第549話 木星アカデミア その一
テーブルで突っ伏して眠っていたせいか、腰が痛い。
どうにか体を起こして背伸びすると、向かいのソファで金髪美人がボトルを抱きかかえていびきをかいていた。
「さらわれたにしてはのんきに構えていますね」
そう言いながら食堂に入ってきたのは緑髪のねーちゃんだ。
「酒がうまくて、ついね。それよりも水を一杯もらえないかな」
「少々お待ちを」
緑髪のねーちゃんは、壁のディスペンサーから水を注いでくれる。
そういや、名前をカームから聞いてた気がするな。
「どうぞ」
「ありがとうオリビン、だっけか」
「まだ、名乗ってなかったと思いますが?」
「そうだっけ、君の妹に聞いたことがあってね」
俺がそう言うと、緑髪のオリビンは眉をひそめる。
「妹というと、カーネリアですか?」
「いや、カーム……もといセプテンバーグさ」
「セプテンバーグというと、闘神因子を埋め込んだ実験体でしたね。彼女は成功したのですか。私は結果を見る前にゲートに飲まれてしまったもので」
「まあね、成功して、戦って死んで、最近生まれ変わって、今じゃ俺のコレさ」
と小指を立てる。
「まあ、趣味の悪い。あなたはとてもペレラの騎士の器には見えませんが」
「趣味が悪いのは否定しかねるが、君の騎士も、いささかお行儀が悪いんじゃないかな」
そういって金髪美女を指さす。
今まさにかぶった毛布を蹴飛ばした所だ。
フルン並の寝相の悪さだな。
「それは否定しませんね。そうですか、セプテンバーグが……。ペレラの騎士が何体か生きていることは知っていますが、私が会ったことがあるのはカーネリアのみ」
「カーネリアってのは、さっき地球にいた四本足のあれかい?」
「そうです。あなたもご存じで?」
「面識は無いんだけどカームが会ってこいってね。ああ、カームってのは今のセプテンバーグの名前さ」
「名付けのセンスだけは、良いようですね」
そう言ってくすりと笑うと、金髪美女の毛布をかけ直す。
「あなたをラオーレまで運んで売り飛ばす予定でしたが、カーネリアに用があるのなら、この宙域を離れるわけにはいきませんね」
「売り飛ばすとはおだやかじゃ無いな。で、俺達は今どこにいるんだい」
「ガニメデという衛星の夜に潜んでおります。折を見て木星ゲートを抜けるつもりでしたが、ショートゲートのタイミングが合わずにいるうちに、追いついたバーバーフスに非常線を張られてしまいました」
「そうだ、カンプトン艦長とデートの最中だったんだ、悪いことしたなあ」
「あなたと? イカれ牛らしい、趣味の悪さですこと」
「魅力的なご婦人だと思うがなあ」
「そうでしょうか、あなたと話を合わせるのは、疲れそうですね」
「だったら、話題を変えようか。そもそもなんで俺をさらったんだ? 俺ほど平凡で善良な地球人はいないと思うが」
「あなたがデンパーにもつ資産だけでもさらうに値すると思いますが、残念ながら金が目当てではありません。私のパートナーであるグラニウルはラオーレの出身ですが、彼女の育ての親はズゥの巫女で、そのお告げで……」
「ズゥ! そこでズゥがでてくんの!?」
「ズゥになにか」
「いや、ついこの間、ズゥの巫女ってのにさらわれてね」
「我々以外からも、狙われていたのですか。見かけによらずもてるんですね」
「よく言われるよ。それで、ズゥってなんなんだ?」
「ズゥとはラオーレの政治と信仰の中枢といえるでしょう。ラオーレは正式にはラオーレ・ズゥという国名で、デンパーに匹敵する伝統をもつ文明です」
「そもそもラオーレってどこの国?」
「それもご存じない。地球を含む惑星連合、それにデンパー帝国は同じゲートワイヤーで接続されていますが、それとは分断された銀河群、いわゆるフィラメント一を中心に栄える文明圏です。分断と言っても、デンパーの辺境で〇.三光年程度の回廊が存在しますが」
「ははあ、でもゲートで繋がってないなら、どうやって俺を連れてく気だったんだ? 最短で〇.三光年だと、どんなに急いでも退屈そうだ」
「私はゲートを自由に移動できるので、ラオーレ側のゲートワイヤーに移動することも可能なんですよ」
「まじで、便利だなあ」
「ええ、だからこそ、海賊が務まるのですよ」
「へえ、海賊ねえ」
そういや、うちの従者である変身山羊娘パシュムルの親も、海賊かなにかだった可能性があるんだっけ。
そういやこの金髪海賊ねーちゃんも、変身してたな。
彼女もローヌ星人なんだろうか。
結局、緑髪のオリビン嬢から役に立ちそうな情報は得られなかった。
まあ情報を得たところで、俺が有効に使える保証は無いのだが。
カーネリアという名のカームの妹は、なんでも賞金稼ぎで、金髪海賊ねーちゃんの敵に当たるらしい。
そのままではコンタクトをとるわけにもいかないので、何か工夫するそうだ。
要するに協力してくれるということだろう。
勝手にさらっといて、どういう風の吹き回しかはわからんが、協力してくれるというのなら、その話に乗るまでだ。
日和見おじさんの面目躍如というところだな。
「で、なんで私らはこの古ぼけたアカデミアにいるわけ?」
アルコールの抜けてない顔で金髪ムチムチ女海賊が面倒くさそうに迎え酒をあおる。
「たまにはかわいい妹にお小遣いでもあげようかと思いまして」
「そんな余裕があるなら、私の小遣いを増やして欲しいもんだ」
「あなたは全部酒代にかえてしまうでしょう」
「それより有意義な使い方があるなら、教えて貰いたいね」
「あなたの愛しい酒瓶に、教えを請いなさい」
酔っ払いの金髪美女は、抱え込んだ空瓶の口を耳に当てる。
「どうです、甘いささやきが答えてくれたのでは?」
「ブーブー言ってるだけよ」
そう言って酒瓶を放り投げた。
「それであんたはどこに行くわけ?」
「私はこのうらなり君とデートですよ」
「あんたも趣味が悪くなったもんだね、この浮気者!」
「趣味の悪さは同意します。ではいい子で留守番しておくのですよ」
なんだかわからんうちに、俺は緑髪のオリビンとデートすることになった。
まあなんというか、良い展開だ。
さっきアカデミアといっていたが、俺達は木星の衛星軌道に浮かぶ、巨大なコロニーにいるらしい。
サイズは三百キロぐらいといっていたから、アップルスターに近いサイズがあるとおもう。
海賊なのに堂々と入港するものだと思ったら、舟の見た目が変わっていた。
流線型のシンプルなシルエットで、周りに並ぶ他の舟と似た外見だ。
乗員だけじゃなく、舟まで外見が変わるのか。
メカメカしい港から電車に乗って移動すると、古びているが活気のいい街に出た。
「へえ、木星にこんな物が浮いてるなんて、人類もずいぶん進歩したんだねえ」
と感心していると、オリビンはうちのロボット連中にも負けないシニカルな笑みを浮かべ、
「なにを言っているのです。これはあなたたち地球人が押しつけられた、枷でしょう」
「そうなのかい?」
「あのような辺境出身でありながら、宇宙に出てデンパーの市民権まで持っている人間が、なぜその程度のことも知らないのです?」
「言ったじゃないか、俺はペレラに住んでるって。地球がこんなことになってたなんて、知らなかったんだよ」
「聞いておりませんが」
「あれ、そうだっけ」
「これは聞き捨てなりませんね。消滅したはずの故郷がまだ存在していると?」
「まあね」
「あの領域が時空ごと断絶しているのは確かですが……、ではあの事象の壁の向こうには、変わらぬ故郷があると」
「君がいたのはたしか二億年ぐらい前だろう」
「よくご存じで」
「その頃とはずいぶん違う物になってるらしいが、まあ健在だよ」
「私が現世に復活してまだ百年程度ですから、十万年前に消滅したペレラがどうなっていたのかは存じません。記録では何らかの技術で再生された痕跡が認められるということですが、あれはやはりアジャールのクサレ女共の仕業でしょうか」
「まあ、そんな感じかなあ」
「趣味の悪い、ではセプテンバーグ、いえ、カームもそこに?」
「そうだな、まあ、色々あったのさ」
「でしょうね」
そこでいったん会話が途切れる。
異様に活気のあふれる町並みを眺めながら歩いていると、何やらこっちも気分が盛り上がってくるな。
押しつけられたとかなんとか言ってたけど、なにがどういう経緯でこうなってんだろうなあ。
などとお上りさんのようにキョロキョロしながらうろついていると、突然難癖をつけられた。
爬虫類っぽい顔の、厳ついおっさん二人組だ。
「おいおい、かびくせえ田舎もんがロボットなんぞ連れてんじゃねえよ」
襟首を捕まれてすごまれると、俺みたいなウラナリ君は手が出ないので、情けない顔でオリビンに助けを求めるが、
「ペレラの騎士を名乗るのなら、その程度のチンピラ、自分でどうにかしなさい」
とつれない。
「はははっ、ロボットにも見捨てられるたあ、あきれたもんだ。だからこんな田舎星、まとめて奴隷にしちまえば良かったんだよ」
トカゲ野郎は片手で俺をつり上げると、反対の腕で殴りかかる。
丸太のような腕が、俺の顔面に命中するかと思った、その瞬間。
グギュッ、と嫌な音を立てて、トカゲ野郎の拳が砕けた。
何やら見えない壁にぶつかったようだ。
「ギャァッ」
俺を放り投げて地面をのたうち回るトカゲ男。
連れのチンピラは一瞬あっけにとられていたが、すぐに我に返ると、腰の銃を引き抜いた。
「て、てめぇ、なにしやがった!」
「なにと言われても」
「くそ、クタバレッ!」
尻餅をついたままで動けない俺に、チンピラは問答無用で引き金を引く。
銃口から放たれたビームは、まっすぐ俺の胸元に伸び、ちょっと手前で何かに反射してそのまま銃を構える男の手首に当たった。
「ギャァッ」
チンピラは二人揃って利き手をやられて、同じように地面でのたうち回っている。
あっけにとられる俺を、オリビンが引き起こしながら、
「もうちょっとお上品に対処できないのですか? これだけ騒げば、警察が寄ってくるでしょう」
「そうは言ってもな、そもそも君が魅力的すぎるからチンピラがよってきたんだろう」
「よくおわかりで」
しれっと答えるオリビンに何か言い返そうと思ったら、何やら警報が鳴り響いて、警官っぽい連中が駆け寄ってくるのが見えた。
「ほら、逃げますよ」
「え、俺は別に逃げなくてもいいんじゃ」
「いいから来なさい」
「はい」
強引に腕を引かれ、俺達はその場から逃げ出したのだった。
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