指示に従うのだった。
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